1-4
夜になったので木村ちゃんが私をバスターミナルまで送ってくれた。家に帰って、リビングでスマホを見ながらレトルトの牛丼を食べている弟に言う。
「私たぶんバンドやりたいんだけど、似合うかね」
「いや知らないけど」それから弟はスマホの画面を見る。「元喜に訊いてみる?」
「え」増田元喜くん? 弟の彼氏? なんでなんで。「増田くん私のこと知らないでしょ」
「や、割と俺が話してるし。誰に何が似合うとかの話、元喜のほうがいいよ」
「ええ……?」
と思っていたら画面に男の子が映る。トイレにでも行ってたんだろうか。ていうかビデオ通話だったんだ。牛丼食べながら。で、弟が増田くんに、姉貴がバンドやりたいんだけど似合ってるかわかんない、とか言ってるって教える。
増田くんは言う。
「ロックっすか?」
「あ、はい」
私は思わず敬語で答える。声優みたいな声だったから。パンクとかメタルみたいな激しい感じじゃなくて、ゆったり系だったけれど。でもスタジオ出たあとの飲み会で稗田父がロックを自称していたので、まあロックでいいんだろう。
「じゃあ似合っても似合わなくてもカッコいいっすよ。似合わないからこそカッコいいみたいなことも全然あるし、むしろそれがメインまであるのがロックっすから」
「ロック通の人なんですか?」
「一応、僕は軽音部でギタボっす」
へえすごい。
とりあえず増田くんの意見は聞き終えたのでお礼を言って、私は部屋に戻る。
布団のなかで、望花さんに教えてもらった、趣味の演奏チャンネルの動画を観る。望花さんが立ってベースをプレイしているチャンネルで、知ってる曲のものをとりあえず視聴する。ベース歴十七年と言っていたし、実際にオママゴトでの演奏を聴いたときも思ったけれど、……なんかすごい。ベースのことよく知らなくても、聴いてて気持ちいいし、迷いのない指さばきがなんだかプロって感じだ。
知り合いが弾いてるから興味持てるのもあるんだろうけれど、ベーシストってかっこいいんだなあ……。
それから稗田父の曲をサブスクで聴く。本人がドラマーだから自分で叩いているのかと思っていたけれど、可愛い打ち込み系だ。コロコロキラキラした音が可愛い。色々やってるんだな、と思いながらチャンネルやショート動画投稿サービスに投稿されているMVも観る。動画化されている範囲は一番だけだったり一番のサビだけだったりするけれど、イラストレーターさんに発注したらしき動画はまた可愛くて、再生数も安定して五万再生くらいある。
稗田父は、あんまり長いと料金が高いから趣味としてこれくらいで抑えてる、と言っていたけれど――時代に合わせようって気持ちがあるんだろうな、とイラストレーターさんの絵柄選びでわかる。なんかすごい、さらっと、いまっぽい。
そして何度も聴いていると、やっぱり稗田父の作るキーボードのフレーズは愛らしくて、こういうのを私が弾くんだ、と思う。
私はオママゴトの演奏を思い出す。木村ちゃんと遠藤さんと望花さんと稗田父の合奏を思い出す。楽しそうだったし、堂々としていた。私はそこに混ざれるのだろうか? 私みたいな根暗が混ざっていいんだろうか?
いまさら不安になってきたので、落ち着いて、問うべきことを問い直す。
私は、あそこに、混ざりたいんだろうか?
……混ざりたい。のは、たしかだ。
混ざれたら、馴染めたら絶対に楽しい。
「……ん」
色々考えていたら思い出したのでDEEZ NUTS JOKERの『CANCELED ANTHEM』を聴く。金木ジュンが少年のような声で歌う。
《自分が自分であっていいかは自分で決めちゃえよ》。
まあ、そういうことでやっちゃうか。
で、次の日の仕事終わりに、同じくCD屋さんのシフトが終わった木村ちゃんとお茶をして、オママゴトに入ることにしたことを伝える。グループチャットに入れてもらう。木村ちゃんから、いまあるオリジナル曲やライブをやるときにカバーする予定の曲について教えられる。前者についてはファイル共有サービスで、稗田父による打ち込み音源を聞かせてもらう。
うん、やっぱりいい音楽だと思う。アニソン的なキャッチーさがあるわけじゃなくて、普段聴くような音楽とは毛色が違うけれど、漠然と漂う商店街っぽい生活感が好きだし、電子キーボードで弾くことになりそうなピアノやシンセのフレーズも可愛くていい。
「スコアはあとで稗田パパに言っとくね」と木村ちゃん。
「ありがとう」
それから木村ちゃんと一緒に楽器店に行く。家で練習をするためのキーボードを探す。ある。いい値段するなあ……。五万とか。私がいま着てる服のトータルより高い(それは社会人としてどうなんだろうね?)。実家暮らしとはいえ、大学の奨学金とか、家計に回さないといけないお金とか、あと貯金とかを考慮すると、……来月まで待ってほしいかも。
というかバンドとかのキーボードの人って、よく知らないけど、こういうの二個とか三個とか持っていないっけ? だったら十五万とか必要だったりする? ひえ。
「なんなら貸そうか?」と木村ちゃんは言う。
「いや、ごめん、友達からお金を借りたくない……金の切れ目が縁の切れ目なら、縁に金を近づけないほうがいいと思ってる」
「ん? いや違くて、キーボードのほう。音が色々と出るやつ、持ってるよ」
