3-5



 むろん増田くんは未成年なので親御さんと相談する必要があって、私を含むオママゴトのメンバーと増田母と増田くんで現実的なところを話し合う。

 結論としては増田母の主張をそのまま呑むことになった。

 バンドに入ること自体はいいけれど、未成年だからあまり遅い時間まで連れ回すようなことは認めないし、あくまでも学業が最優先、高校三年生の大事な時期だからあまり高頻度で練習させるようなことはやめてほしい、息抜き程度に留めるのであれば歓迎する。

 という条件に従う形になる。稗田父も一児の父であったわけだし、そのあたりの心配は共感できるところらしい――まあ、そうでなくとも反発できる立場でもないのだけれど。青少年の時間を借りようというのだから。

「そうなると増田くんの受験が終わるまではライブは休もうか」と稗田父は言う。「結局、遊びのバンドだから。デモ音源とtab譜はあげるから、息抜きとしてギターをやりたくなったときにでも練習してみてよ」

 ということでオママゴトとして五人で集まる予定はだいぶ見直しになる。個人と個人で遊ぶことはある。普段は木村ちゃんとだけれどたまには望花さんと一緒に、と思ってリズム練習やセッションをしてみたら木村ちゃんとは角度の違う指摘をもらえていい勉強になったり、稗田父が突発的に作った可愛い打ち込み曲に木村ちゃんがゲストボーカルとして参加した『セピア』のMVが八万再生くらいされたり――ちなみにその曲は稗田父いわく、そのうちバンドアレンジにしてオママゴトのライブでもやる予定だという。

 一対一でも、誰かとやる音楽は楽しいし、みんなでの音楽にきちんと繋がる。

 そんな風に過ごしている間に、さらっと木村ちゃんが増田くんとすっかり仲よくなっていて、ギターだけでなく勉強まで教えてあげてる、と七月に聞かされてびっくりする。

「家庭教師のバイトやったことあるし、元喜くんの苦手科目が私の得意科目だったから、ちょうどいいかなって」と木村ちゃんは笑う。「元喜くん、飲み込み早くて教えるの楽しいよ。勉強もギターも」

「そうなんだ。家とかに行ってる感じ?」

「うん、ちょくちょく。元喜くんのお母さんとも仲よくなってきて、先週は一緒に&ハートのライブ映像のDVDを観たんだ。増田くんのお母さんも昔バンドとか好きだったみたいで、好評でよかった」

 推しバンドの布教までしているし。

「愚痴とか聞かせてくれるくらいには打ち解けられてるっぽい」と木村ちゃんは笑う。「今日は私以外のみんなとも仲よくなれるといいなあ」

 今日はスタジオで集まる日で、駅に着くタイミングが木村ちゃんと合ったので話しながら行くことにしていた。そしてその道中で、増田くんを見つける。弟と一緒にいる。手を繋いだりはしていないが、仲よさそうだな、と思う。

 木村ちゃんが声をかけて、四人でスタジオまで歩く。

 到着すると、弟は帰る。

「送るついでに道筋の確認しといただけだから」

「なんでわざわざ。増田くんのこと心配?」

「悪い? 姉貴は気にしなくていいから」

 うわムカつく。恋人間のことに口出しするなという主張だから黙らざるを得ないが。

 なんだかちょっと過保護なところがあるのかな、と思うが、でも好きだったらそういうものだったりするんだろうか? 弟も未成年だが、増田くんが未成年なことには変わりないし、何が起こるかわからないのは世の常だ。……もしかしたら私が知らないだけで増田くんが方向音痴なのかもしれないけれど。

 私は増田くんのことなんて結局あんまり知らないし、弟と増田くんがどんな交際をしているのかも、断片的にしか知らない。木村ちゃんはどれくらい聞いているんだろう? 木村ちゃん経由で情報を入れようかと思ったけれど、私にまで言うつもりはないようなことだから、私は聞けていないのだろうか?

