4-2
木村ちゃんと増田くんが作詞をして稗田父が作曲とデモを担当した『GUTTED』の全パートのレコーディングが終わって、完成した音源とジャケット用のイラストのラフがグループに投下される。
稗田父は一枚絵のイラストMVを発注しているらしくて、いよいよネットアーティストじみてきたな、と思う。増田くんと話し合ってそのイメージになったらしいから、現代っ子の感性というべきなんだろうか。
七月にMVが納品されて、夕方くらいに投稿される。『あえての女の子』のような伸びは見せないけれど、フォロワーの多いイラストレーターを起用していたみたいで、まあまあ伸びる。『GUTTED』は木村ちゃんが全パートを歌っていて、『あえての女の子』や去年出たゲストボーカルでの曲とは打って変わって低音域をメインで出していて、それがギャップ的にかっこいいという評価がある。
「元喜くんが歌ったほうが格好いいと思うんだけどね」コメント欄を見ながら木村ちゃんは言う。「元喜くんの仮歌すごくよかったのに」
「僕は透さんの歌が好きっすし」隣で増田くんが言う。「それに、自分の気持ちを自分で歌うよりは誰かに預けていたほうが心地いいんすよ」
「そういえば」私は言う。「守一郎は何か言ってた? 聴いてた?」
「あ、はい。かっこいい曲って言ってました。透さんの歌も褒めてたっす」
弟からしてもイケてるらしい。そういえば最近どうしてるんだろう、喧嘩とかしてないかな、と思って訊いてみると、そういうことは現状ないらしい。喧嘩っ早いイメージになっていたけれど、最近は機嫌がいいんだろうか?
ちなみにその
「気にすることないよ。色んな路線を楽しくやるために俺以外の人に詞先でやってもらってるんだから」と稗田父が慰める。「受け入れない人がいるとか、人気を維持しなきゃいけないとか、そんなことはメジャー目指してるバンドにやらせればいい」
「優之さん……」
「おままごとは、みんなの感性を混ぜて遊ぶのが一番楽しいんだぜ」
とりあえず稗田父のその言葉で増田くんは持ち直し、これからも歌詞を書きたいと言ってくれる。よかった。
八月初旬にブッキングライブに出る。そのころには『GUTTED』は去年木村ちゃんがゲストボーカルを務めた稗田父個人の曲『セピア』の再生数に肉薄している。『あえての女の子』の動画は消えたとはいえ、作風もがらっと変えたとはいえオママゴトの名前はうっすら憶えられているのかな、と感じる。単純にサムネがかっこよくて疾走感があるおかげかもしれないが。
セットリストとしては『GUTTED』と『セピア』のバンドバージョンと、木村ちゃん作詞曲みっつで合計五曲。『GUTTED』が技巧的で難しかったので、そっちを暗譜できるようになってからは他の曲はまあまあ簡単に感じた。
成長成長。でもまあ久しぶり過ぎるライブで緊張していたのもあって、うっかりミスはある。申し訳ない。とはいえ初ライブのときよりはやっぱり成長している。と思う。
「オママゴトに今年加入しました……すれぶです」MCで緊張気味に増田くんが言う。「不束者ですがよろしくお願いします」
と増田くんが言ったとき、若い子ってことが雰囲気でわかったのか穏やかな拍手が起こる。そういえば弟いるのかな、と思って客席を見ると最前列にさらっといた。うわあ。
「ありがとう。みんな、すれぶっち、よろしくね」と稗田父が微笑む。「えー、てなわけで、次はそんなすれぶっちと、アコギのキムラトオルさんが歌詞書いた曲です」
「聴いてください」木村ちゃんが言う。「『GUTTED』」
さあ頑張ろう早弾き。
冷や冷やしながら演奏していたが、今日は調子がいいのかちゃんと乗りこなすことができる。細かいピアノリフをちゃんと弾ける。忙しすぎてテンションがやばくなってきて笑える。
ライブ後の打ち上げで、
「遊井ちゃん『GUTTED』のときすごい笑顔だったよー」
と望花さんに言われて恥ずかしい。増田くんは若い才能みたいな感じで対バン相手の人たちに興味を出されていて、稗田父と一緒に色々と話している。ちゃんとソフトドリンクで済ませていて、いい子だなと思う。私は十八歳になったらビール吞んでたよ。まだ成人年齢すら十八歳じゃない時代だったけど。
で、二十一時になったくらいで弟が入ってくる。え、偶然? にしてもひとりで入るか、居酒屋に大学生が? 増田くんが迎えに来てくれるよう言っていたんだろうか? と思って私は増田くんの肩をつついて示す。
「え、守一郎」
と増田くんもびっくりした表情。アポなしなの?
