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投稿翌日くらいになって、いつもより伸びがいいのでせっかくだから勢いに乗ったほうが面白そう、と判断した稗田父によって音源リリースが決定する。三日使って、その日都合の合う人ごとにスタジオに入り、しっかり録音をして稗田父が一晩でミキシング。正直これ私が稗田父のシンセキーボードで弾いて録る意味あるのかな、打ち込んだままでいいんじゃないかなと思ったけれど、バンドのリーダーである稗田父がそうしてほしいというので従っておいた。
あまり間を置かずに配信サービスで買ったりストリーミング再生したりできるようになる。
ド素人な私の演奏が商品として世に解き放たれた……!
なんてところでどきどきしている私はまだ『あえての女の子』がどんな感じでどれくらいバズってるのか知らない。
音源リリースがされる頃には、稗田父のチャンネルのMVが二十万再生されている。ショート動画ではその十倍くらいの再生数を刻んでいっている。いわく、ショート動画のサイトのおすすめに掲載されていて、稗田父のいままでの投稿動画で一番伸びているらしい。
稗田父に元々ちょっと固定客がいたし今回のメロディもよかった、遠藤さんの歌詞が萌え感あった、というのもあるのだろうけれど、どうやら一番の理由は木村ちゃんの可愛さのようだった。仲よさそうな雰囲気のバンドのなかで、あんまりガーリーな感じじゃないけど綺麗な女の人が、萌えっぽい歌詞を照れながらもちゃんと上手に歌いながら踊って、最後に歌に合わせて彼氏に抱き着いて、予想外の抱き返しを喰らって真っ赤になって、もう何これ! って叫んでるのが面白いというか、青春っぽさがあるというか、初々しいなぁお幸せに、みたいな反応を呼んだ……らしい。
で、『あえての女の子』をBGMにして木村ちゃんみたいに踊ったり、彼氏に抱き着いて抱き返してもらったりする動画が投稿され始める。結構有名らしいカップルチャンネルも参入して話題になる。
そういう二次創作的な流れを見た遠藤さんが稗田父に頼んで、配信用音源のテンポとピッチを上げた『あえての女の子(Sped Up Remix)』を出してもらう。そっちもそっちでウケたみたいで、ダンス動画やコスメ紹介のBGMに使われはじめる。個人的にはボーカルデータそのままにテンポを速めたせいで木村ちゃんの声が変に高くなっているのが違和感あるが、遠藤さん曰くSped Upはそういうものだからいいらしい。いいのか?
そんなこんなでどんどん『あえての女の子』という曲と、木村ちゃん×遠藤さんのカップルが広まる。
「この前びっくりしたんだけど」木村ちゃんは言う。「働いてたらお客さんから、動画サイトで観ましたって言われて。ちょうど遠藤いたから呼んだらすごいテンション上がられて、写真撮ってください! みたいな。遠慮したけど」
「遠慮したんだ」
「だってどこで働いてたとか証拠付きで拡散されたら嫌でしょ。最初から他人のフリしたほうがよかったかも」
まあそれはそうだ。大変そうだなあ木村ちゃん。キムラトオルって名前で概要欄にクレジットされてるのも含めて大変そうだ。私は動画で完全に背景だったし、普段と服装も髪型も化粧も違うし、バンドメンバーとしての名前はYUIでお願いしてるから全然ばれない。
インターネットで顔出し状態で注目を浴びたってろくなことがない派だから、望花さんからされるがままに飾られておいてよかったなあと思う。
二月初旬の土曜日に会った木村ちゃんはその件もあってか今日はいつもとは違う白い服にキャップを被っていて、なんか芸能人みたいだな、と思う。実際の芸能人とは比ぶべくもないけれど、それでも警戒しておいて損はない注目度だ。
ただでさえ、歌い終わった後のやりとりまで少し動画に収められているため、歌じゃないほうの声までばれているのだから。
「そういえば私と遠藤にインタビューの話まで来たよ。ウェブの記事にするとかで」
「え。どうしたの?」
「遠藤は受けたそうだったけど、断った。これ以上話題になるの怖いし、それにインタビューとかいって写真撮られたりどういうカップルか訊かれて答えたりするの嫌だったから」
