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 年が明けて、一回目の土曜休日女子会は胡桃が彼氏と別れた話がメインになる。クリスマスのデートでホテルどころかディナーの予約すらしてくれていなかった彼氏に冷めたとかどうとか。その人とは二か月前にちょっとした流れで付き合ったばかりだったらしいけれど、クリスマスに一緒に過ごす人がいるからって幸せというわけでもないよなあ、と思いながら私はパスタを食べていた。美味しい。

 で、解散後に私と木村ちゃんと望花さんで駅の近くの公園に行く。途中で遠藤さんと合流して、あけましておめでとう、と交わす。到着すると、稗田父が公園の入口のベンチに座って雑誌を読みながら待っていた。オママゴトのメンバーが全員集まったところで木村ちゃんが謝る。

「大晦日、私のせいで本当に申し訳ございませんでした! 遠藤に熱をうつしたのも私なんで、私が悪いです!」

「いや、病気にかかることに関して誰かが悪いってことはないからね?」と稗田父。

「熱がちゃんと下がってよかったねって、それだけでいいんだよ」と望花さんが続く、

 でも木村ちゃんは申し訳なさそうで、もういいからこれからの話をしましょうという流れにみんなで持っていく。空気を作るとき結託できる程度には仲よくなれている。とりあえず新年早々、なんか行き場のない申し訳なさを差し出されても困る。

 これからの話。

 稗田父がスマホを見ながら、「そういえば遠藤くん、今月誕生日だっけ」と言う。

「はい。再来週の頭あたり」と遠藤さん。

「え、そうだっけ?」と木村ちゃん。「ごめんなんも考えてなかった。欲しいものあったら言ってね」

「透ちゃん雑だねえ」望花さんはベースをボーンと鳴らす。新年、初ボーン。

「そうだ」遠藤さんは稗田父のほうを見る。「じゃあ俺の誕プレも兼ねて、MV、撮ってくれませんか」

「うん? いいけど、別に誕プレに数えなくとも……」と言ってから、稗田父がにやりと笑う。「もしかして、アレ撮る気かな?」

「さすが。わかりますか」

「うんうん。もしかしてイメージある?」

「まあざっくりと、振り付けみたいなのは考えてますとも」

「そりゃ楽しみだ。うん、任せようか遠藤くん」

「ありがとうございます」

「え? なんの話?」木村ちゃんが遠藤さんの肩を揺する。「遠藤も稗田パパも……男同士で阿吽の呼吸しないでほしいんですけど……嫌な予感する」

「透。俺の誕生日と思ってお願いをひとつ聞いてくれないか」

「な、内容による、よ」

「『あえての女の子』のMVを作ってインターネットにアップロードしたいんだ」

 もちろん木村ちゃんは嫌がる。

 やりとり割愛。

 木村ちゃんは折れる。

 で、実際に撮影と言ったってどうするんだろう、何か監督とかつけてストーリーにするのかな? と思っていたけれどそういう感じではなく、十一月のライブの打ち上げで話し合っていたように、いつものスタジオで演奏しているところを望花さんの機材で撮影することになる。一月の下旬。

 望花さんがちょっと張り切っていて、木村ちゃんに色々と衣装を着せようとするけれど、木村ちゃんが固辞するので結局いつもの黒いTシャツとパンツスタイルになる。代わりにサイズの変わらない私が望花さんの持ってきた服を着る羽目になる。ちょっと高そうなドレスワンピースとか普段全然着ないからそわそわするけれど、シンセとはいえ鍵盤弾いてる人らしい雰囲気にはなるだろうか? で、ついでにヘアアレンジやメイクまでしてもらう。そんなに気合いを入れなくても……。

「すごく似合ってるよ遊井ちゃん。あとはこのヘッドドレスなんだけど」

「ごめん望花さん、それはいいです。嫌です」

 望花さん、もしかしていつもは社会人らしい範囲に抑えているだけで、本当はもっとコスプレっぽいのとか持ってるタイプですか?

 さておき衣装の次は演奏や歌などの確認。

 撮り直しを繰り返すわけにはいけないので私は撮影日までひたすら『あえての女の子』の練習をした。その甲斐あって楽譜を見ずに通しで演奏するぶんには問題なかった。遠藤さんも望花さんもばっちり仕上げてきているし、稗田父は言わずもがなだ。

 木村ちゃんは?