「……そうなの? あるの?」
「うん。遺品だけど」
「い、遺品なのにそんな軽率に?」
「まあ、妹も弾ける人の手に渡るなら許してくれると思うから」
で、木村ちゃんの妹の話をしながら楽器店を出る。アコギとキーボードを両方とも綺麗に弾ける中学生だったそうだ。五年くらい前に亡くなって、アコギは木村ちゃんが引き継いだけれど、キーボードは木村ちゃんが独り暮らしを始める際になんとなく持っていったものの、手つかずでしまってあったらしい。
「だから、ほらたまにライブでテンション上がってギターぶっ壊す人とかいるじゃん。あれ、絶対できないなーって見るたびに思うんだよね」
「いや見たことないけど……」
それから、流れで木村ちゃんの家に行く。駅から歩いて五分くらい、独り暮らしのアパート。木村ちゃんが先に片づけるためとして家に入って、ドアを閉めた向こう側で何やらやりとりが聞こえる。なんだろう、と思っていたらスマホに木村ちゃんからのメッセージ。
《ごめん遠藤が合鍵で勝手に入ってる。追い出すから待ってて》
別にいてもいなくてもどうでもよかったので、《私としては気にしなくていいよ》と返す。すると《ごめん》と返ってきて、それからちょっとバタバタする音が聞こえてドアを開けられる。招かれるままなかに入る。
遠藤さんは同棲でもしてるみたいに堂々と椅子に座って缶ビールを飲んでいる。
「ごめんね遊井さん。ちょっと酒飲みに来てた」
「別に私は気にしませんよ」
と言いつつ、私は遠藤さんが飲酒をしながら罫線ノートに何かを書いているのに気づく。遠藤さんは私の視線を受けて、これ作詞、と言う。
「酒飲みながらが一番、なんか作詞できるんですわ」
「もしかしてオママゴトの曲ですか? 作詞担当なんですね」
「いや、透も」遠藤さんは木村ちゃんのほうを一瞥する。「俺も透もボーカルだから、ちょっとした遊びみたいなことしてるんだよ」
「遊び?」
「俺がメインの曲は透が作詞、透がメインの曲は俺が作詞で。毎回お互い、こういうこと歌ってほしいなって歌詞を書いてる」
「へえ。なんかいちゃいちゃしてますね」
「オママゴトですから。優之さん公認の遊び」
「まあ私はそんなに意識してなかったりするけどね」とキッチンから戻ってきた木村ちゃんは既製品らしきクッキーと牛乳をテーブルに置く。「これ、駅の『PARTY FLOWER』のクッキー。よかったら」
「あ、あそこ美味しくていいよね。買いやすいし。いただきます」
「透、俺に結構なんか恥ずかしいこと歌わせてるじゃん」と遠藤さん。「めちゃ青臭い感じのさ」
「遠藤自身に青臭いとこ結構あんじゃん」木村ちゃんは遠藤さんの向かいに座る。「それよか遠藤はさ、何あれ。いつもなんであんなぶりっ子みたいなの歌わせんの」
「や、割と透の声に合ってるし。そういう曲歌ってるとき照れてんの可愛いよ」
「そういうのやめてよ、いま遊井いるし」
「あ、おかまいなく」私は牛乳を飲みながら言う。
「……そうだ、キーボード」木村ちゃんは立ち上がって、ウォークインクローゼットに向かう。私もついていく。遠藤さんは机でノートに向き合っている。青色のケースに黒いキーボードが収まっていて、木村ちゃんはてきぱきと組み立てる。で、コンセントを繋げると私にヘッドフォンを渡す。「弾けばヘッドフォンから鳴るよ」
適当に鍵盤を押すと、音が出る。わあ楽器だ、と思う。
色々と音を切り替えて、満足したあたりでケースに仕舞ってもらう。
「これ、重いけど持って帰れる? 無理っぽかったら郵送で送るね」
「んー、大丈夫。たぶんいける」
で、キーボードを背負って木村ちゃんの家を出る。バスターミナルまで送ってくれる。
私は木村ちゃんに言う。
「今日、ありがとうね。楽しかったし、やるぞって感じになった」
「よかった。にしても本当にごめんね、遠藤が」
「ううん、参加するからにはメンバーのことわかりたいし。というか木村ちゃん、別に私に遠慮して苗字呼びとか貫かなくてもいいのに」
「いや、普段から苗字だよ。職場とプライベートで呼びかた統一しないと、職場で間違えたらコトだから」
「あ、同じCD屋さんだっけ」
「うん。遠藤が一年くらい後輩」
ああそういう距離感か、と私は思う。兄妹のようと最初は思ったけれど、実際のところは逆だったりするんだろうか?
バスに乗って家に帰って、自分の部屋で組み立てる。ヘッドフォンをして、動画サイトのピアノロール動画を観てからなんとなくで弾いてみる。鍵盤を触ったのなんて小学生以来だけれど、案外ちゃんと指を動かせる。
でもやっぱり色々と忘れている。
うん、慣れよう。覚えよう。
漠然と取り戻していると稗田父からの譜面データが到着するので、デモを聴きつつ譜面を見て合わせて弾いてみる。ただのコードだけとか全音符とかじゃなくて、ちゃんとフレーズがあるので、難しいけれど楽しい。
少し前まで思いもしなかったことがもう始まっていて、こうして指を動かすことがそれを推し進めている。始まること、進めることを、何かに流されるとかじゃなくて自ら選べたことが、とても嬉しい。わくわく。
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