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 七月に入る。弟も本格的に受験生っぽくなっていく。増田くんと同じところに進学するそうだ。たまに増田くんの家に行って、ふたりで勉強会をする。木村ちゃんが来る日と被るとふたり仲よく木村ちゃんの授業を受けているらしい。身内が世話になっているとなると木村ちゃんに申し訳なくなってくるので、ちょっとした菓子折りをあげると笑われる。

「守一郎くんもいい子だし楽しいよ。てかあの子だいぶ頭いいよね。すぐ覚えるし理解する」

「え、あいつそうなの?」私は素直に驚く。そういえば成績の話とかをしたことがないことに気づきながら。

「うん。たぶん、その気になれば元喜くんより二段階くらい先の大学狙える」

「へぇ……?」

 私なんかは馬鹿な愚弟とすら思っていたけれど、学力に関しては私を上回っているのだろうか。全然ピンとこない。もっと普段から行動に賢さを出してくれていればよかったのに……。

「はは、遊井ぽかーんってしてる。普段どんなやりとりしてんの守一郎くんと」

「えー、いや、……向こうに彼氏できて私がキーボードやりだしてからはそれぞれの時間をやってるから、大して会話ないけど。朝出る時間もずれてるし。最近どうよお互い、みたいなのを晩ごはんのときするくらい。でもそれより前は、姉貴ー! って縋ってきたりしてたよ」

「そうなの?」

「うん。また馬鹿なことで悩んだり間違ったりしてんな、って思いながら付き合ってやったり慰めに焼きそば作ってやったり」

「いいお姉ちゃんやってんじゃん。喧嘩とかは?」

「んー、お互いに身体が大人になってからは特に。殴り合えなくなったし、そもそも守一郎のほうが割と素直になってきたし。まあでも、大人ぶったり生意気だったりするところは消えてないし、たまに意見が食い違うこともやっぱりあって。そういうとき私が疲れて《もういい、そのまま間違えてろ》みたいな感じでどっか……自分の部屋とかに行っちゃう」

「へえー。で、そのあとなんか仲直りしてんの?」

「や、謝りもせず、ぬるっと戻ってる」

「うわー」

 なんの《うわー》なんだろう。

 でも私もそんな風に姉弟関係のことを木村ちゃんに説明しながら、なんだこのふたり、と思う。私と弟、なんなんだ?

「よくさ、弟は姉に従えられるみたいに言うけど。パシリとか」

「別に。私は割と自分のこと自分でやるから……弟が担当家事サボってたら叱りはするけど、そういうんじゃないよね?」

「うん。そっか、そんな感じなんだ」と頷いて、それから木村ちゃんは笑う。「いやさ、私は妹しかいたことなかったから、弟ってどんな感じなんだろう? って思って。元喜くんの勉強とか見てるとき弟ができたみたいだなって一瞬思ったけど、でもやっぱ他人としての距離感だし」

「なるほどね」

 私なんかまだ増田くんのことは弟の彼氏としてしか見れていないけれど。

 で、その認識が特に変わることもなく夏が終わって、試験とかが始まって終わって、増田くんも弟も同じ大学に無事に合格する。私は、よかったなあ、と思うだけだが木村ちゃんはじんわり泣きながら報せを聞く。

 私の両親が海外から帰ってきてパーティみたいなことをして、それから話し合って、弟は大学の近くのアパートで独り暮らしをすることになる。そうなると私も独り暮らしになる。いま住んでいるこの一軒家に、春から独りで暮らすことになるのだ。

 少し寂しくなる気もするが、とりあえず弟がまともに巣立っていく感じがするので安心……していた二月、弟が教師を殴る。その話を木村ちゃんから教えられて私は寒気がする。それって退学沙汰じゃないの? 校則どうなってたっけ?

