1-3
次の週にとりあえず体験入部みたいなノリでスタジオに連れて行ってもらう。黒いTシャツを着てギターを背負う木村ちゃんは、ネットで弾いてみたとか上げてるかっこいい人みたいだ。
恋川駅前なんて小学校のときから通っているのに、私の全然通ったことのないルートを木村ちゃんはすいすい通っていく。で、見たことのないお店に入っていくので何を買うんだろうと思いながらついていったらそれがスタジオだった。
木村ちゃんたちが借りた部屋にはすでに男の人がふたりいた。初老っぽい人と、同年代くらいに見える人。
「透」同年代っぽいほうが、……なんだかバンド系のアニメで見たような、……エフェクター? って名前だった気がするよくわからないメカを触りながらこちらを見る。「隣の人が、えっと、遊井さん?」
「うん。とりあえずお試しで見学だからね」
「そっか。えっと、俺、遠藤です。駅のCDショップで働いてます」遠藤さんはそう言うとゆっくり立ち上がる。木村ちゃんが小さく見えるくらいすらっと/がしっとしている。「先月ぐらいから透とお付き合いしてます」
「え」私は遠藤さんにさりげなく寄り添う木村ちゃんを見る。「あ、そうなん……ですね、おめでとうございます……?」
「ごめんごめん、言ってなかったっけ」と木村ちゃんは言う。「まあなんというか、もしすぐ別れたら面倒くさいなって」
「すぐ別れる前提かよ」と遠藤さんは気さくに木村ちゃんの髪をわしわしする。
兄妹みたいだ……。
「まあ音楽やってるときはそんなベタベタせんから」と言って木村ちゃんは遠藤さんを押しのけて距離を取る。「気にしないで」
「いや、別に……知らなかったからびっくりしてるだけで、気になるとかはないよ?」
別に抱き合ってようがキスしてようが乳揉んでようがどうでもいいけれど……いや、乳揉んでたら気になるか。人前でそんなことする男と付き合ってて木村ちゃん大丈夫? って意味で。
「なかなか気のいい子が来たじゃん」初老の人が、ノートパソコンを充電器に繋げながら言う。「まあ仲よくやろう。俺はドラムの……」
遮るみたいにスタジオのドアが開く。初老の人が、おかえり望花、と言うのでびっくりして振り向く。土曜休日女子会仲間の稗田望花さんがそこにいる。
「おまたせー。あ、遊井ちゃん今日だっけ。先週ぶり!」と望花さんは私を軽く抱きしめる。いつも通りのなんか女子アナみたいな服を着ていて、いい匂いがする。望花さんいるならもっとお洒落してきたのに。「えっとね、私はベース担当なんだよ」
「望花さんも楽器やってたんだ……」
「子供のころからやってるよー。言ってなかったっけ? でも話題にならなきゃ言わないかもねえ」
と望花さんは置いてあったエレキベースを当然のように手に取って音を出し始める。ちょっと柔らかい印象の、なんかいい感じの音が出る。想像もしていなかった組み合わせだけれど(なんかやるにしても吹奏楽系のイメージだった)、本人にとってしっくりきているからか、違和感がない。
「……こう言っちゃ失礼かもだけど、子供でベース選ぶ人っているんだ」
「リズム隊って大事なんだよ、すごく。バンドの本当の質はそこで決まるもの」望花さんはそう言って笑う。「って、小さなころからドラマーのパパに言い聞かせられてきたんだよ私。ね、パパ」
望花さんは初老の人のほうを向きながらボーンと一音鳴らす。パパ?
