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具体的な話。オママゴトラジオは望花さんと私と木村ちゃんで回していくことになる。稗田父はもちろん、増田くんも乗り気ではなかった――いわく、聞くのは好きだけれど、聞き手を意識して喋り続けたり面倒なコメントを捌いたりするのは大変そうだから、とのこと。
私はインターネットに声を乗せるのを推奨しないタイプではあったが、どうせ顔はもう『cunning bird』で割れているのだし、それに望花さんと木村ちゃんにだけ頑張らせるというのも、という気持ちがあった。三人いれば、毎週放送することはできるはずだった。
「ありがとう、遊井ちゃん」望花さんは私の承諾を喜んでくれる。
で、その勢いで私はオママゴトのメンバーとしてのSNSを開設する。とりあえずスタジオのキーボードをアイコンにしておく。開設の呟きをオママゴトの公式アカウントに拡散されると一気に五十人くらいフォロワーが増える。稗田父のファンだからついでにチェックしておくみたいな人も多いけれど、KING KOKEKOKKOを知っているわけではなさそうなバンド好きの人とか、夏のブッキングライブに参戦していたらしい人もいる。ゆっくりと増えていくのを見ながら、オママゴトって愛されてるんだ、と改めて感じる。
全部をフォローバックするのは手間だしフォローされたいわけじゃない人もいるだろうから、私は大人しくバンドメンバーと『コドモジミ』ジャケットをやってくれた洗顔剤さんだけをフォローバックする。他のフォロワーは非公開リストに入れておく。
「でも、アカウントとしてどう動いていけばいい? 身の回りのものや行ったお店の写真は載せたくないんだけど」
「まあ、放送のとき告知したりしてくれれば、いまのところは」
ということはそのうち他のこともしてほしいのだろうか? わからないが、具体的に言わないということは何もなくても別にいいということだと思っておく。
放送スケジュールとしては三人の仕事のシフトに合わせ、最初の土曜日は三人で放送、それ以降は毎週都合のつく日に予定が合う者同士で放送をすることになる。ソロで配信をする場合は短めに終わらせてもいいけれど、そうでなければなるべく二時間くらいやること。
気になったので訊くと、望花さんは大学生時代にもサークルの人と配信もやっていたらしい。サークルを抜けてからも個人のベース演奏チャンネルでやっていたけれど、新卒で入った会社を辞めてからはベース演奏動画をアップロードするだけになっていたとか。
「あの頃は病んでて急に泣いちゃってばかりでさ、私も聴く側もしんどいだけだし、って理由で辞めたんだよー。懐かしいな。いまはそういうのないから安心してね? オママゴトのために配信頑張っていこうね」
いや当時の望花さんに何があったんだよ。
迂闊に詮索しないほうがいいことがあったんだろうけれど。
そんなこんなで配信慣れはしているそうで、十二月最初の土曜日の初配信では望花さんが結構仕切る。望花さんの家のベッドに並んで座って始める。声優とかのライブ配信みたいに姿を映してやるということで、服装やヘアアレンジまで望花さんがセットしてくれる。この髪型ひとりで配信するとき保てないと思う、と言うと、ひとりのときは別に声だけでもいいよ、と言われる。
よかった、自分の部屋とか映して住所特定されたくないし。望花さんは普段からこの部屋でベース演奏を撮っているから気にしないらしいけれど。
望花さんの動画チャンネルやSNSから誘導したみたいで、最初から視聴者が何人かいる。BGMは『cunning bird(acoustic ver.)』を使用して、リラックスできそうな雰囲気を作りながら、自己紹介だのMVの宣伝だの、望花さんがテーマを決めた雑談だのをする。私は話題の引き出しのほとんどが漫画とかアニメとかの話になってしまって、ついでに緊張でちょっと早口になってしまって、初回配信から《オタクの子》という印象を与えることになる。
「でもちゃんとキャラが分かりやすいっていいことだよー」配信終了後にコメント欄を見て頭を抱える私に、望花さんはそう言ってくれる。「案外、ファンとかついちゃうかもね」
「それはないそれはないそれはない……」思わず三回言ってしまう。私は望花さんみたいに癒しのオーラとか出せないし、木村ちゃんみたいに整った顔だったりもしない、ただの声の低いオタク女子(二十六歳)だ。「それより木村ちゃん、すごいさっぱりしててよかった。きっぱり言うじゃん、別れたよって」
