第6話 竜の王アカーシャと交渉す


「アカーシャちゃん?アカーシャちゃんだよね?こんなところで何してるの?」



アベルはまるで迷子の幼児にするように竜の王アカーシャに呼びかけた。



「え?アベル君、あのカワイ子ちゃんと知り合いなのかい?」



流理がつい聞く。かわいい子には実は目がないのだ。



「あ、はい。いつもは角はないんですけど…、近所の子だと思うんですけど…」


「近所の子?近所の子がなんでこんなところで浮いてるんだい?」


「さあ…?それはなんとも…。アカーシャちゃんはなんというかガキ大将という感じで子供たちを引き連れてよく原っぱとかで鬼ごっことかしてるんですけど…」


「へ~、アベルきゅんって言ってたけど、仲良いのかい?」


「ええ、たまにボクも入れてもらって鬼ごっこするんですよ~」


「楽しそうだね。しかし、なおさらなぜこんなところに…?」


「さあ…?」



流理とアベルは答えを求めるように竜の王アカーシャを見上げた。


竜の王アカーシャは耐えるようにうつむいて聞いていたが、自分に矛先が回ってきたと知り、ついに重い口を開いた。



「…な、なんのことかの?ひ、人違いじゃないかな~?だって、わし竜の王じゃし…」



竜の王アカーシャは目を思いっきりそらし、滝汗を流している。


怪しい。


場が膠着するなか、ラオウがダンディな声を響かせた。



「ふむ…、小耳に挟んだことがあるのだがな、ご主人」



「うわぁ!馬がしゃべった!?」



アベルが驚いた。乗っていた馬が急にしゃべったのだから当然の反応である。



「ふふん、なかなか見所のある少年とわかったからな。我輩の声を聞く資格を与えよう」


「えっ…?あ、ありがとうございます…?」



ラオウの威厳に満ちた声音についこの国の第二王子であるアベルはお礼を言った。



「で、どうしたんだい?」



流理がラオウに先を促す。



「うむ。何千、何万年を生きる竜の王アカーシャには、とある秘密の趣味がある。それは人界に入り込んでは子供たちと遊ぶことであるという噂を小耳に挟んだことがあるのだ」



ラオウは体のサイズにしては可愛らしい耳をパタパタさせた。



「あっ、ああ、その噂なら聞いたことがあります。噂というか、伝説ですが…竜の王アカーシャはいつのまにか子供の友達に紛れ込んでいて冒険の旅に連れていってしまうとか、ゴブリンの子供たちと月夜の晩に踊っているとか、エルフの子供に化けていて盗賊からエルフの里を守っただとか、『伝説の幼女アカーシャ様』として本にもなっています」


「へえ…ぜひ読んでみたいね」


「ヒヒン!本になっていたとは知らなかったな。ご主人、手に入れたらぜひ我輩にも読ませてくれ」


「いいよ。一緒に読もうかね」


「あっ、多分持ってると思うので今度貸します。子供の頃に読んだので…」



アベルはチラリとアカーシャを見た。


やや置いてきぼりになっていた竜の王アカーシャは急に視線を向けられてドキリとした。



「いや~、それにしてもアカーシャちゃんがあの竜の王アカーシャ様だったなんて思わなかったな。気づかなくってごめんね」


「…たのに…」


「え?」



竜の王アカーシャは泣きべそをかきながら言った。



「気づかなくって良かったのに!せっかく理想の美少年を見つけたのに!せっかく『ちょっとヤンチャな美幼女が憧れの王子様にだけは乙女チックな想いを抱いてしまい否応なく胸にチクッと甘い痺れを感じてしまう…』という究極のプレイが出来ていたのにっ!」