まあたしかに、これ以上の情報開示は迂闊にしないほうがいいように思える。
プリンとクリームソーダがふたりぶん運ばれてくる。チェリーを食べながら、このさくらんぼの種ってどんなふうに吐き出して置いとくのが純喫茶の雰囲気に合ってるんだろう、と思っていたら木村ちゃんが急に叫ぶ。
「ど、どしたの」
「ミザリが……み、ミザリが」
ミザリ? 私は少し考えて、ああ木村ちゃんが一番好きなバンド、&ハートのボーカルだ、と思い出す。真崎ミザリ。
「え、どうしたの? ケガした?」
「ブログ、ブログで……嘘だ……夢だ……」
ちょっと時間をおいてクリームソーダを飲み切って落ち着いた木村ちゃんからの説明を要約すると、真崎ミザリさんは定期的に個人ブログで最近聴いてる話題曲を短い感想と一緒に紹介しているらしくて、いましがたアップされたそれにオママゴトの『あえての女の子』が載っていたそうだ。《KING KOKEKOKKOの稗田優之さんが去年結成したインディーズバンドのオリジナル曲。微笑ましいカップルの動画として話題になっているけれども。純粋にメロディのクオリティが高いし、バンドとしても楽しそうな空気が良い。ボーカルの木村さんも、動画だと緊張しているようだけれど、配信音源では動画より安定感があって伸びやかな良い声。オママゴト、これからもチェックしていこうと思います》……木村ちゃんの歌はプロからしてもいいものなんだなあ、と友達として嬉しく思っていると、隣で読み返していた木村ちゃんがまたなんか唸り始めた。
好きなんだなあ、&ハート。
「ミザリってさあ」木村ちゃんはにやにやする口元を抑えながら言う。「このブログに挙げるような曲、他のメンバーと飲んでるときとかにも掛けるんだよ。去年だけどドラムのシノンがキャスで言ってた」
「そうなんだ。じゃあ他のメンバーの耳にも届いてるんだね、すごいね」
「うん、そうなの、そうなんだよ。配信用の歌録りで上手くできるまで撮り直してよかった……」
で、今日は喫茶店寄って服買うだけの予定だったけれど、予定を変更してカラオケに行く。木村ちゃんが&ハートの曲をめちゃくちゃ楽しそうに歌うのを私は楽しい気持ちで眺める。あの曲ボツにしなくてよかったのかなって投稿前は思ったものだけれど、こうなってみると木村ちゃんの判断は正解だったんだろう。
色々あったしいまもあるけれど、とりあえずいま、木村ちゃんが幸せそうで嬉しい。
そんなこんなで情報量の多めな日々を過ごしつつ、二月中旬のブッキングライブに出る。心なしか前回よりお客さんが多い気がするな、普通に他のバンド目当てなのかもしれないけれど、と思いながら待ち時間に客席を覗いていると――お客さんに紛れて、ルラ子と胡桃が座っているのを見つけた。
なんで、と思ったけれど、胡桃は普段から動画サイトで色々と観るほうだから、関連動画やバズってる動画を確認するなかで気づいたとしてもおかしくはない。ライブの告知もインターネットで出しているから、それで確認がてら来てみたのかもしれない。ルラ子を連れて。
木村ちゃんと望花さんにそのことを告げると、
「あー……くるちゃん来たか」
「まあしょうがないか」
という反応だった。
オママゴトの出番は、前回よりは少ないミスで終えることができた。私も成長しているというべきか。セットリストにはもちろん現在の代表曲であるところの『あえての女の子』も入っていて、ダンスや抱き着きのパフォーマンスもやるつもりでいたのだけれど、本番になって木村ちゃんが観客の目を意識したのか、
「うれし、ぎゅっ」
のところで抱き着かずに、恥ずかしそうに遠藤さんと腕を組みに行くくらいにとどまっていた。
ライブが終わって、今回は対バン相手の都合がつかず一次会から私たちだけで打ち上げに向かおうとしたところで、出待ちしていた胡桃とルラ子に引き留められる。
「とおちゃんも望ねえも遊井ちゃんも、なんで教えてくれなかったのー! 動画回ってきてびっくりしたんだよー!」と胡桃は叫ぶ。「道理であんまし集まれなくなったと思った! あたし寂しかったよ! ルラ子も寂しかったよねえ?」
「いや別に」ルラ子は私を見ながら言う。「薊とサシで飲んだり遊んだりしてたし」
「そうなの? 遊井ちゃん。あたしを差し置いて!」
