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ライブが終わってすぐに木村ちゃんが『cunning bird』という曲を作詞する。稗田父がグループチャットに投げたデモを拝聴したところ、オママゴトらしい(という概念は本来ないのだけれど)ゆったりとした夏休みっぽい雰囲気で、キーボードは可愛くて、そういえばそもそも私はそういう感じがいいなと思って入るの決めたんだよな、と思う。
cunning bird
作詞:キムラトオル
作編曲:オママゴト
アスファルト照らす加減しない夏の光
森の奥で
こっそり埋めたヒミツはまぼろし
蜃気楼ゆらめいて魅せる青春の日
坂道の上にもしもこんなうだる暑さも
忘れられるユートピアがあるなら
愛想笑いだって嘘だってやってやるけど
そんな希望は持てないボクを置いていくなよ
cunning bird
ボクはキミみたいにずるくなれない
太陽を借りて光ってられない
明日、こんな夏が終わったって
キミはでっち上げて海に行くんだろうな
雨上がり蒸してく夏の朝の夢
恋の出遅れ
ギラつく イラつく しがみつく向かい風
信号機と遮断機 捨て台詞 「おやすみ」
群青だなんだと言って持て囃されるblue
オレンジ色の夕暮れが嗄れていく
熱帯夜が待ってる うざい羽音が舞ってる
楽しめるほど強くなんてなれないよ
cunning bird
ボクはキミみたいにずるくなれない
太陽を借りて光ってられない
明日、こんな夏が終わったって
キミは笑って「暑いね」って言うんだろうな
キミにもっと嫌いとか言っときゃよかった、
なんてさ。
珍しくアコギのソロパートがあるのも素敵で、歌詞も相まって夏曲って感じだ。
木村ちゃんも望花さんも増田くんも編曲を気に入ったので音源化が決まる。一週間で頑張って覚えて、八月中旬にレコーディング。私は結局何度か録り直したが、増田くんは大学が夏休みで余裕があったのか、みっちり覚えてきていて一発で終わったらしい。すごい。
MVも撮影する。望花さんが木村ちゃんと話し合って方向性や絵コンテまで決め、グリーンバックと撮影用のカメラと衣装を観光地にあるスタジオに持ってくる。
木村ちゃんは主役として白いワンピースにつば広の帽子、他の四人はアロハを着て(稗田父はさらにサングラスと麦わら帽子を身につけていて、なんかウクレレでも弾いてそうな感じになっていた)、グリーンバックを背景にサビとアコギソロの演奏を撮る。
それから男子ふたりが雑木林でカブトムシを捕まえにいくシーンや、木村ちゃんがひとり夏の日差しを受けながら観光地らしいレトロで楽しげな町並みを散策するシーンなどを、望花さんがカメラを構えて撮る。
てきぱきとノリノリで揃えていく望花さんを見ながら、慣れてるなあ、と思う。
あとで訊いてみると、望花さんは大学生のときにサークル活動で映画撮影とかをやっていて、大学卒業後も一年くらいは映像関係の会社で働いていたらしい。
人生色々だ。
で、それから望花さんが映像を継ぎはぎしたりグリーンバックを海辺の砂浜に差し替えたりして八月末に完成。いざ観てみると、サビで『あえての女の子』以上に自分の顔が映っていることに気がつく。うわ恥ずかしい、こんなことなら百均に駆け込んででもサングラスとか買ってくるべきだった……それも恥ずかしいか? モザイクしてもらおうかなと一瞬思うが、私だけそんなことをしたら逆に木村ちゃんより目立っちゃうだろうから我慢我慢。サビ以外映さないでほしいってワガママを通してもらえただけ御の字だし。
私なんか誰も見てないと思おう。
ちなみに増田くんに自分が映像化することへの感想を訊いてみると、