「あはは」と木村ちゃんは笑う。
オママゴトを『あえての女の子』で認知した人はやっぱり気になる、《あのときの男の人とはいまも付き合っていますか?》という質問が書き込まれたときはヒヤッとしたが、《とっくに別れたよあんなん》と笑って答える木村ちゃんがなんだか頼もしく思えた。「だって濁しても一生訊かれるだろうからさ」
「たしかに。でも、あんなん、は笑うよ。笑っちゃったよ」
「だって、あんなん、でしょ。復縁すらしませんって主張はしときたくて」
「透ちゃんはサバサバした感じに思われたかもねえ」と望花さんは微笑む。
「えー、サバサバしてたとしてサバサバしてること自覚して演出しちゃう女にはなりたくないなあ」
「ふふ、自然体でいいよ」
談笑していると増田くんと稗田父からグループチャットに感想が来る。私のことも褒めてくれて優しいなと思っていると弟からもメッセージが来る。
《配信おつかれ。なんか面白かったよ。親父たちにも送っとくね》
なんか面白かったってどういう意味だ。あと親に送るのはやめろ。
そんな感じで初配信が終わり、それから週に一回くらいのペースで、夕食後の時間帯に個人配信をする。個人で何をどうやるかは割と任せられてしまったので、とりあえず最後の週に手番を回してもらった私はふたりの配信を参考に考えていく。
木村ちゃんはスマホのインカメラで撮影。場所はカラオケボックスの一室で、テレビの音量は切っているみたいだ。オママゴトの曲や流行っている邦楽、&ハートの曲をアコギで弾き語りながら雑談。そういえば木村ちゃんはアパート住みだし、二時間も弾き語りをしていたら近所の迷惑になるということでカラオケを選んだのだろうか? 私と同じで住所がバレるのを防ごうという目論見もあるかもしれない。
人は来る。単純に弾き語りをしている女の子を見に来た人もいれば、オママゴトのボーカルとして興味を持ってきた人もいる。『あえての女の子』の彼女としても。遠藤さんのことを訊かれたら《別れた》《もう興味ない》《ラブラブに見えてもそんなもんだよ》と一蹴するのが相変わらず気持ちいい。
でも意外だったのは、『あえての女の子』を歌ってほしいとリクエストされたとき、うろ覚えながら応じていたこと。二時間の配信が終わったあとに電話で訊いてみると、
「え? ああ、曲が好きな人に罪はないし」
木村ちゃんはあっさりそう言う。そういえば破局直後も動画に関しては《好きな曲が消えたら悲しいと思う》とファン目線で動画を残そうとしていたっけ。
一貫してるなあ。
ちなみに後日、その弾き語りが画面録画されてSNSにアップロードされていたけれど、
「配信の宣伝になるでしょ」
と木村ちゃんが放置の姿勢をとるのでとくに誰も通報とかはしない。いいのか?
まあいいんでしょう。
その次の週が望花さん。ベースの演奏とかするのかと思ったけれどそうではなくて、二時間ずっと雑談をしていた。で、これまた意外だったのが望花さんは音声のみで配信をしていたこと。そのぶん癒し系(になるよう器用に調整された状態)の声色に集中できるからかな、と思っていたら、コメント欄の《今回は顔出さないんですか?》という書き込みに対し、
「えっとねー、毎月最初の土曜午後八時から十時までの、三人で配信するときだけ顔出すことにしたんだー。なので、よかったら遊びにきてね」
と返していて、誘導していくなあ……! と感心する。
雑談の内容は望花さんの今日あったことや考えたことの話題と、コメント欄の人の提供した話題から拡げていくもので、素人目(耳?)にも捌きかたが上手に感じた。リスナーからのパスをいい姿勢で受け取ってこねてつねって拡げて丸めて仕舞っていく手際は何かの職人のようだった。大学生のときとかどんな配信をやっていたんだろうか。
さて私はどうしよう?
とりあえずピアノ弾きながら雑談でいいかな?
という感じで(私と木村ちゃんが仕事で望花さんが夫婦の時間を過ごすクリスマス週を抜いて)最終週、大晦日の前日に私は放送を始める。うわ緊張する。サウンドオンリーだから別にどんな顔をしていようがいいのだけれど、オママゴトのアカウントで配信をするとなるとバンドのイメージを私が背負っている感じがすごい。プレッシャーがすごい。木村ちゃん呼んじゃダメかな……?