「どうもこんばんは」弟はにわかに集まった視線に会釈で返す。「元喜、そろそろ帰ったほうがいいよ。危ないし。だもんで迎えに来たわ」
「え、待って? お前なんでここにいるってわかったんだよ」と私は言う。「尾行?」
「いや、それはそもそも位置情報共有してるんで」と増田くんが答える。「気持ち悪がらないであげてください」
いや恋人の位置情報把握してる彼氏気持ち悪! と弟に引いていると対バン相手の人が「そういえばうちの妹も友達と位置情報アプリで共有してるって言ってた~」と笑っていて、いまどきってそうなの? と混乱してると弟が増田くんの手を引く。
「待って守一郎。からあげだけ食べさせて」
「ん」
増田くんが自分のからあげを完食するのを見守ってから弟は増田くんと一緒に店を出ていく。
「ちょっと」と私はその背中に言う。
「ん? 姉貴どしたん。あ、割り勘だった? いくら?」
「いや増田くんは無料の予定だったけど、そうじゃなくて。お前ちょっと過保護じゃないの」
「は? 何。こんな時間まで連れ回しといて、何かあったら責任取れるの?」
「増田くんも大人なんだから大丈夫でしょ。束縛やめとけよ」
「は。通り魔に刺されるニュースとか被害者大人ばっかじゃん」
「ごめんなさい、あの、薊さん」増田くんは言う。「大丈夫っすから、僕は」
「ほら、姉貴は人の関係に口出すなよ」
弟と増田くんは店を出ていく。私はすっきりしない気持ちで、席に戻るしかない。
ビールをジョッキで一気に飲む私に木村ちゃんは言う。
「心配だよね、本当に。でもどんな関係も最終的には、どうしていくかって当人たちで決めていくしかないから」
「……そうだけど、腹立つ」
木村ちゃんはよくわからなさそうに首を傾げる。腹立つという表現は攻撃的だったかなと思うけれど、でも、そうなのだ。
「そういえば遊井ちゃんって」望花さんが言う。「なんで、弟くんのこと、お前呼びなの?」
「え? いや、昔からずっとそうだし。よろしくない?」
「んー、別に善悪の話じゃないけど、弟くんに対してだけ気が強い気がして」
「それはなんというか、あいつが七歳下だからかな」私は弟の小さな頃を思い出しながら言う。「両親が自由過ぎて子供を叱ったり躾したりしてなかったから、私が中学二年生くらい? のとき守一郎がすっかりクソガキになってて。これ私が嫌だし周りのためにもならない、もしかしたら人を傷つけたり孤立したりするかも、って思って。それで私が姉として注意とかするようになったんだけど、もうすでにクソガキだから、穏やかに言ったところでちゃんと聞いてくれなくて。だから強い口調で怒鳴ったり殴ったりしてたら、もうお前呼び以外しっくりこなくなっちゃった感じ」
「あ、それちょっとわかるかも」妹がいた木村ちゃんが言う。「幼い下の子がいると、家族としての情がないわけじゃないんだけど、やっぱり態度が変でイラっとしたり純粋に危ないことしてて心配だったりで、強く言っちゃうことも多かったな」
「……きょうだいがいるのも大変なんだねえ」と望花さんが言って、そういえばこの人はひとりっ子だったっけ、と思い出して稗田父を見ると、対バン相手の人たちと談笑していた。
稗田父は望花さんをどんなふうに育てたんだろう、と想像しながら私は続ける。
「教育の結果として、守一郎が中学に上がる頃には割と大人しくなったんだけど、その代わりに困ったときに泣きついてきたり泣きながら愚痴ってきたりする男子になって。それはそれでどうなんだろう? と思ってたら、高二の末ぐらいから今度は喧嘩っ早く? なっていったみたいで、そこからどんどん弟のことがよくわかんなくなってって、現在こうなってる」
まあ、恐らくは増田くんとの交際がきっかけで何か意識が変わったのだろうけれど。どうして、どのように変わってるのか、具体的なところは掴めない。私も仕事とバンドで会話時間の少ない日々を過ごしていたし。
「ごめん遊井ちゃん、気を悪くしたら申し訳ないんだけど」
「あ、はい」
「もしかして遊井ちゃんが腹立ってるのって、弟くんをコントロールできないからじゃないの? いままで制御できてたのに、思い通りにならないからイライラしちゃってるんじゃないかな……って」
望花さんの発言が私に刺さる。言われてみたら、たしかにそういうことかもしれない。そんな子供じゃないって否定してみたい気持ちもわくけれど、それは私が私のプライドを守ろうとする反射でしかなくて、つまり図星なのだ。
えー、でも、ショックだ……。何より、あらすじを聞いただけの望花さんに、私自身ほぼ自覚できていなかった部分を看破されたのが、全然自分に関して客観的に生きられてなかったんだなという感じで恥ずかしい。
「そんな……私は弟に対して優位に立てなきゃイライラしちゃう、優位ちゃんだったのか……」
「遊井ちゃんショック受けつつまあまあ余裕ある?」
というか茶化しておかないと受け入れられないのです。
そういうところもよくないというか、つくづく私は、まだまだ子供なのかもしれない。
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