2-5
それから少しして、スタジオで練習をやっていたら稗田父に電話がかかってくる。スマホを耳に当てながら稗田父は私たちに訊く。
「前木くん……マネージャーやってる知り合いにメシ誘われてんだけどいまから行く人いる? DEEZ NUTS JOKERのふたりが会いたいらしい」
えっDEEZ NUTS JOKER? インターネット上にオリジナルのラップ曲をお洒落なアニメーションMVで投稿して人気を博している、トラックメーカーの玉木ジュンとラッパーの金木ジュンによるユニット?
会えるの? ってそんな感動するほど好きなわけじゃないが、『CANCELED ANTHEM』はいまでもたまに聴くくらいには好きだし、まあまあ嬉しい。
私は前に木村ちゃんが稗田父を《ドラマー兼、作曲と打ち込み兼、コネ担当》と称していたのを思い出す。前も同じことがあったのだろうか。スタジオを出たあと、DEEZ NUTS JOKERの新曲(案の定下ネタラップである)がスピーカーから流れる車内で、木村ちゃんに訊いてみる。
「うん、あったよ。四人揃った直後くらいのとき、私が他の三人より楽器が上手くなくて、我流とはいえ恥ずかしいって話をしたら、神木豹龍っていうメジャーデビューしてるフォークシンガーと会わせてくれて。んで、色々とアコギボーカルで意識したほうがいいこととか、自信の持ち方とか、教えてもらった」
弾語りとかに興味がないこともあって神木豹龍って名前は全然知らなかったけれど、とにかく稗田父が色んな人をひょいっと呼べるような繋がりをたくさん持っている人なことは伝わる。
「遊井ちゃんが思うとこあるなら、キーボーディストの知り合いも何人かいるしそういう席を用意してもいいけど?」
と稗田父が運転席から言うが、プロに指導してもらう土俵にすら立ってないと思っているので遠慮します……。
隣駅の焼肉屋さんに着く。稗田父の後ろを私と木村ちゃんと遠藤さんと望花さんがついていく。
サラリーマンらしい整った身なりの男の人と、目を引くふたり組が向かい合って座っている席で稗田父が立ち止まり、サラリーマンっぽい人と挨拶をする。この人が《前木くん》……マネージャーさんなのだろう。
じゃあふたり組がDEEZ NUTS JOKERなのかな?
白金髪に、黒い帽子、黒いパーカー、黒いスキニーの人。
黒い髪に、白い帽子、白いトレンチ、白いスキニーの人。
どっちが玉木ジュンで、どっちが金木ジュン?
「席どうする? 合計八人だぞ」と稗田父。
「四人ずつなら座れますし、男性陣と女性陣で分けます?」と前木さん。「望花さんは優之さんの娘さんってことで特例で優之さんの隣で。ジュンジュンも隣は同性のほうがいいでしょ」
え? 同性?
「別に気にしませんよ、なんでも」と白金髪のほうが言う。
低いけど、女の人の声。
「とりあえず通路に立ってると迷惑なのでさっさと座りましょ皆さん」と黒い髪のほうが言う。
こっちは特に低くもない、少し細い女の人の声。
「え、DEEZ NUTS JOKERって」思わず私は言う。「女性同士のユニットだったんですか?」
「あっはは。びっくりしました?」白金髪の人が笑いかけてくれる。「僕が金木ジュンです。一応言っとくとシスジェンダー」
「うちが玉木ジュンです早く座ってください」
で、女性陣側は玉木ジュン・金木ジュン・私・木村ちゃんの並びになる。
男性陣側は、前木さん・遠藤さん・稗田父・望花さん。
前木さんの隣は稗田父じゃないんだ、木村ちゃんの向かいは遠藤さんじゃないんだ、と思っていると金木ジュンが言う。
「オママゴトさん会いたかったです。今日は前木マネージャーのオゴなんで何万でも食べてください」
「前木くん太っ腹じゃん」と稗田父。
「ええ、まあ、呼んだ側ですから、ねえ」と前木さんは苦笑する。もしかして予定になかった?