「そういうこと。俺は稗田優之、望花の父ちゃん。娘がいつもお世話になってます」
「あ、いえいえとんでもない……みんなのお姉ちゃんって感じで、お世話されています」
「へえへえ。俺にとっちゃずっと娘だからよくわかんねえや」と言いつつ初老の人……稗田父は嬉しそうに笑う。「これからもよろしく」
「はい、それはもう喜んで」
「俺のこともね」
「あっ、はい。ええ、まあ」
「稗田パパはうちのバンマスだから入るなら仲よくしたってね」と木村ちゃんは言う。「ドラマー兼、作曲と打ち込み兼、コネ担当だから」
「コネ担当て」と遠藤さんは笑う。「たしかに優之さんの繋がりすげえけど」
「……業界の方なんですか?」
「昔ドラムと数曲だけ作曲やってたバンドがメジャーデビューしてさ、そんときに色々繋がり作っといたんだよ」稗田父は言う。「KING KOKEKOKKOって知ってる?」
「きんぐこけ……えっと、待ってください。ここまで出かかってて」絶対聞き覚えがある。なんだっけなんだっけ。「……十何年か前、夕方に放送してた男の子向けっぽいアニメで、エンディングやってました?」
「『BLUE BOOMERANG』のことなら合ってる合ってる。『モーレツおっちょこちょい』って曲でしょ。おっちょこちゃってもまた明日ぁ、明日はきっとを願ってる、でしょ」
うん、作品名も曲名も覚えてなかったけれど、そのサビを聴いたことがある。
「じゃあ……その、すごい人なんですね」
「はは。でもそれがちょうど最後のタイアップだったけど」稗田父は笑う。「あんまし売れなかったし、お金絡み女絡みの喧嘩もあったしで解散。で、まあ持つべきものはコネということで、知り合いの作曲家に頼んでライブのサポートやら録音やらに呼んでもらったり、楽曲提供のお仕事を貰ったり、勉強してミキシングとかレコーディングエンジニアの仕事もやったりして、そのギャラとバンド時代に作曲担当した曲の印税で、望花を育てて参りました」
「育てられて参りました」と望花さんは合の手を入れる。父娘で仲がいい。
「そんで望花が独り立ちしてしばらくして、暇な時間も増えてきたから打ち込みやってオリジナル曲を配信したりなんだりしてたらお金も余って、同人バンドやりたくなってきたんで、望花の知り合いを集めてもらったわけです」
「透ちゃんが歌上手いしギター持ってるの知ってたから誘ってみたら、同僚くんまで引っ張ってきてもらえたわけです」
「……っていうのが三か月前までのあらすじ」と木村ちゃんは言った。「ここまでいい?」
「あ、うん。OK。あれでも、みんなでいるときにバンドやりたいみたいな話ってしてたっけ?」
「誰でもよかったわけじゃないから」
ふぅん? そんなものか。
それでね、と続きに入る木村ちゃん。
「三か月くらいは私と遠藤、望花さん、稗田パパの四人でやってたわけだけど。セッション慣れてきたしオリジナル曲も三つくらいできたし、ライブを視野に入れようってなって。キーボードのパートなんとなく音源を流してたけどやっぱり誰かが弾いたほうがいいんじゃないのって話し合ってたところなんだよ」
そこに私がエレクトーン経験者アピールをしてきたということか。別にアピールではないけれど、その流れで私がスタジオ見学に呼ばれるのは道理としてはわかる。
「……でも私、キーボードなんて軽率に買えないよ?」
「しばらくはレンタルでいいんじゃないかな」と遠藤さん。「借りれるよ普通に」
「あ、そうなんですね」
「つか、シンセ貸すよ? 俺」と稗田父。「家練習までは無理だけど、スタジオとかライブとかのとき、俺のシンセキーボード使っていいよ。入ってる音源も多いし」
「ええ、いいんですか? プロの楽器って恐れ多いような」
「プロもアマも関係ないよ、同じバンドメンバーならさ」
「まあそのへんもいったん、あとでいいんじゃない?」と言いながらまたボーンと鳴らすのは望花さん。一音鳴らすの好きなんだろうか。「とりあえず、今日は見学。いつも通りの、四人の音楽を見せようね」
「はは。とか言ってる望花いつもより姿勢いいぞ」と稗田父は笑う。「まあ気張らずいこう。だって俺ら、バンド名『オママゴト』だぞ」
あ、そうなんだ。そういえばバンド名聞いてなかったな、ていうかどんな音楽やってるのかもよく知らないな、とぼんやり思っている私の前で四人は定位置に着く。マイクの前にはアコースティックギターを持った木村ちゃんと、エレキギターを持った遠藤さんが立っている。木村ちゃんの隣、遠藤さんとは逆サイドにベースを持った望花さんが立って、後ろのごちゃごちゃしたドラムセットの奥に稗田父が座る。
四人で一回頷いて、それからカウント。
ワン、ツゥ、スリィ。
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