 稗田父と望花さんが着いて、増田くんは緊張気味に挨拶をする。稗田父娘は笑って迎える。五人ぶんの準備が終わり、予定していた曲を合わせる。増田くんのギターは遠藤さんとはまた違う音色をしていて、ニュアンスも違っていて、同じフレーズを弾いていても結構違う風に聞こえる。

「OK、楽しい遊びだった」一曲を終えて稗田父は言う。「元ちゃん、よかったよ。よく弾けていた。丁寧で嬉しい」

「ありがとうございます」元ちゃんと呼ばれた増田くんは頭を下げる。

「でも、もう少し遊んでくれても別にいいと思うよ。ちょっとフレーズ壊してくれてもいいくらい。まあ、正確に真摯にフレーズを演じることこそが一番楽しくてリラックスできるって場合もあるから、そうだったらそれがいいと思う」

「わかりました」

「あと、そんな緊張しなくていいからね。俺たち、遊び仲間だもん」

「……了解っす」

 増田くんは苦笑する。まあ、増田くんからしたら稗田父は大人だ。案外、大人より子供のほうが子供と大人をくっきり分けて考えているんだよあ。

「そうだ、言ってたやつ見せてよ」

 稗田父がそういうと、増田くんはリュックサックから大学ノートを取り出して、稗田父に渡す。

「ありがとう。みんな、俺はこれ読んでるんで各自で練習とかしてて」

「パパ、何読むの?」と望花さん。「何のノート?」

「あ、僕の詩のノートっす」と増田くんが答える。「気持ちを吐き出すためとか、自分のために色々とポエム書くことがあって。その話をしたら、読ませてほしいって言ってもらえたっす」

 照れ臭そうに説明する増田くんを見ながら、私は増田母の言っていたことを思い出す。《この前、元喜の部屋に入ったらノートが開いていて。歌詞……なんですかね、歌詞があって。それがすごく暗くて、大丈夫かなって》。そのノートだとしたら、オママゴトでそういう暗い曲をやることになっていくのだろうか?

「そういえば先に読ませてもらったけど」木村ちゃんが言う。「私は好きだよ、元喜くんの歌詞」

「透さんが認めてくれたから、読んでもらう勇気が出たところあります」

 仲がいいんだなあ、と思っていたら稗田父がぱたんとノートを閉じる。

「詩集、読ませていただきました。アリです」と稗田父。「メロディやリズムが浮かぶようなものが多くて、ただ書きたいこと書いてるだけじゃなくて面白かったです」

「ありがとうございます!」

「どう? このなかからメロディつけて曲にしてほしい?」

 と稗田父が言うと、いいえ、と増田くんは言う。

「そのときは新作を書きたいです。渡したノートのなかの気持ちは、すでにだいぶ過去で、個人的には楽しくもないので。やるなら、やるときの自分の気持ちで書いたものを使ってほしいです」

「そっか。楽しみにしているよ」稗田父は微笑みかけ、ノートを返す。それから木村ちゃんのほうを見て言う。「木村さんはどう? 最近。遠藤に負けないくらいの書くって息巻いてたけど」

「それがあんまり」肩を竦める木村ちゃん。「ぱっとしないなって、自分でわかっちゃうようなものしか書けなくて」

「そっか。まあそのうちするっと出てくるもんだよ」

「や、そんな天才じゃないですって」

「大事なのは才能じゃなくて運だって。思いつける運」

 と稗田父は天才みたいなことを言う。

 それから増田くんは覚え中の曲を稗田父と望花さんに付き合ってもらって練習する。私は私でキーボードパートを木村ちゃんに聴いてもらってアコギと合わせながらブラッシュアップしたり、逆に木村ちゃんの歌に対して意見をしてみたりする。むろん、木村ちゃんは歌が上手いので私なんかにできるアドバイスなんてなく、なんとなく思いついたことを試してもらうくらいだったが。

「そこ性格悪そうに歌うのどうかな?」

「がなってみてもカッコいいかも」

 みたいな。

 そんな風に過ごしたあと、最初に合わせた曲をもう一回合わせる。増田くんのギターは最初よりちゃんとよくなっていて、稗田父娘の教えがすごいのか吸収がすごいのかわからないけれど、いい時間になってよかったと思う。

 三時間くらいでスタジオを出る。夕飯時。駅前で増田くんと稗田父が一緒に車で帰る。望花さんが木村ちゃんに耳打ちして、それからなんか私たち三人で打ち上げをすることになる。どういうことだろう、と思いながら三人でカラオケに入って揚げ物を頼んで美味しくいただく。