「私もDEEZ NUTS JOKERのふたりにお会いできて光栄です。『CANCELED ANTHEM』が好きです」と私が言うと、木村ちゃんもそれに乗っかってくれる。DEEZ NUTS JOKERの音源をちゃんと聴いているのはオママゴトでは私と木村ちゃんと稗田父だけで、望花さんと遠藤さんは曖昧に微笑むくらいだった。
でも金木ジュンは遠藤さんのほうを見て言う。
「なんでもいいですけど。僕らが会いたかったのは遠藤さん……莢豌豆せんせいなんですよ」
「え、俺ですか」
「うん。『あえての女の子』がバズっててすごいな思って、そんで歌詞読んだらいいなと思ったんです。ねえ玉ぽん」と金木ジュンが振るけれど、玉木ジュンは黙々とホルモンを焼くだけだった。「この子シャイなんですよ昔から」
「あはは。どういうとこが刺さったんですか」と遠藤さん。
「いや僕、歌詞の主人公みたいに世界に対して天邪鬼な人が好きで。っていうか僕と玉ぽん自身がすごいそういうとこあるんですよ」金木ジュンは玉ねぎを焼きながら言う。「DNJ……ああユニット名の略なんですけど、DNJがそもそも下ネタラップなのもそういう性格に起因していると言いますか」
「何かへの反発でやってるんですか?」
遠藤さんが訊くと、金木ジュンは水をコップ一杯飲み干して、それから語り始める。
「僕が低年齢向けの、セックス要素を排してウンコブリブリみたいな、中身ない下ネタでラップやり始めたのって、フィメールラッパー、ってこの言い方も看護婦とかくらい古臭い言い方ですけど、女性のラッパーで売れてる人らがだいたい性器の話をしながらミソジニーと戦ってるからやりたくないぞっていうのと、女の下ネタは生々しい! っていう風潮が昔から気に食わなかったからなんですよ。そりゃ女体で生きてりゃ色々うんざりすること多いけど、いつまでもクソみたいな男が男を優遇し続ける感じ、そろそろどうにかなってくれよって思うこともあるけど……ってこれ莢豌豆せんせいを責める気はないんですけど。でも、だからって思想的な運動をラップでやろうって気はさらさら起きないっつうか、思想あってなんぼみたいな空気が、てか歴史が、ヒップホップ文化にあるからこそ、抗ってやろうっていう反骨精神? そもそもその推奨される思想こそ体制側やステレオタイプ意識への反骨精神なのはわかってんですけど、もうそういう反骨精神がある意味、すごい力を持ってる時代じゃないですか。炎上による取り下げとか、キャンセルカルチャーとか当たり前になってて。それに加勢するのは僕の捻くれが許さなかったんですね。どうせいつかその揺り返しが来るに決まってんだし……てなわけで、漫画に出てくるウンコみたいにぐるぐるした捻くれの果てに、下ネタをコンセプトにやらしてもらってます、DNJです。こんなんだからラッパーの友達全然おらんのですけど、ゲストだのフィーチャリングだので群れるのも嫌いな捻くれっぷりなんですわ」
それでなんだかんだ人気があるんだからすごいな、と私は思った。
「なるほど」遠藤さんは頷く。「そういう気持ちがあるから、『あえての女の子』の天邪鬼さに共感していただけたと」
「そう! 僕だってもっと昔、もっと男が強くて女が人間扱いされてなくて、それが社会のあるべき健全な姿みたいな扱いの時代だったらミソジニーと戦ってたと思います。まだ不平等なシーンのある時代ですけど、ラッパー界隈自体もそういう古さから抜け出せてなんてないのは知ってますけど、でも抜け出そうとしてるじゃないですか。古い考えが炎上して、コンプライアンスがどんどん根づいてバトルも改革して思想的に理想な世界に近づけていこうって時代だからこそ、ノンポリなラップをやっていくわけです。みんながやってることやったってなんの意味もないし、男をタコ殴りにしない女性ラッパーがいたほうが安心する人もいるだろうし。そういうの素直にやりたくなる人たちに任せて僕たちは僕たちのしたいことだけやってたい。協調性を捨ててからが人生の始まりだな! とか思います」
「なるほど。俺もちょっとわかりますよ、そういう感覚……って男の身でわかるって言うのも問題かもしれませんが」
「ははは、僕みたいな感覚はどんな性別の人が持ってても問題ですし、人として一個も問題ないやつなんて信用なりませんから大丈夫です!」