「差し置いてって……えっと、胡桃ちょっと落ち着こ? 道端だし、ここ」
「何? 遊井さんの友達?」と遠藤さんが言って、木村ちゃんを見る。「透は知ってる人?」
「あ、動画の彼氏さんだ!」と胡桃が遠藤さんに笑いかける。「千田橋胡桃です! とおちゃん……透さんと望花さんと遊井さんのマブダチです」
「そうなん? 透」
「まあうん」木村ちゃんは頷く。「女子会仲間みたいな」
「あんま立ち話すんのもなんだしさ」稗田父は言う。「友達なら、このふたり入れて打ち上げする?」
え? いいの、それ? 私はなんでもいいけど。
「あたしは賛成! 色々聞きたいことある!」と胡桃は言い、
「あー、あたしはパスだわ」とルラ子が言う。「七人とか。あんま大人数での飲み会、好きじゃねえからさ」
で、木村ちゃんと望花さんがどう判断するかに注目が集まったけれど、返答としては胡桃を受け入れるものだった。でも諸手を挙げて賛成って感じじゃなくて。ここで反対するのも胡桃をいじめているみたいになってしまうから、みたいな妥協が表情に滲んでいる気がする。
胡桃ってなんかしたの? 私の知らないところで。
いい加減そのへん訊いておこうかな、と思いながら打ち上げ場所に向かう途中で駅前に着いて、ルラ子とはそこで別れることになる。私はルラ子に言う。
「ごめんね、なんか言ってなくて。……木村ちゃんと望花さんが言ったら流れで言おうかなって思ってて」
「別にあたしは気にしてねえけど。胡桃がめんどくさいだけで」ルラ子はあっさり行ってから、私に耳打ちする。「つか薊さ、年末にサシで呑んだときポロっと言ってたぞ」
「え、嘘! 言ってた?」
「うん。薊、お前たぶん酒で酔うと言っちゃいけないこと言うタイプだから気をつけろな」
「き、気をつけます……」
「はは。じゃあね、気をつけて」
とりあえず今日あんまり呑みたくないな、と思いながら居酒屋に入る。
私、木村ちゃん、望花さん、稗田父、遠藤さん、胡桃の六人で。
胡桃から質問責めに遭う木村ちゃんと遠藤さんを眺めながら、私と稗田父と望花さんは今日のライブの話をする。稗田父娘からしても私はちょっと成長できているようで、褒めてもらえて嬉しい。嬉しいとお酒をいただきたくなってくる。ビールをいただく。
「えー! あれ遠藤くんが作詞したの? すごーい!」
といつの間にか(胡桃のほうが年上だから?)タメ語になっている胡桃に、
「透に可愛いこと歌わせたくて」と遠藤さんは答える。作詞者として肯定されているからか少し嬉しそうだ。
「そうなんだ! あたしとおちゃんが書いてるのかと思った。『あえての女の子』みたいな曲、歌うの意外だったけど、とおちゃん実はそういう可愛いのやってみたかったのかな? って思いながら動画観てた」
「いつも透には嫌がられるんですけど、なんやかんや歌ってくれるので感謝してます」
「なんやかんやって」木村ちゃんはちょっと睨む。「押しに弱いみたいなこと言わないでほしいんだけど。こっちは一応、作品としてあくまでも尊重してあげようって気持ちとか、色々あって歌ってんだよ」
「ごめんごめん。でもそれなら最初からごねなきゃいいのに」
「何も言わずに従えって言ってる? 折れるにしても言いたいこと言ってから折れなきゃ、私の気持ちが全部なくなるじゃん」
「そんな高圧的なこと言ってない。変な酔い方してる?」
「酔ってない!」
「まあまあまあまあ」と胡桃が木村ちゃんと遠藤さんの間に入る。「とおちゃん、そんな悪いように取ってばっかは可哀想だよ」
「何それ、そんなの……」
「透、落ち着いて。俺が悪かったから。透にも色々言う権利はあるってわかってるから」
「……もういい」
木村ちゃんはちょっとむくれながら唐揚げを追加注文する。
「くるちゃん」望花さんは胡桃に声をかける。「恋人同士のことに首を突っ込まないの」
「えー。はーい」胡桃は大人しくふたりから離れると、今度は望花さんの隣に行く。「そういえば望ねえが楽器弾けるのも知らなかったー。ベースだよね、すごい姿勢綺麗だった!」
「ありがと」望花さんはそう言って杏仁豆腐をスプーンで掬う。「くるちゃん杏仁豆腐食べる?」
「食べるー」
