第5話 流理とアベル、初めての共同作業

竜の王アカーシャの命が下されると、ドラゴンたちの容赦ない攻撃が人間たちを襲った。


飛竜は空から人間をついばみ、爪でえぐり、空高く連れ去ったと思ったら地上の兵の頭上に落とした。まるで人間製の爆弾だ。


地竜は人間をアリのように踏み潰し、巨大な顎でかみ砕いた。


地獄絵図であった。



人間は騎士も魔法使いも成す術がなかった。


ドラゴン族は世界最強の種族である。


そのことを古き盟約により安全を保障されていた人間たちは忘れていたのだ。



「んあ?」



しかし、竜の王アカーシャは異変に気付いた。



人間たちは誰一人死んでいなかったのである。


飛竜のくちばしや爪に傷を負わされたはずの人間からは血の一滴も出ていなかったし、空から落とされた人間もその人間の下敷きになった者も骨折一つしていなかった。


地竜に踏み潰され、かみ砕かれたはずの人間もかすり傷一つ負っていない。



ただし、当の本人たちも何故自分が無事なのかまったく理解不能なようで、困惑していた。


ドラゴン達もいくら噛みついても嚙み切れない人間たちに困惑していた。



「やめ」



竜の王アカーシャは下ろしていた手を再び上げて、ドラゴン達に攻撃をやめさせた。


ドラゴン達の攻撃がピタリと止まる。



「…あそこか」



竜の王アカーシャは、原因を見つけると瞬時に移動した。目にも止まらぬスピードで、見上げていた人間たちにはまるで消えたように見えた。







流理とアベルは、アルドラド王国の兵士達とドラゴン族の戦いの場が一望できる崖の上にいた。


どうやってそんなところに登ったのかといえば、当然ラオウのおかげである。


今も流理とアベルはラオウにまたがっている。


流理はアベルをうしろから抱きかかえるようにしていた。



「だいじょうぶかい?」


「ええ、ルリさんの力がちゃんと流れ込んできてます」



アベルは消耗していた。目を閉じ、脂汗を出し、それでも集中を途切れさせることはない。


自国の兵士たちすべてにシールド魔法をかけているのだから、当然といえば当然だった。





流理とアベルは、転生者アレキサンダーの愚かな行いを止めようと王国に向かったところ、すでにドラゴン族の討伐に向かったあとだと聞かされた。



「よりによってドラゴン族とは…!」



アベルは頭を抱えた。城内は大混乱だった。


第一王子のカインが先頭に立ち、なんとか民の避難を始めているところだった。


一国の人々が自分と同じ世界から来た人間によって大混乱に陥っている…。流理はその有様を見て、義憤を感じざるを得なかった。



「アベル君!行こう!」



「…はい!」



アベルは流理の力強さに励まされるようにして、救世主アレキサンダーの足取りを追った。


そうして現場にたどり着いたところ、救世主アレキサンダーはあっさりと吹き飛ばされ、逃亡し、残された自国の兵士たちが無惨にもドラゴン族の餌食となり果てようとしている時だった。



「いけない!」



アベルは崖の上で呪文を唱え始めた。


ここから魔法で兵士たちを助けようとしていることが流理にもわかった。



(天使ちゃん、わたしにもできることはないかい?)



アベルの集中を乱さないように、流理は心の中で天使に語りかけてみた。



〈ありますよ~〉



当然のように返事が頭の中に響いた。



秘密も何もあったもんじゃないね、と思いながらも今はそれどころではないので流理は聞いた。



(どうしたらいい?)



〈力を貸してあげたらいいんですよ。触れてください〉



流理は言われて、アベルの背中にそっと触れた。



アベルは一瞬ビクッとなったが「これは…!」瞬時に流理から膨大な魔力が流れ込んでいることに気づいた。




「…緊急事態です。いろいろわかりませんが借ります!」


「はいよ」



流理はその聡明な美少年に微笑みを返し、励ますようにうしろからそっと抱いた。



「…っ!」



アベルの体が強張り、一気に熱くなった気がした。




「おや、むしろ邪魔だったかね?触れる面積が大きいほうが力が伝わりやすいかと思ったんだけど…」


「…いえ、だいじょうぶです」




(心臓の音が背中から胸に伝わってくる…魔法ってのはずいぶん負荷がかかるものなんだね…)



流理はアベルのことをぎゅっと抱きしめた。


より力を渡そうとしてのことだった。


アベルの体はより強張り、熱くなり、心臓は跳ね上がるのだった。



〈あーあ…〉


(ご主人…)



天使とラオウは流理に呆れたが、アベルの甚大な努力と流理の親切によってアルドラド王国の兵士たちはかすり傷一つ負うことなく、ドラゴン族の一方的な虐殺から逃れることが出来たのである。





「お主らか…我の邪魔をする不届き者どもは…!」


流理たちの上空に、白髪金目の幼女が浮いていた。


二本の角を怒らせて、竜の王アカーシャは流理たちを見下していた。


その声を聞いて、目を閉じて集中していたアベルが目を開けた。




「…アカーシャちゃん?」




上空に浮いていた竜の王アカーシャに向かって、ちゃん付けで呼んだ。


竜の王アカーシャは眉間にシワを寄せ、睨みつけた。冷酷な目付きであった。




「…え?アベルきゅん?」




竜の王アカーシャはまるで見た目通りの美幼女のように頬を染め、モジモジしだしたのだった。

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