で、話が一段落したということで少しの間ゆっくり焼肉を楽しむタイムに入ったが、ふと思い返して気になったので私は金木ジュンに訊く。
「あ、あの、金木さん。さっきの話、聞いていて思ったことなんですけどいいですか」
「どうぞ? キーボードの遊井さんですっけ」
「はい。……女性でも生々しくない下ネタができるということで、たしかに音源を拝聴していてそれはわかるんですけれど」正直、やるなら生々しくやってくれたほうが、まあラップってそういうイメージだし、で流せたと思うので、低年齢向け路線の下ネタは聞いてて恥ずかしいとしか言えないのだけれど……それはさておき。「DNJのMVはイラストのアニメーションですし、金木さん話し声聞く限りだとわざと性別わからない声でラップされてますよね? 女性がやってるってわからないと、生々しくない下ネタの意味があんまりないんじゃないですか?」
「そこにはちょっと複雑な事情がありまして」金木ジュンはトングで生肉を投入しながら嘆息する。「実は金木ジュン……これ本名だけど、これより前の名義では顔出しで素に近い声でやってたんですよ」
「そうなんですか?」
「もう全部消しちゃったんですけど、まあまあファンがついてて。そのときは自作トラックでやってて同人CDも売れててノリノリだったんですけれど、ファンのなかに、僕のことを思想的な視点で評価……評論? する思想強い人が出てきて。それ言ってんのが男なのか女なのかはわかんなかったんですけど、全然そんなつもりないのに、顔出しであけすけに下ネタを言う女性ラッパーってだけで女性へのエンパワメント扱いされるんだってビビッて」
「ビビったんですか」
「ビビりますよ。好き勝手やってるだけなのに、勝手に自分好みの思想を投影してくんですよ。うわ消費されてる消費されてる! って思うじゃないですか! エンパワメントってそんなヒーローみたいなことしてるつもりないし、するやつになりたくないのに! 果ては《女性が奔放に下ネタを叫ぶ姿そのものが世の中をフラットにしていく》だの《本人にその気がなかったとしても、そうしたスタイルで活動するフィメールに男女を問わないリスナーが急増している事実が、貞淑を求める旧来の女性像の破壊に成功している証拠》だの、なんだの! 本人にその気がなかったら余計な意味を見出さないのが、見出しちゃっても広めないのがマナーだろ! 勝手にヒーローにするのと勝手にシコネタにするのどう違うんだよ! 作品は受け手のものっつっても、作品や創作活動の意義まで受け手の解釈次第なんてふざけてる! 好き勝手生きないようにしなきゃ、男性社会やステレオタイプに反発してないことにならないなんて! そんで、どうしようってまごついてる間に同じようなこと言うオタクがじわじわ増えてきて、こんなイメージ背負うラッパーになりたくなかったのに! って思って名義変更しました。女性って大変ですわ本当に。何も意味を生じさせずに下ネタ言えるメールラッパーが羨ましい……とか言って。まあ女がウンコとかオシッコとか言ったらしてるとこ妄想してゲヘゲヘしてくる男もクソ嫌いだけど。ゲヘゲヘしてる変態な自分自身にもゲヘゲヘしてるキモイ構造が最悪なんだよ死ね。おっと食事中に失礼。ちなみに、辞めて一年くらい意欲なくてなんもできなかったんですけど、玉ぽんが数年ぶりに連絡してきて、カラオケ音源とか作る会社にいたけど辞めたって報告してくれたんで、トラックメーカーしてくれないかなってお願いしてユニット組んで、玉ぽんのお知り合いにMV作ってもらって投稿したんが現名義での初投稿作です。声も音もビジュアルも変えたんでいまでも一部にしかバレてないし、秘密にしてねって言ったら意外とファンのほうで自治してくれるんで、コンプラ時代ありがたいですね」
フリーダムだなあ、と思いながら私は相槌を打って話を終わらせる。自分で振っといてなんだけど、金木ジュン、結構ひとしゃべりが長い……。
で、わいわい焼肉していると前木さんが稗田父や遠藤さんのことを見ながら、
「ところでオママゴトとしての今後についてはどうお考えでしょうか」と訊く。
「ん? ああ、言いたいことわかるよ」と稗田父がキムチを食べながら笑う。「悪いけど、前木くん含めて誰かのマネジメント下でやっていくつもりも、メジャーレーベルでなんかやる気もないから俺。オママゴトはそういうんじゃねえの」