「いやあ、自分が皆さんの仲間になれたんだなって改めて思えて……ちょっと恥ずかしいっすけど、それより嬉しいっすね」
とはにかんでいた。
八月の最終日に配信リリースと動画投稿が間に合う。
「夏曲はやっぱり夏のうちがいいから頑張ったよー」
望花さんはそう言って笑った。望花さんにも仕事があるのに、空き時間で本当に頑張って間に合わせたんだろう。すごいな、望花さんもオママゴトに本気なんだな、といまさらのように思う。
再生数の伸びとしては『GUTTED』よりは控えめで、九月になっても三万再生はいかないくらいだった。四分くらいの素朴な曲だから、『あえての女の子』『GUTTED』でオママゴトを認識した人にとっては曲調や動画としての企画のキャッチーさが足りなかったのかもしれない。
けれど万単位での再生はされているわけで、サムネで笑ってる木村ちゃんが綺麗だし、真っ直ぐな歌と詞に丁寧なメロディが乗ってしっかりいい曲なので、好いてくれる人はちゃんといる……ということだろうか? わからない。私は別に音楽を聴く人の心理に詳しいわけじゃないのでそれっぽいことを適当を言っている。
九月、稗田父の友人が経営してる大きなバーでライブをする。ちょうど望花さんも増田くんもそれぞれの日常で忙しいようなので、木村ちゃん(ギターボーカル)と稗田父(カホン)と私(ピアノ中心でキーボード)のアコースティック編成になる。
そうなると普段のバンドより私の鳴らす音が届きやすいので余計に緊張するが、そのために稗田父が拵えた編曲もなかなか素敵なので頑張って練習する。オママゴトの、稗田父の音楽のよさを追いかけられる楽しさもこのバンドにいたい理由だな、と思う。
そういう演奏には『GUTTED』は合わないし、もちろん『あえての女の子』は封印の方針なので動画投稿済みのバンド曲は『cunning bird』だけになるが、稗田父の個人的な曲やKING KOKEKOKKOのカバーよりも『cunning bird』が一番盛り上がってくれて、
「私が作詞しました! 動画サイトにMVもあるので、よかったら!」
と宣伝する木村ちゃんはすごく嬉しそうだった。私もちゃんと大切に弾けてよかった。
「そういえば優之さ、CDとか作らないの」
とバーの店長がライブ終了後に稗田父に言ったの発端でCD制作が始まる。『GUTTED』『cunning bird』『セピア』に加えてライブでやっていたけど音源化されていなかった木村ちゃん作詞の『睨む』、それから増田くんと木村ちゃん作詞の書き下ろし『ギヴラストピア』が収録することになり、
「せっかくだから配信で出してる曲も録り直そうか」
と稗田父が言って五曲ぶんを録ることになる。で、やっている最中にアコースティック版もちょっと入れてみようかと稗田父が言い出して、『cunning bird』『睨む』の木村ちゃん・稗田父・私が主体で望花さんと増田くんは手拍子担当のバージョンも作られる。『睨む』のアコースティック版のレコーディング中、私は去年木村ちゃんを我が家に泊めたときのことを思い出す。
「ねえ、木村ちゃん」私は言う。「バンド、楽しいね」
「……うん」木村ちゃんは麦茶を飲み干して笑う。「歌い続けて、弾き続けてきてよかった。すっごい楽しい」
そんなこんなで七曲入りのミニアルバム『コドモジミ』用の音源が十一月初旬にマスタリングまで終わる。収録内容は左記。
・cunning bird(ReREC)
・睨む
・GUTTED(ReREC)
・ギヴラストピア
・セピア
・cunning bird(acoustic ver.)
・睨む(acoustic ver.)
