第4話 竜の王アカーシャ
アレキサンダーこと根岸浩介は焦っていた。
そもそも浩介は日本で暮らす平凡な男子高校生だった。
唯一情熱を傾けているものがあるとすれば、配信者としての活動だった。
この世界に来たのも、好きな女の子に学校の屋上で告白する配信をしていたら、自撮り棒に雷が当たって死んだのだった。
ちなみに大雨だったので、呼び出していた意中の女の子は帰っており無事だった。
その様子は途中まで配信され、合計再生回数1000万を超える動画になったのだが、本人は知る由もない。
浩介は青春の舞台である学校の屋上で一人孤独に死んだのだ。
だが、そんなかわいそうな浩介にもチャンスが巡ってきた。
異世界チート転生である。
浩介は狂喜した。
以前から好きなジャンルで知識は豊富だった。
まずは手始めに王国指南から始めた。
やはり国の中枢から変えて行くのが効率的だ。
名前もアレキサンダーに変えた。
このアルドラド王国から始めて、世界中を良くしてやろうと決めていた。
あのぽわぽわした天使も「お好きにどうぞ~。お祈りさえ欠かさなきゃどうでもいいですよ~」と言っていた。
つまり、自分がこの世界の運命を握っているのだ。
だが、現実にはうまくいかなかった。
浩介の指示はどれも抽象的かつ結果のみを指示するもので、現状を把握し、段階を踏んでどうすれば可能なのか?という具体性に欠けていた。
そもそも技術的な知識は皆無だったので、いくらドワーフにスマホを作れと言ったところで通じるわけもなかった。
万事が万事この調子で、次第に浩介は無力感に苛まれていった。
チートじゃなかったのか!?と天使に訴えてみても「え~?いったい何が不満なんですか~?衣食住に困ることはないし、膨大な魔力だってあるじゃないですか~?」とまったく理解できない様子だった。
浩介は「もういい!」と癇癪を起こし、ミュートにした。
そして考えた。
いくらチートな魔力量があったところで、現状では宝の持ち腐れである。
なぜなら、この国はモンスター共と不可侵条約なんて意味不明なものを結んでいるからだ。
チートな魔力は強大な敵モンスターがいてこそ映えるものだ。
これでは、俺のためにならない。
ここは俺のための世界なのに、こんなのはおかしい。
そうだ!
不可侵条約なんてものはやめてしまえばいいのだ。
そうすれば、いずれ皆が俺を頼るようになる。
人類を幸せにできる。
もうモンスターの脅威に怯えることはない。そんな世界を作ればいい。
そのためには、まずは平和な世界を壊さなければならない。
浩介は一人得心した。
俺のための世界を創るためには、まずはそれまでの世界を壊さなければならない。
スクラップ&ビルド。これしかない!
根岸浩介は、見知らぬ異世界で狂気に囚われつつあった。
しかし、そんな浩介に一人異議を唱えるものがいた。
アベル第二王子である。
浩介はこの第二王子が気に入らなかった。
第一王子は良い奴だ。しかし、第二王子は愛想笑いの一つもしない。
異世界から来た救世主様になんてやつだ!
「我々が王国という機能を必要とするのは、あくまでも民のためです。不必要な争いを失くし、幸福の土台を作り、平和を維持するためにあるのです。それを壊そうなどとするものは、とても救世主などとは呼べません。即刻、出て行って頂きたい」
アイドルよりも綺麗な顔に睨みつけられて、浩介は一瞬怯んだ。
そしてそれは許されないことだった。
浩介は先日火種を作っておいたゴブリンの里へとこの第二王子を転移させたのである。
さすがに場は混乱した。従っていたはずの王も我が子の安否を案じ、色をなして抗議した。
だが、混乱こそ勝機であると、浩介は直感した。
「王の命が惜しければ、我についてこい!我こそは救世主ぞ!」
王を縛り上げ、すぐさま軍を引き連れて、モンスター討伐へと討って出たのである。
浩介は焦っていた。
浩介は魔力を手の平に集中し、オリジナルの呪文を唱える。
「我が覇道邪魔する者に死の鉄槌を!トールズハンマー!!」
転生者特有の膨大な魔力によって喚び出された暗雲から、特大の雷が撃ち落される。
「ばぁぐ、んまんま」
しかし、その特大の雷は巨大な竜の背に乗る小さな女の子によって、まるで綿菓子のようにからめとられ、あまつさえ食べられていた。
あり得ない…!俺だけがチートじゃなかったのかよ…!
浩介の脳裏にあのぽわぽわした天使の顔が浮かぶ。
詐欺だ!訴えてやる!
「あ、アカーシャ様だ…!」
「伝説の幼女アカーシャ様だ…!ひぃっ!」
引き連れてきた軍の中から悲痛な叫びが漏れる。
なんだ伝説の幼女って…!浩介は歯噛みした。
「ぬしゃあ、転生者じゃの?」
浩介の耳元であどけない声がした。
「うわっ!?」
いつの間にかすぐ隣にアカーシャはいた。
白髪金目の美しい幼女で、頭には二本の立派な角が生えていた。
「いかんのぅ。転生者チートにかまけて鍛錬が足りんわい。ほれ」
軽くデコピンされた。
「ぐっはぁ!?」」
浩介は遥か彼方に吹っ飛ばされた。岩にぶち当たり、ようやく止まった。
な、なんだこの化け物は!?こんなの、死んじまう!
膨大な魔力のおかげでダメージは無いが、どんなジェットコースターよりも強烈なGを初体験し、浩介は震えあがった。
浩介は逃げた。
無理やり引き連れてきた軍勢を置いて、わが身可愛さに逃げ出したのである。
アカーシャは空高くに浮上していた。
「はぁ…どこの世界の人間も変わらぬの…」
ため息をつき、眼下の人間を見下した。
その中に、神輿の如く祭り上げられ、椅子にくくりつけられている老王を発見した。
「人間の王よ。哀れなものじゃの」
崇められているのではなく、人質として王は縛り上げられている。
威厳は損なわれていた。しかし、尊厳はいささかも失っていなかった。
「竜の王アカーシャよ。此度のこと真に恥じ入るばかりだ。古き盟約を違えたこと、我が命をもって償いたい」
しかし、竜の王アカーシャは金の瞳を刃のように輝かせた。
「不敬な。我らに牙をむけたこと、そなた一人の命で贖いきれると思うてか?その傲慢さこそ此度のような事態を引き起こすのだと知れ」
竜の王アカーシャは、片手を上げ、いまや空を埋め尽くさんばかりのドラゴン、大地を轟かす地竜に総攻撃の命を下した。
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