「たぶん、退学にはならない可能性が高いって元喜くん言ってた」と木村ちゃんは言う。「先生も、なんで殴られたかなんて、ばらしたくないはず……だって」

「え? ……どういうこと?」

「さあ。とにかく、進学に関しては大丈夫なんじゃない?」

 何もわからないまま弟は普通に高校を卒業して、増田くんと同じ大学に入る。本当に大丈夫だったのだろう。何がどうしてかは見当もつかないが。弟が引っ越す前に問い詰めてみようかと思ったが、弟、増田くん、木村ちゃん、私という流れで暴行話が伝わったとなるとちょっと木村ちゃんの印象が悪かったりするだろうか……?

 と躊躇っているうちに私は独り暮らしになる。

 まあいいか。とりあえず問題なかったのだ、と納得しておく。

 四月になって、増田くんも新環境に落ち着いてきたあたりでまたオママゴトのみんなでスタジオに集まる。増田くんは相変わらず弟に手を引かれてスタジオに来て、稗田父に新しいノートを渡す。

「あの、最近、透さんと一緒に詞を一本書いたんすけど」増田くんは言う。「優之さんがよかったら、それを曲にしていただきたいっす」

「へえ。木村さん、そうなの?」と稗田父は木村ちゃんのほうを見る。「共作詞したんだ?」

「元喜くんの話を色々と聞いていて、そういう気持ちを詞に昇華してみたらすっきりするんじゃないかとか思ったことがあって。そしたら元喜くんが、私が一緒に書いてくれるなら勇気が出るかもしれない、って言ってくれたので。ほぼ元喜くんですけど、途中ちょっと私が元喜くんに共感しながら書いてるパートがあります」

「なるほどね」稗田父はにこにこしながらノートを捲る。それから真剣な眼差しで読み、「うん、こういうのオママゴトでやってみるのもいいね。カッコいい曲にしたいね」と言った。

「ありがとうございます!」

 と増田くんが頭を下げる。木村ちゃんも合わせてお辞儀をする。

 増田くんと木村ちゃんの共作となると気になるので、私も読ませてもらう。


GUTTED

作詞:すれぶ・キムラトオル

作編曲:オママゴト


私 わたし 可哀想 だから 愛されてそう

貴方 あなた 優しそう だから 愛してそうだなんて


妄想であれ 空想であれ そう そうであれ

幻想であれ 想像であれ そう そうであれないのなら


“貴方にはがっかりだ そう がっかりだ そればっかりだ”

愛は災害 罪科語りたい

やっぱりさっぱり貴方がわからないまま

加害しないで そう言うしかない


I'm GUTTED ぽっかり空いた穴は勘ぐって老婆心軽んじられた

いつまで誰かの傷はキスだけで治るなんてナメる

あの日数えた一、二、三 あれが間違い探しの始まり

メシア様 “Two for the love you?” 許されざる


妄想であれ 空想であれ そう そうであれ

幻想であれ 想像であれ そう そうであれないのなら

抗争したまえ 葬送したまえ

憎悪 嘔吐 懊悩 拘束 兆候?


“貴方にはがっかりだ そう がっかりだ そればっかりだ”

相愛はハッタリだ 甲斐甲斐しい間違いだ

そう お分かりかい お別れ会 終わらせたい

“優しさ” 加害者 バイバイ

“貴方にはがっかりだ そう がっかりだ そればっかりだ”

愛は災害 罪科語りたい

やっぱりさっぱり貴方と別れられないまま

大嫌い なれない 愛が 枯れない


傷つけないようにしてくれたね

寂しくないように 抱きしめたんだよね



 思ってたよりボカロ曲っぽいな? 嫌いではない。

 で、二日後くらいにオママゴトのグループチャットに打ち込みのデモ音源が投下されて、ボカロ系のダークでアップテンポなロックっぽい曲調で、稗田父の引き出し広いなあ、と思う。増田くんが正直に感想を言って、それがフィードバックされた音源が翌日に出てくる。仕事が早すぎる。

 ピアノの早弾きがあって大変そうな曲だが、カッコいいので頑張って練習する。

 それにしても増田くん、ペンネーム《すれぶ》なんだ。

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