「そうなんですか。せっかくバズってにわかに注目が集まっているのですから、ここから伸ばしていかないのはもったいないように思えます」
「もったいなくていい。オママゴトなんて時間も玩具代も、もったいなくてなんぼなわけ。インディーズだから好きなペースで好き勝手できるのがいいんだ。ボツとかノルマなんて御免だよ」
「そうですか。ちなみに、他のメンバーの方は……」
「俺がバンドリーダー」
稗田父は牽制をするように言う。
前木さんはそれを聞くとあっさり引き下がる。金木ジュンがベタに口笛を吹いて茶化す。玉木ジュンは何も反応を示さず店員さんに追加の肉を頼んでいた。どういうバランスのトリオなんだろう、ってマネージャーとアーティストのバランスなんだろうけれど。
「そういえば、DNJはメジャーデビューするんですか?」と遠藤さんが言う。「どっかで発表されてたらすみません」
「その前提で色々動いていますよ」と前木さん。「ここだけの話、次のアルバムの流通はメジャーレーベルになりますし、タイアップとかも進んでますよ」
「そうなんですね」
「僕はどっちでもよかったんですけどね」と金木ジュン。「玉ぽんが、メジャーの場で音楽を勉強したいってことだったんで」
「現状の音源じゃエンジニアリングも含めて納得がいかないからうちの音楽を洗練するにはメジャーで揉まれて学ぶ必要があるんですもちろん窮屈かもしれませんが窮屈すら知らないのは嫌なので」
玉木ジュンがひと息にそういうと、稗田父が笑う。
「まあ、俺だってメジャーで得るもんは多かったからね。それこそ前木くんとの縁だって、この人生じゃなきゃなかっただろうし。変わりたいなら、違うものを見たいならなんだって飛び込むのが大事だよ。人間に大事なのは行動力」
「先輩風をありがとうございますそんなことはとっくにわかってます」
あれもしかして金木ジュンより玉木ジュンのほうが問題児だったりするのかな? とひやひやしたけれど、稗田父はそれすら笑って流す。大人だ。で、特に問題も起こらずみんなのお腹がいっぱいになって焼肉が終わる。会計後、店の前で玉木ジュンは木村ちゃんに言う。
「そういえば金木は曲が好きみたいですがうちは木村さんの歌がいいと思いました頑張ってください」
「え、ありがとうございます」木村ちゃんは驚いた風に言う。「DNJの音源、よく聴いてます。ギターかっこいいと思います。頑張ってください」
「どうも」
玉木ジュンは短く返して、それから金木ジュンの隣に行く。前木さんがいま思い出したのか私たちに名刺を渡して、深く礼をして三人で帰っていった。私たちも駅で解散する。今日は木村ちゃんは遠藤さんと一緒にどこかに行ってから帰るそうなので、私はひとりでバスを待つ……というつもりでベンチに座っていると、望花さんがやってきて隣に座る。
「遊井ちゃんお疲れ様」
「あ、うん。望花さんもお疲れ様」
「ありがと。パパ、メジャーとかインディーズとかの話になると熱くなりやすいんだ。今日、怖くなかった?」
「え、別に怖いとかなかった」むしろ玉木ジュンの言葉を流したりして優しいと思ったくらいだった。「でも、絶対にメジャー行きたくないんだなってのは伝わった」
「そっか。パパが昔、KING KOKEKOKKOのドラムとしてメジャーデビューしたとき、色々大変だったらしくてさ。全然自由にやらせてもらえない、やりたくないジャンルの曲ばっかり叩かされる、ボツにされたり勝手に歌詞を変えられたりして、そのうえで別に売れなかったとか」
「……それは、きつそう」
「うん。自分がなんのために音楽をやってるのか一時期わかんなくなったとか、自分ってものが他人に捻じ曲げられてる気がしてきたとか、こんな状態を稗田優之と認めたくなくなっていったとか、昔よく愚痴聞かされたよー」望花さんはそう言って、それから困ったように笑った。「だからまあ、遊井ちゃん、このバンドでやってくならメジャーデビューは諦めたほうがいいです」
「や、それは本当にそもそも気にしてない」
