2.あえての女の子(詞:莢豌豆)

2-1



 十一月の初旬にブッキングライブがある。だいたい五曲やる予定らしくて、私は残り二週間と一か月くらいの間に暗譜をしないといけない。

 ひとまず再来週にオママゴト全員の予定が合うということでスタジオ練習の予定があって、私はそれに向けてひとりで譜面を覚えることにする。ハロウィンフェアの準備などで帰りが遅くなる日も、睡眠時間をちょっと削って向き合う。学生時代に陸上部とかで運動をして体力を作っておいてよかったな、と少し思う。

 が、そもそものブランクも影響したのか、月曜から金曜までかけても、一曲もデモに合わせて通しで弾けるようにならなくて、結局スタジオ練習までに暗譜ができたのは一曲ぶんだけだった。リズム的にはまだ怪しい部分もあるし。そもそもオママゴトの曲は細かいフレーズが多いので、しょうがないといえばしょうがないのかもしれないけれど、でもまずいんじゃないだろうか?

「焦らなくていいよ。俺たちがやってるのはオママゴトだぜ? コンクールじゃないんだから。気負わず、それぞれのペースでやれないのなら遊びとは言わないんだ」と稗田父は言う。「それに、一曲に時間かけて向き合ってくれたのは演奏で伝わった。素敵だったよ、ありがとう」

「あ、ありがとうございます。でも、現実問題、このペースだと十一月初めのライブ……オママゴトとしての初ライブに間に合いませんよね?」

「そうだね」稗田父はあっさり肯定して、他のみんなをちらと見て、それから「オリジナル曲をあと一曲覚えてもらって、残りの三曲はコード弾きでいいやつにしようか」

「え、パパ新しい曲作るの?」ボーンと望花さん。

「いや、コピーコピー。俺がKING KOKEKOKKOにいたとき作ったやつやっていい? たぶん俺目当ての人は喜ぶと思う。KING KOKEKOKKOのときはキーボードいなかったから、俺が簡単な白玉とか追加したデモを打ち込みで作るわ」

「なるほど」それから望花さんは私を見る。「それで大丈夫そう?」

「あ……はい。大丈夫にします」と言いながら、じゃあ私のために木村ちゃんと望花さんと遠藤さんと稗田父もコピー用の譜面を覚えることになるのか、と気づく。「私のためにすみません……。みんなを巻き込んじゃって」

「何言ってんの」と木村ちゃんが私の背中を叩く。「バンド仲間じゃん? 気にされすぎると傷つくよ」

「それに新しい曲を覚えるのも楽しいから音楽やってますし」と遠藤さん。

「ありがとうございます。……ありがとう」

 で、稗田父と望花さんと遠藤さんがわいわい言ってるのを木村ちゃんと一緒に眺めているうちに、KING KOKEKOKKOからコピーする曲が決まる。

 帰り道で原曲を聴く。たしかにキーボードセクションがない。というかスリーピースバンドだ。ここにどうキーボードを入れるんだろう、と思っていたらその日の深夜に三曲ぶんのデモが届く。仕事早すぎる。

 十一月ライブの一週間前にまたスタジオ練習があって、私はそれまでにもう一曲のオリジナル曲とカバー曲みっつを覚える。だんだん指が鍵盤に慣れていっているのか、それとも脳が四つ打ちに慣れていっているのか、ちょっとずつペースが上がっていく。

 でも五曲ぶんを覚えきるのは難しくて、最初に覚えたオリジナル曲が弾けなくなってしまったりする。どうしても二曲くらい追いつかなくて、ダメもとで楽譜を見ながらライブに出ていいかと訊くと、

「いいよ別に。世のなか、そういう人もいるし」

 と稗田父が言う。

 ちょっと安心しつつ、それでも残りの日数はひたすら五曲ぶんの練習に努める。

 譜面を覚えきらなくていいとしても、リズムは覚えないといけない。

 ライブ前日くらいのときに弟が言う。

「最近ずっとピアノやってるけど、ライブとかあんの?」

「あ、うん、明日」

「マジ? 早く言ってよ」

「何?」

「元喜が、ライブとかあったら見に行きたいって言ってたんだよ」

「え。見にくんの?」

「行ければ行くけど。前日にチケットとか取れんの?」

「全然、普通のライブハウスで初ライブって感じだから当日でも大丈夫なんじゃないかな」

 と答えながら、弟とその彼氏が見に来るのか、と少し緊張しはじめる。別に弟の前でかっこつけようって気はないけれど。

 そんなこんなでライブ当日になる。

「オママゴトでーす。遊びに来ました。よろしくお願いいたします」

 と稗田父が言って、それで演奏が始まる。

 めちゃくちゃトチる。

 そもそもキーボード演奏において本番というものをやったことがなかった事実にそのとき気づく。エレクトーンを習っていたときも発表会とかはしていなかったのだ。そしてここまでの人生全体でも本番系の経験に乏しい自分に気づく。

 ……というところまですっかり見透かされていたのだろう、一曲目の遠藤さんのギターソロの最中にコードを弾いている木村ちゃんが私を振り向くと、ウインクをしてくる。え、ウインク? 初めてされた。ばちこーんて感じだった。わけわかんなくてちょっとウケてしまって、にやつきながらシンセを弾いていると、なんかちょっと緊張の糸が緩んでいるのに気づく。

 あ、木村ちゃんそういうこと?