どう振る舞えばいいんだかわからなくなった結果、開始直後から無言でピアノを弾く人になる。弾き始めた手前どう終わらせればいいかもわからず、『cunning bird』『睨む』『GUTTED』『ギヴラストピア』『セピア』の順で弾き切る。弾き終わったあたりで二十分くらい経っていて、聴いている人が十人くらいいることに気づく。木村ちゃんや望花さんのときよりは少ないが、それでも誰かが聴いていたんだ、どうしよう、どうしようどうしよう、と思って、
「オママゴトのミニアルバム『コドモジミ』、各種サブスクリプションサービスにて絶賛配信中でございます」
と直球の宣伝をしてしまう。ございますって何? で、こうなったらそれでいくしかないので、配信リンクをチャット欄に載せて、また『cunning bird』から『セピア』までの流れを弾き倒す。『セピア』を弾き終わったら、
「オママゴトのミニアルバム『コドモジミ』、各種サブスクリプションサービスにて絶賛配信中でございます」
と言って、もう一ループやる。
一時間経ったあたりでそろそろ演奏やめようかと思ったけれど、コメント欄で《落ち着く》とか書いてもらえているから弾き続けていたほうがいいのかな? リクエストみたいなのもあるけれど、聴いたことあっても譜面知らない曲は弾けないんだごめんね……と思いながら、『cunning bird』~『セピア』をやる。
配信中でございます。
いつの間にか開始から二時間くらい経っていて、筋肉が悲鳴を上げてきたので弾くのをやめる。
「オママゴトのキーボード担当、YUIでした。ありがとうございました。よいお年をお迎えください」
十二人くらい(たぶん半分以上はバンドメンバーか弟だろうけれど)の視聴者に挨拶をして、配信終了。
終わってすぐに望花さんから電話がかかってくる。
「ごめん、来月の三人放送でいじっていい? 夢かと思ってびっくりしたから」
「あ、えっと、ごめんなさい。なんか何話せばいいかわかんなくて……」
「いや、いいんだけど。アリと言えばアリだったんだけど、いじっておかないと、次回からスタイル変えられなくなりそうだなって。言っちゃなんだけど、遊井ちゃんって、あんまり柔軟でもないでしょ?」
「ばれてる……わかった、ありがとう」
通話を終えて、たしかにそうだな、と思う。それこそピアノを二時間弾くだけで終わらせてしまったのも柔軟さに欠ける証左かもしれない。なんというか、態度を変えるみたいなことが苦手なのだ……。ちなみに呼びかたを変えることも苦手で、私はたぶん一生木村ちゃんを木村ちゃんと呼んでいるだろう。
ちなみにその木村ちゃんからはメッセージで、
《おつかれ。大丈夫?》
と心配される。
大丈夫? と訊かれたら大丈夫って答えるのが作法かもしれないが、ここは正直にダメと伝えておく。
正直、ピアノじゃなくて雑談をするにしても、どういう人がどういう気持ちで聞いているのか、どんなことを言われたそうかなど何もわからないと、ちょっと何も話せる気がしないのだ。相手がなんのアニメ好きかわかんなければなんのアニメの話をすればいいかわかんないし、訊いてみて自分の観ないジャンルだったら、へえそうなんですね、で終わってしまうと思う、
《じゃあいっそ、私とやる?》
と木村ちゃんに返事をされてびっくりする。
どういうこと?
《遊井が配信の日、私がそっちの家にギター持って行って、喋ったりセッションしたりする感じで。雑談も、なんか私と遊井が普段話すようなことを話していればいいんじゃない? 少なくともちょっとはやりやすいでしょ》
でも木村ちゃん仕事あるんじゃないの?
《うちの店は最近わりと暇だし、仕事帰りに家寄るよ》
えー……嬉しいけど、いいけど、迷惑かけてごめんね。
《いいのいいの、友達とのお喋りならいつでも歓迎だし私》
ありがとう。じゃあ、よろしくお願いします。
ふう。
木村ちゃんは優しい人だなあ、と私は思う。来年も再来年も仲よくしていてほしい。
ちなみにSNSのアカウントには《お疲れ様です!》《ピアノ素敵でした》と言ってくれる人がいて、初心者への優しさだとしても嬉しいな、と思いながらいいねだけしておく。これがオタク用のアカウントだったらめちゃくちゃ嬉しいですって感じのリプライをするけれど、だけれども、ねえ?
さて大晦日である次の日、弟と両親が帰ってきて、家族みんなで年を越す。ひたすらピアノを弾くだけの放送を弟も両親も聴いていて、大晦日になってもちょっと弾かされる。知らない人に聞かれるより家族の前で弾くほうが恥ずかしいのってなんでだろうね。前者はライブで慣れているからかもしれないけれど。
ひとまず来年は配信に慣れないといけない。そのためには支えてもらいながら場数を踏むしかない。状況というものは往々にして勝手なペースで変わっていくもので、大変だしすぐに上手く対応することなんてできないけれども、きっと上手くやれるようになれると信じてやっていくしかないのだ。
うん、生きているってそういうことだ。頑張ろう。
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