というか私がメジャーデビューを望むこと自体がおこがましいというか、百年早いだろうという自覚があるのだ。まだ全然、稗田父のデモをなんとか覚えるくらいのことしかできていない。ライブでもミスをするし、鍛えなきゃいけないことがいっぱいあるのだ。今日、アーティストと一緒に焼肉を囲う経験をしたけれど、向こうが私をオママゴトというアーティストのメンバーとして認識してくれていると自覚したのはしばらく話してからのことだ。
私はたまたま周囲に恵まれているだけで、まだ全然ずぶの素人なのだ。だから欲張らず、いまできないと自覚していることをできるようにしていくしかない。
「遊井ちゃん、頑張ってね。頑張ろうって思えるところ、頑張れるところ、素敵だからね」
望花さんはそう言って私の頭をそっと撫でてくれて、お姉さんっぽいなあ、と久しぶりに思った。
「ありがと。ところで望花さん」私は素直に撫でられながら訊く。「DNJのふたり、どう思った? 私はなんか尖ってんなと思ったけど」
「んー、まあ玉木さんのほうは正直な人なんだなって思った。よくも悪くもだけど。金木さんのほうは意味がわからなかったかも」
おやちょっとディス入ってる? と私は驚きつつ、「ああ、そうだね。すごい複雑な感じだったよね」
「いや、そういう面白そうな感じには思わなかった。話してんの聞いてて思ったけど、ぶっちゃけまだ女性へのエンパワメントをやらない側がマイノリティの時代だとは思えないし、女性のラッパーだってまだ世間的な有名人少なくて舐められや逆境に立ち向かわなきゃいけない側だし、それをやらずして逆張りぶってるのかー、たぶんネットでラディフェミ系の物事がバズってんの見て言ってんだろうな、視野狭いなって。いるよね、やっと勢いづくことができてこれからって段階なのに、もう侵略された、思想の合わない自分は被害者だと勘違いする人。まだ必死こいて抗ってる段階だっつの。というかさ、むしろそういう正しさみたいなのに疲れて逃げちゃってるの最近の若い子あるあるじゃない? だから本人の意識はどうあれ順張りになっちゃってるというか、逆張りとしても薄っぺらいな……と思った」
すごいずばずば言うな望花さん……。とびっくりする私の前でさらに続ける。
「ていうか普通に何かと戦うとかじゃなくて下ネタでもなくて爽やかに自由にやってる女性ラッパーも全然いるし。《だいたい》とか枕詞につけてるけどちゃんとチェックしてないのバレバレで引いた。あの人たちが頭に浮かべてる《生々しい下ネタを言う女性ラッパー》が何を背負って誰に寄り添ってるのかも各々がどんな美学を持ってそれをやっているのかも、それが本当に男への憎悪なのかどうかも、調べちゃいないし深く考えてもないんじゃないのって思う。それ言ったらそもそもリスペクトしない自分カッケーみたいなのからして無知の塊だし、知ってあれなら救えないけど。そんなんだからラッパーの友達いないのか、ラッパーの友達いないからそんなんなのかは知らんけど。ああいうタイプの女って割と男受けしそうだし後者なのかなあ。とりあえず遊井ちゃんあんな雑語り真に受けないでね」
止まんなくなってるじゃん。こんなにさらさらと批判する望花さんを初めて見た気がしてちょっと新鮮だ。何故だか嬉しい。
「えっと、もしかしてヒップホップとか聴くほう? 望花さん」
「ん、まあレゲエのほうが好きだけど。私はエレキベースだけじゃなくサブベースも好きなんでねー」
サブベースと言われてもベースがライブ中に壊れたときの予備なのかとしか思えないけれど。そしてその予想が恐らく違うことしかわからないけれど。私も色々と勉強しなきゃだ。人生は勉強。
さて後日、二月ライブの模様を誰かが録画して動画投稿していて、木村ちゃんのライブでの《うれし、ぎゅっ》のやりかたがまた話題になる。恥ずかしがって控え目にやってるのが可愛い、みたいな意味で。また再生数が伸びて、もう二百万再生くらいになっている。すご。
「そういえば、この曲に限らずだけど」稗田父が言う。「オママゴトの曲での収入は入ってきたら分配するから安心してね。金が不平等だとバンドって解散しちゃうからさ」
正直私としては人気に貢献した気が全くしないので固辞しておきたいところだったけれど、経験のこもった言葉を前に何も言えなかった。解散、やだもんねえ。
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