Vo/AGt:キムラトオル
EGt:すれぶ
Ba:Nozoka Hieda
Key/Pf:YUI
Dr/Programming/Engineering:Masayuki Hieda
Track1,2 Lyrics:キムラトオル
Track3,4 Lyrics:キムラトオル・すれぶ
Track5 Lyrics:Masayuki Hieda
Music by オママゴト
ジャケットは稗田父がイラストレーターさんとかに発注するのかと思いきや、
「俺が全部決めるのはつまんないから任せるね」
と言い出すので、私と木村ちゃんと望花さんと増田くんで話し合って、最終的に私がオタク垢で昔から相互フォローのクレイアーティスト・洗顔剤さんにお願いすることになる。ダイレクトメールで自分がオママゴトのYUIであることを明かすと、最近の曲も含めて音源で聴いていてくれていたらしくて驚かれる。
《あゆみさんにはむかしから愚痴を聞いてもらったり、お世話になっているので、お安めで作らせていただきます!》
と言われ、いやいや……と遠慮し正当なお値段で支払う。どうせ予算は稗田父持ちだし、才能を安く買うのは後ろめたい。
あ、ちなみに『あゆみ』というのは遊井薊(ゆうい・あざみ)という名前を解体して並び替えたやつ。十年くらいその名前でやらせてもらっています。
コンセプトに関しても四人で考えて、オママゴトの『コドモジミ(=子供じみた)』なのだから公園で子供たちが遊んでいる風景をクレイアートで表現してもらう。ラフ画がいい感じだったのでそのままOKして、十一月の中頃には完成する。ジャケット用の撮影は望花さんで、二頭身の可愛らしい泥人形たちを印象的に撮影して加工してジャケットデザインが完成する。稗田父にそれを見せると、いいじゃない可愛くて、と笑う。
歌詞カードとかの細かい部分のデザインも望花さんがこなして完成。工場で五十枚プレスされる。それをどうやって売るか? てっきりそういう即売会で売るんだと思っていたけれどそうではなく、稗田父や私たちの知り合いに配って余った数十枚をネット通販で売ることになる。
発売と同時にサブスク配信もされる。
そうなると稗田父に固定客がいるとはいえわざわざ買う人も絞られる……かと思いきや、いまの時代でもディスクで残しておきたい人はいるのだろうか、ちゃんと売り切れる。数十枚でも売り切れるのってすごいなと思う反面、じゃあもっと作っといたほうがよかったんじゃないかとも思う。
とりあえず一段落ということでオママゴトのみんなで打ち上げ。
「アルバム制作楽しかったよ。これ、お礼」
と稗田父がバンドメンバーにプレゼントを持ってきている。各々のパーソナリティに合わせた贈り物で、私には酒好きだからか一升の日本酒だった。好きだけど家ではビールがメインだから、何か祝いごとか嫌なことでもあったら飲もうか、と思いながらありがたく受け取る。
それから、このあとオママゴト何やろうか、という話になる。
「そういえばCD、物理で売り切れましたけど、増産ってするんですか?」と私が訊くと、
「いまのところ予定ないかな。配信されてるし」と稗田父は答える。「作って満足したところがあって、俺や知り合いの手元にあればいいくらいの気持ち。売り続けるのには興味ないんだ」
「でもさ、パパ」と望花さん。「オママゴトの音楽や動画を、もっと色んな人に届けたいとかは、ないの?」
「聴いてくれる人が増えたら嬉しいけれど、そのために努力するとなると、どうしてもやりたくないことやらざるをえないから。町の喫茶店みたいな感じで、誰かがふらっと覗いてくれたら、それで聴いてて楽しいなって思ってくれたら、それでいいよ俺は」
「……ねえ、パパ。それって、パパがやりたくないだけだよね?」
「うん。でもオママゴトは俺のバンドだから、俺がやりたくないことはやらないよ」
「じゃあ、パパは何もしないで、私たちだけで宣伝とかするのってあり?」
「……内容による」
「もっとネットとか使って一人ずつでも興味を持つ人を増やせたら……って思って、配信とかしてみたいなって。パパ抜きでさ」
「配信?」稗田父が首を傾げる。「……よくある、生放送みたいな、ラジオみたいなやつ?」
「うん、そういうやつ。私と、オママゴトの他の子で乗り気な人がいたら」
「……まあいいよ。好きにやっていい、それくらいなら。でも、俺詳しくないけどなんかの企業絡みのことはよしといてな。しがらみ嫌いだから」
「ありがと、パパ」
許可を貰えた望花さんは安心した様子で、望花さんとしては自分の撮影したMVとかをもっと色んな人に見てほしいのかな、と思って訊くと、それもあるけど、と答える。
「私の映像だけじゃなくて、みんなの努力とか、木村ちゃんの才能とか、もっとちゃんと評価されるべきだなって思って」
「ああ、たしかに」
「一応言うけど、遊井ちゃんの努力もだよ?」
真顔で望花さんが言うので少し照れつつ、私もラジオに参加しようかな、と思う。
ということでオママゴトラジオが始まる。
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