「聞いてない!」

 と遠藤さんに怒っている。サビに振り付けがあることは知っていて、教えられたぶんは律儀に練習をして覚えてきた木村ちゃんだったけれど、撮影直前になって振り付けが追加されることになった。

 その振り付けというのが、

「『あえての女の子』のサビの最後に《うれし ぎゅっ♡》ってあるじゃん。あそこで、透が俺に抱き着くんだ。それで行きたい」

 というものだった。

 まあ揉めたけれど、結局木村ちゃんはその要求を呑む。まだ熱の件を引きずっているらしくて、それで遠藤さんに強く出れていないように思える。いやだから、気にしなくていいんだってそれは……。

 撮影そのものはリテイクなしで終わった。木村ちゃんはサビの最後にきちんと遠藤さんに抱き着いた。撮ったものをパソコンに入れてみんなで観る。自分が演奏をしているところを見るのは何気に初めてで、こんな姿勢になっているのか、と思うとこそばゆい。

 でも木村ちゃんよりはマシかもと思ってしまう。ごめんだけど。姿勢がどうこうじゃなくて、振り付けも可愛いんだけれど、……顔が始終恥ずかしそうなのだ。カメラの前でやる、自分が歌いながら踊っているところが全世界に公開されるという自覚が改めて湧いてしまったのか、それとも突如追加されたハグのせいか。サビの最後、《ぎゅっ》と言いながら遠藤さんに抱き着くところなんて、ありきたりなたとえだけれど、林檎みたいになっていた。

 遠藤さんは嬉しそうだけれど堂々と抱きしめ返していた。そして、抱きしめ返されるとは思っていなかった木村ちゃんが、すごいびっくりして目をぱちぱちさせて、演奏が終わったあと、

「もう何これ!」

 と木村ちゃんが叫んだあと、望花さんが撮影を終了させる。

「……いやこれ、リテイクでしょ」と木村ちゃんは言う。

「たしかに」私は同調する。遠藤さんは、カメラが停まったあと「はい、オッケーです」とか言ったけれど。「木村ちゃん、緊張してる感じでしたし。やり直しませんか?」

「俺はこれで行きたい」と遠藤さんは言った。「これがいい」

「なんで? 遠藤、本気でなんで?」

「透が可愛いから。俺、これを撮りたかったんだ」

「……稗田パパはどう思いますか」と木村ちゃんは稗田父に訊く。

「俺はね、まあいいと思う。オママゴトって感じ。くだけてるっつうか、自然体な感じがいいよね」稗田父は微笑みながら言う。「望花は? どうよ」

「私じゃなくて透ちゃんが決めることかなあ、これは」と望花さんは言う。「透ちゃんが、これで行きたくない、納得できないなら撮り直すべきだと思う。どういう自分を記録に残したいかって、自分で選ぶべきだよ」

「透、どう?」

 遠藤さんが訊くと、木村ちゃんは少し俯いてから、口を開く。

「遠藤はさ、これがいい?」

「うん。これがいい」

「じゃあ、いいよ。……誕生日プレゼントだから」

 え、いいの? と私はびっくりする。本当にいいの? ただ疲れちゃったから自分が曲がっておけばいいかなとかじゃない? 遠藤さんの誕生日プレゼント代わりっていう背景が生成する空気に押しつぶされてしまっていない? 稗田父が肯定したから、望花さんが明確に否定しなかったから、弱気になってしまった結果としての了承じゃない?

 無理してない?

 と不安になったので帰りに缶コーヒーを奢りつつ訊いてみると、

「そんなに弱くないから心配しないで」

 と木村ちゃんは言う。

「……でも、嫌じゃないの?」

「嫌なのが本音だけど、長々とごねたくないのも本音だし、遠藤にちょっとくらいサービスしてやりたい気持ちも本音だし、そもそも遠藤の書いた歌詞と稗田パパの作ったメロディと譜面が主軸なんだから、つまり作品に対して私は演者なんだから、ふたりの意向があるなら沿ったほうが嵌まるでしょ」

「けど、それでも木村ちゃんが嫌なんだったら」

「本音なんていま挙げた以外にも色々あって、自分の嫌を貫きたいかどうかすら含めたのが本音だよ。相反する本音があるなら、自分のなかで戦わせて結論を出す。出してる。出してきた。私は私自身の心のかたちを選んで作っていくんだし、『こういうときに我慢してあげる自分』とかも自分で選んでる。だから余計な心配やめてほしいかな」

「……ごめん」

「ん。でもこういうとき本当にいいのかなって思って確認したくなるのが遊井だし、たぶんそれはいいところだと思うよ」

 と慰めてくれる木村ちゃん。なんだか申し訳なくなってきたので自分用に買ったコーヒーもあげようとしたけれど、二缶もいらんよ、と断られる。そりゃそうだ。

 後日、望花さんと遠藤さんが編集した『あえての女の子』のMVが稗田父のチャンネルに投稿される。

 ショート動画サービスでは宣伝としてサビの部分だけが投稿される。

 バズる。

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