 ミスしまくりでもウインクもらえるくらいには愛される時間だし、いまこのときはウインクしちゃっていいくらいには真面目じゃない場なのだということ?

 ってこれは深読みしすぎかもしれないけど、でもちょっと、ありがたいなあ。

 で、そのおかげで楽しくなってくるが、ミスが減るということはなく、白玉音符だけの曲ですら普通にいっぱい間違える。五曲のなかで十回以上は間違えた気がする。さすがに間違えすぎだろと思いながら、それでも申し訳ないけど、楽しいなと思う。

 MCとか挟みつつ出番を終えて、

「や、今日ほんと私ミス多くてごめんなさい!」

 と頭を下げると、

「謝ることないよ」稗田父が手を振る。「それより。……楽しかった?」

「……はい!」

 それならよかった、と稗田父は望花さんと一緒に笑う。

「まあミスなんて私も遠藤もやらかしてたよー」と木村ちゃんは笑った。「遠藤なんて歌詞飛ばしてたじゃん。気づかなかった? 三曲目」

「え、……自分のことにいっぱいいっぱいで気づかなかった」

「自分の失敗は一番大きく見えるもんだよ。あんま気にしない気にしない」

 木村ちゃんはそう言って私の頭を撫でてくれる。汗で濡れてるだろうに。

「透って、人の頭撫でるんだ」と遠藤さん。「俺のこと撫でたことないのに」

「はいはいあとでね」木村ちゃんは遠藤さんの肩をぽんと叩いた。

 ライブハウスを出て対バン相手の人たちと打ち上げをしていると弟から電話がくる。

「姉貴って今日、外飯? 俺も食べてきていい?」

「うん、いいよ。あれお金あるっけ」

「まあどうにか。そういえばライブ見たよ」

「え。あー来るって言ってたっけ。増田くんと?」

「うん。元喜、すごいって言ってたよ。ギター」

「遠藤さんすごいよね」

「というか、あの人って演奏してみたとかやってんの? 莢豌豆って人に動きが似てるとか言ってたんだけど」

「え? ……確認しとくね」それから、私はちょっと我慢できずに言う。「えっと、私はどうだった?」

「ん? 姉貴? よかったんじゃね? 元喜は、お姉さん頑張ってるねって言ってた」

 雑だなあ……。褒められても困るところだったけれど。けどまあ、サボってると思われるよりは頑張ってると思われただけマシだ。

「ありがと。頑張るね。じゃ、飲み会してるから」

「ほいほい」

 通話終了して席に戻って、遠藤さんに訊く。たしかに莢豌豆という名義で四年前からギターの演奏してみたを投稿しているという。ボカロ系とか有名ゲームの曲とか。チャンネルを見ると登録者がけっこう多くて、たまに十万再生くらいされているものがある。木村ちゃんはそれを知っていて、だからこそエレキギターとして誘ったのだと教えられる。

「ちなみに木村ちゃんは?」

「私はネットに出してないかな。ひとりで部屋で自己満足してるだけだったから」

 それからオママゴトだけで二次会をすることになって、話題はこれからの活動の話になる。二月中旬に申し込みたいブッキングライブがあるのと、十二月三十一日、大みそかのライブに代打として誘われていると稗田父が言う。四人とも恐らく問題はないということで決定になる。

「そっか、よかった。俺、久しぶりにバンドやるなら、またいっぱいライブやりたいと思ってたんだよ」

 と稗田父は嬉しそうに笑う。

「私、次までにオリジナル曲、残りひとつ覚えます」

 と私は抱負のつもりで宣言する。あと二か月ある。

 年末を前にどんどん忙しくなってきているけれど、……大丈夫なはずだ。

「頼もしいね。楽しんでね」と稗田父。「まあ残りひとつで済むかわからんけど。いま新しいの考えてるから」

「え、そうなんですか?」

「遠藤くんが新しい歌詞を持ち込んでくれたから、曲を作ってる」

 私は遠藤さんを見る。遠藤さんはリュックから大学ノートを取り出す。「歌詞、見る? 単体で見せるの恥ずかしいけど」

 誰より先に木村ちゃんがひったくる。まあ、遠藤さんが書いた歌詞は木村ちゃんがメインで歌わされるという話だから……と思いながら木村ちゃんを見ていると、ちょっと赤くなっている。

