2-2



 さてライブの前日に悲しいお報せ。木村ちゃんと遠藤さんが、揃って熱を出す。例年より寒い冬だったからしょうがないかな、と私も稗田父も望花さんもファミリーレストランで思う。でも歌もギターもなしでライブは流石に無理があるので、どうにもならない。

 とりあえずライブハウスに出れない連絡をして、みんなでSNSに中止のお報せをする。といっても私はまだ、SNS上でオママゴトとしてキーボードを弾いている話はしていないのだけれど。急にインディーズバンドの告知をリツイートするのも不自然なので、私のアカウントはただただ沈黙である。

「俺らのぶんのキャンセル料は払っとくから心配しないで」

 と稗田父が言う。

 手持ち無沙汰なので、ドリンクバーで稗田父娘の飲みもののお代わりを注ぎに行く。

 で、増田母に遭遇する。空のコップをふたつ持っている。

「あ、お久しぶりです」

 と会釈する。増田母も会釈して、それから増田くんの話を始める。ドリンクバーで立ち話って邪魔じゃないのかなと思いながら聞く。増田くんはあれから特に腕を切ることもなく健やかで、私の弟とよく遊びに行ったり家で軽音部の練習をしたりしているという。でも、と増田母は言う。

「この前、元喜の部屋に入ったらノートが開いていて。歌詞……なんですかね、歌詞があって。それがすごく暗くて、大丈夫かなって」

 それは思春期だしそういうものじゃないの? と思う。高校生なんて暗いボカロ曲とか好きで影響受けていてもおかしくないし。楽しくやれているからって暗い考えが何も浮かばないなんてこと、たぶんないだろうし。逆に暗い言葉や表現が浮かんだりそれを好んだりすることは、本人の不幸の証拠には全くならない。

 とか色々言っても伝わらないだろうから、代わりに私は言う。

「そっとしておいてあげたほうがいいです、そっと。何事もそうですけれど、本人が自発的に感想を訊いてきたとかじゃないなら、個人的なことには何も言わないほうがいいんですよ」

「そうですか……そうですね。ありがとうございます」それから増田母は頭を下げる。「あの、元喜と友達でいてくれてありがとうって、弟さん……守一郎さんにお伝えください」

 あっまだカミングアウトしてないんだ、わざわざ伝言にするってことは増田家で出会うこともないのかな、まあしょうがないよな、と思いながら私は了承する。実際に伝えるかどうかはさておき。

「私のほうこそ、弟と……友達になってくれてありがとうございます、と言いたいくらいです」それからなんとなく訊いてみる。「ちなみに今日は、ご家族でお食事ですか?」

「わたしと夫で来ています。元喜は、守一郎さんと遊びに行くとのことで」

「仲よしですね」

「ええ。クリスマスも遊んでもらったそうで……本当によかった」

 席に戻る。とりあえず食べたいものをみんなで頼んで食べる。

 稗田父が奢ろうというので、断り切れない人ごっこを楽しんでから家に帰る。

 今年のことを考える。自分の人生に、バンドとか、ライブとかが関わってくるなんて思わなかった。大学時代からバイトで働いていたところに正社員登用されて、それから一年間は休日にルラ子とばっかり遊んでいたけれど、ルラ子の自由人具合がきっかけとなって胡桃と木村ちゃんと望花さんの三人に関わるようになって、四月くらいにはぐだぐだお茶するグループみたいになって。

 木村ちゃんと仲良くなりたいなって思い始めて、バンドに誘われて、久しぶりにキーボードを触り始めて。稗田父の可愛い音を必死で追いかけて、それでも初めてのライブは上手くいかなくて。それでも手ごたえは、本当になかったわけじゃなくて。

 うん。楽しい。あとはもっと上手く弾けるようになったらもっと楽しくなりそうだ。不出来で迷惑をかけるのは、許されたとしてもやっぱり楽しくないから。稗田父いわくオママゴト、楽しく遊ぶための音楽活動なのだから、楽しめるようにレベルを上げないと。

 そんなふうに来年の抱負を決めながらテレビを見ているとルラ子から電話。休みで暇で、ひとりで呑むのもつまらんから駅まで来てほしいとのこと。

 飲みのお誘い。

 ルラ子相手なら楽しいから行っちゃおう、と思いながら了承する。クリスマスの三日前くらいに海外の両親から送られてきたお年玉の二万円が残っている。弟は増田くんとのクリスマスデートに使ったんだっけ? 私はルラ子とのデートに使おう……って、ゲイカップルに並べてしまうと恋愛関係のようになってしまうけれど。私はアセクシャルでルラ子はヘテロだ。

 けど考えてみたら女子友達同士のお出かけをデートって表現するのは、……一般人に影響力はないとしても女性アイドル同士がそう表現したとしたら、クィアベイティング的にはどうなのだろう? 女子同士でデート=冗談めかして表現されたお出かけ、という前提あっての表現だから、エイプリルフールに嘘だと思ってもらえる前提で同性愛ごっこをするのと近い精神がある……のか……?

 とか考えながら私は化粧をし直す。ルラ子はたぶんすっぴんだろうけど。

 冬の夜は寒くて、年末だからか結構人通りが多くて、お酒が入っているらしい団体ともすれ違う。忘年会かな? 一年間の苦しかったこととかを忘れる会とのことだけど、やっぱり覚えておいたほうが、来年は苦しくならないようにやっていくぞって思えるんじゃないかな、なんて考えながらルラ子と合流する。コートの色がたまたま同じだ。

 穴場らしきところで朝まで呑んで、帰ってきた私に弟は言う。

「なんで年越し前日に外で夜明かしてきてんだよ」

 いいじゃんいいじゃん。ハッピーニューイヤーイヴってことで。わはは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る