胡桃が開けた口に望花さんがスプーンを差し込む。おいしい、と胡桃が言うと望花さんは微笑む。仲よさそうだけれど、でも望花さんも胡桃に関して反応微妙だよね? と私はちょっと怖い。
「仲いいなあ」と何も知らない稗田父は笑う。
「望ねえのお父さん」胡桃は望花さんを挟んで稗田父を見る。「『あえての女の子』って、望花さんのお父さんが作られたんですよね! あたし好きです、あの曲のメロディ」
「おう、ありがとう。オママゴトでやってる曲は全部、俺が作ってるよ。ライブどうだった」
「楽しそうでした! 『あえての女の子』みたいな曲だけじゃなくて、ゆったりした曲もあって面白かったです!」
「よかった。これからもみんなで色んな曲を作るから、よかったら応援してよ。別にビッグになる気はないけどね」
「はい! 本当に素敵なバンドですよねー」胡桃はそれから少し間をおいて、ちょっと呟くみたいに言う。「あたしも入ってみたいくらい」
え? と私は思う。木村ちゃんもびっくりしたのか、目が合う。それから胡桃を見る。
「くるちゃん楽器できないでしょー」と望花さんが言う。
「えーなんか、バックコーラスとかバックダンサーとか。あはは」と胡桃は笑う。
「コーラス入りの曲か……」
と稗田父はまともに取るけれど、流石にこれ絶対に適当に言ってるよ? なんか楽そうでしょみたいな気持ちで言ってると思うよ? 大丈夫?
「くるちゃん、そういうポジションこそちゃんと技術ないと駄目なんだよ?」
「そうなの? 可愛く踊るくらいなら時々やってるけど。でもベースの望ねえが言うならそうなのかな」
「うん、そうだよ」望花さんは笑いながら言う。「だから、くるちゃんは我慢してね」
「……わかった!」
胡桃はそれで本当に諦めたのか、それからは普通に色々喋ったり聞いたりしながら飲む。頃合いになって解散する。二次会はない。私と木村ちゃんだけになったとき、木村ちゃんが盛大に嘆息する。
「……大丈夫? 木村ちゃん」
「ごめん、言わせてほしいんだけど」と木村ちゃんは言う。「私、胡桃、苦手。ほんとごめん、本人いなくなった途端に愚痴るみたいな感じになるけど」
「あ、いいよ。別に」たしかに私もそういうの好きじゃないけれど、木村ちゃんが見るからにもやもやしているので聞いておきたい。「だから教えてなかった? バンドのこと」
「そう。そうだよ。大学生の頃からうっすら苦手だったから」
「望花さんも同じ感じ?」
「うん。というか、望花さんのほうが胡桃に対しては疲れてると思う。胡桃、結構、望花さんにお姉さんっぽさを要求してるから」それから木村ちゃんは目を細める。「違うか。自分を妹扱いしてほしいんだ。うん、そうだよ胡桃は。望花さん、胡桃のそういうところ……それとなく役割を押しつけて消費するみたいな態度に気づいてて、拗ねられても面倒だから付き合ってあげてるけど、疲れるって言ってた」
「へえ……?」
望花さん割と私にも木村ちゃんにもお姉さんムーヴをしてるように思えるけれど。でもそうか、するのと、させられるのは違うか。本人がそういうムーヴをしにいきがちだからといって、それを当然のように思ったり、拗ねたときの面倒くささをちらつかせながらそれとなく強請ったり、していいわけではないか。まあ私も実は疲れられてるのかもしれないが。
「というか、遊井はどうなの? 胡桃と職場、同じでしょ」
「いや、案外絡まないよ。別の人と喋ってることのほうが多い。仕事中のお喋り多いなって思ったことはあるけど、腹立つほどではない。あの女子会に呼ばれてるのだって、同じくらいの年齢の子で、月の最初の土曜休みのシフトなの私だけだったからだし」
まあ、駅のお店の正社員で土曜に休んでいる人がふたりもいるだけで大変なのだろうから、それ以上いないのは必然といえるが――店長に毎月それで申請して通っているのだから文句を言われる筋合いはないけれども、たまに申し訳なくなるくらいだ。
胡桃は全然気にならないらしいけれど。
「……そっか」
バスが来る。木村ちゃんの話をもう少し聞いていたかったけれど、
「もう遅いから乗って帰りなね」
と言われて、バスのドアももう閉まりそうで、言われた通りにすることを選ぶしかなかった。
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