 望花さんが言う。

「元くんのことなんだけどね」

「うん」

「シャツの袖からリスカ痕っぽいの見えた」

「あー」と木村ちゃんは頷く。「あるよね」

 そういえば切ってたっけ、と私は思い出す。弟が電話でやらかして腕を切って病院に送られた日。あのとき弟と増田くんが付き合って、私が木村ちゃんからオママゴトに誘われたのだと思うとなんだか奇妙な一日だったなあ……なんて思っていたら木村ちゃんが言う。

「元喜くん、あれで結構不安定というか、たまにやっちゃうみたいなんだよ。去年の九月くらいが最初で、それからしばらくはやらなかったらしいんだけど、今年に入ってからまた、だって。大事にならないようにちょっとで済ませてるとか言ってたけど、やっぱり血は出るし、元喜くんのお母さんも心配してた」

 え、あのあとも腕切ってたの?

 なんで? 受験のストレスとか? それとも弟と上手くいってない? ってそんなの増田くん本人にしかわからないだろうけれど……弟が増田くんに対して過保護なのって、増田くんのそういうところが理由なのだろうか?

 ふらっと死んじゃわないように?

「元くん、大丈夫かねえ。ライブとか、重圧になったりしない?」

「そこはまあ、音楽やってたほうが色々忘れられるとか言ってたし。稗田パパもカリカリしない空気を元喜くん関係なく保とうとしてるから。大丈夫だと思うけど」

「遊井ちゃんはどう思う?」

 と望花さんに訊かれて、いや普通に混乱してるけど、と思いつつ答える。

「未成年で多感な時期だし、それに受験生で不安や無理も多いと思う。だから逃げ込むための趣味って必要で、それがオママゴトの曲のギターを練習することだって本人が言うなら、そうさせてあげたほうがいい。私たちは周囲の大人として、何か強制したり決めつけたりせずに、本人の話をちゃんと聞いて、意思を汲み取るほかないんじゃないかな……なるべく、心配してるって空気は出さないように」

「たしかに、心配って結局は要求だからねー。心配されないように振る舞うことを求められてるって受け取られちゃうかも」

「うん。心配ならすでに、増田くんのお母さんとうちの弟がいっぱい注いでるだろうし」

 同じ感情をたくさんの人から向けられるって、心が不安定なときほどしんどいはずだ。

 好意でも、厚意でも。

 そもそも誰かに気持ちを向けることは、往々にして何かを求めることなのだ。欲望でなくとも、期待や、理想の結末がある。無償の愛にしたところで、相手が深く気にせず甘受してくれることや、愛をちゃんともらって生きてきた人間になってくれることを期待していたりするのだから。

「そもそも、色んなストレスが混ざって切っちゃうのか、ひとつの明確な原因があるのか、ストレスとかそういうのがあるわけじゃないのに切りたくなって切っちゃうのかもわからないんだから」私は続ける。さっき反射的に色々と連想したけれど、でも口に出すべきではないのだ。「本人から説明されるまでは、勝手に原因を考えて動いたり配慮したりするのは、逆効果……の、場合が、多いんじゃないかな」

「まあ、そうかもねー。リスカ自体やめさせたほうがいいけど、実際切りたくなったときに阻止するとかは、一緒に住んでなきゃできないことだもん」と望花さんが納得する。「遊井ちゃんって、落ち着いてるよね、結構」

「あ、いや……そんなことない。混乱してる」

 してるのだ、混乱は。ただ、自分自身の脳味噌が役に立たなさそうなとき、いままで読んできた漫画とかラノベとかの真剣な描写や展開を思い返して当てはめながら、どういう方向で何を言えばいいか、考えて出力するのが早いだけだ。

 AIみたいなものだ。それらしいことを言っているだけで、中身や厚みはそんなにない。中身や厚みのあるものを素材としているから、皆無ではないだけで。

 恥ずかしいからそういう部分はあんまり教えないけど。

「私も遊井の感じでいいと思う」と木村ちゃんは言う。「あくまで私たちは、遊び相手になってるのが一番よさそう」

 と木村ちゃんが言って、そんな感じで行きましょうということでまとまる。三人でちょっと歌ったり飲んだりして、二時間くらいで帰る。じっとりと暑くて、初夏だな、と思う。

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