「ちょ、遠藤。何を歌わせようとしてんのまたあんたは」

「えー。似合うよ」と遠藤さんは笑う。

「無理! 恥ずかしい! ボツ!」

「やだ。稗田パパもうメロディ作ってるんですよね?」

「うん」

「メロディそのままで歌詞変えて!」

「それは無理な相談だ」と稗田父は楽しそうに笑う。「歌詞に合わせてメロディを作ってるから、言葉が変わるとメロディの狙いが台無しになる」

「えー……もう……」

 と木村ちゃんが困っているので、いやどんな歌詞だよと思って私も見せてもらう。

 曲名は『あえての女の子』。


あえての女の子

作詞:莢豌豆

作編曲:オママゴト


うるうるまじっくえへへおっおっお

するするまりっじおよめおっとっと

うるうるまじっくえへへおっおっお

するするまりっじおよめおっとっと


やせぎす至上の時代だったらね

唯一無二のむにむにでいたい

誰かに似てたらきっと

誰かに成り代わられたぅやん!


私だけの 魔法陣で

私だけの ごほうび

なかよく ひとりでいたい

できればそのまま愛していてほしい


嫁でしょ?


あ あ あえてのおんなのこ

時代にあらがう べいびぃどーる


かわいいキョーセイ世界だったら

こんな私じゃなかったんなぁ


あ あ あまのじゃく ごめんな笑

賛成ふえたらなえたぅ


おなじ瞳で みつめて

かわっても まぎゃっく でも愛してね


(愛してるよ)

うれし ぎゅっ♡



 ビール七缶くらい飲んでから書いたの?

 何を木村ちゃんに歌わせようとしてるんだ?

「困惑してます? 一番だけしかない歌ってたまにあるんで、オママゴトにもあっていいかなと思ったんですけど」

「いや、二番三番まであったらもっと困惑してたと思います……」私は大学ノートをそっと返す。「あの、……《賛成ふえたらなえたぅ》の、《たぅ》ってなんですか?」

「ちゃう。萎えちゃう。舌足らずっぽくしたら可愛いかなと思いまして」

 木村ちゃんに舌足らずをさせようとしているのか……?

「ちなみに最後の《(愛してるよ)》は俺が言うつもりです。合の手みたいな」

「正気?」と木村ちゃんは目を剥き、それから深いため息をつく。「……もういいや、わかりました、やります」

 え、やるの?

 大丈夫? と思うけれど、でもなんだろう、めちゃくちゃ恥ずかしがっているけれど、そういうのも彼氏と彼女のじゃれ合いでしかなかったりするんだろうか? 私があんまり心配するのは、逆に空気が読めていないってことになったりするだろうか?

 わからない。

 それから今度はインターネット上での活動についての話になる。デジタルでの音源リリースや、映像媒体での発信をするのも楽しいのではないかと稗田父が言う。そういうことは稗田父が個人ですでにやっているから、やるとなればスムーズに行くのだろうか。

 MVを制作するとなると、イラストでも実写でも流石にお金がかかるから、ライブ映像からやってみるのはどうか、それだったらスタジオセッション動画でもいいんじゃないか、どっちにしろカメラマンに依頼することになるのか、望花さんがいい機材を持ってるからそれを使おう、みたいに話が広がっていく。

 そのあたりで私が気づくのは、こういう会議的なときは稗田父と望花さんと遠藤さんが中心となって話し合っていて、木村ちゃん……と私は割と置いてかれるというか、積極的に発言とかしないなあってこと。

 いい時間になって打ち上げが解散になって、私をバスターミナルに送ってくれる木村ちゃんにそのことを言うと、

「まあわかんないもん。動画投稿とかしたことないし」

「あー。それは私も同じだなあ。観る専だし、流行ってるものくらいはわかるけど、なんで流行ってるのかは何もわかんないし」

「とりあえず私はオママゴトで遊べてればいいから」

「あはは。……でも、あの歌詞ほんとによかったの?」

「別に。遠藤が馬鹿なのはいまに始まったことじゃないし。稗田パパに曲まで作らせてるんだから、やりますよ」

「……木村ちゃんって遠藤さんのどこが好きなの?」

「まあ、あれで結構、……気が利くタイプではあるんだよ」

 ふぅん?

 何か具体的に気が利く胸きゅんなエピソードがあったやつなのかな、と思ったところでバスが来て、その日はばいばいする。


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