竜の王アカーシャは血の涙を流さんばかりだった。


どうやらとんでもない好事家のようだった。



「ゆ、許さん…!アベルきゅんとの甘酸っぱい恋路を邪魔したそこの馬もっ!そしてなによりさっきからずっとアベルきゅんにベタベタしているそこの女もっ!」


「えっ?わたしもかい?」


「そうじゃ!というか野外でそんなにベタベタして、そ、そんなことしていいと思っとるのかっ!?破廉恥じゃ!」



指摘されてアベルの方がカッーと赤くなった。



「え?だめなのかい?」



流理はそんなアベルの頭をいい子いい子と撫でた。



「あ、あ、ああっーーーーーー!?ば、ばかっ!これだから異世界人は嫌なんじゃ!風紀が乱れておるっ!」


「ええ~?そうかい?ちょっとした愛情表現じゃないか」


「あ、愛情表現っ!?」



竜の王アカーシャは絶句し、アベルは更に赤く大人しく流理の胸に収まり、ラオウは背中が熱いな~と思った。



「アカーシャちゃんのことも撫でたいなあ、おいで?」



流理は手を差し伸べた。余裕のある微笑み顔が蠱惑的だった。



「~~~っ!ばかっ!えっち!わ、わしらは初対面じゃぞっ!順序というものがあろうがっ!野蛮人めっ!」


「順序を踏めばいいんだね?じゃあ、何から始めようか?」


「え?え~と、そうじゃな、…まずは他の友達といっしょに遊ぶところから始めて~」


「ふんふん」


「友達がこういうんじゃ。『ねえ、アイツこの頃良くない?』それにわしがこう答える。『え~?そうかな~?』でもその時わしの心はすでにざわついておるのじゃ…!恋の嵐の予感にの。友達がニヤリと女の顔をして言う。『ふ~ん、じゃあ、わたしがもらっちゃおうかな?』。その表情と言葉を聞いてショックを受けるわし。友情と恋の狭間で揺れる乙女心っ!これじゃろっ!重要なのはこういうのじゃろがいっ!?」



竜の王アカーシャはシチュエーションを大事にするタイプの竜の王だった。


アベルは唖然としていた。


流理が考慮のうえで言った。



「ふむ…、ごめん、アカーシャちゃん。わたしじゃあなたを満足させることはできないかもしれない…」


「っ!?」



竜の王アカーシャの胸に痛みが走った。わたしのためにこれまで無理をさせてしまっていたのかしら…?



「なぜって、恋と友情の狭間で揺れるアカーシャちゃんを強引に奪い去ってしまうから…」


「~~~~っ!合格っ!!」



竜の王アカーシャはつい合格を出していた。



「ごめんよ。待ても出来なくて…キミが可愛すぎるから…」


「ちょっ、ちょっとっ!?ワンコ系も入れてくるなんて属性多すぎっ!」



竜の王アカーシャはそう言いつつも喜色をおさえることが出来ない。


だが、唖然としているアベルがようやく視界のすみに入り、ハッとした。



「な、なるほど。この転生者は一筋縄じゃいかないようじゃなっ!」


「ヒヒン!そうだろう。我輩のご主人はおもしろいだろう」



「ん?なんじゃ?さっきからその馬はずいぶんしゃべるの…」竜の王アカーシャはしげしげと改めて巨大な馬ラオウを見た。その金の瞳はすべてを見通す千里眼の力を持っていた。「…って!神獣麒麟じゃんっ!」



竜の王アカーシャは驚いた。



「ヒヒン!よせよせ。今は世を忍ぶ仮の姿。お前が人界で子供たちと戯れるように、我輩も綺麗な姐さんの尻に敷かれようというもの」


「いや、一緒にして欲しくないんじゃが…」


「とにかく!どうだ?竜の王アカーシャよ。我輩の顔にも免じてここは引いてはくれぬか?」


「…う~ん、竜の王としての責務があるからの~。人は懲らしめぬと増長して愚かな戦争を始めるからの~…」


「今回の件は一人の転生者の暴走が引き起こしたことであり、他の人間は盟約を破ってはおるまい」



「う~ん…」チラッと竜の王アカーシャはアベルを見た。「家族とかいたりする?」


「え?あっ、うん。あそこにいる王がボクの父親だけど…」


「なんとっ!アベルきゅんはリアル王子様じゃったのかっ…!」



竜の王アカーシャは、アベルがアルドラド王国の王子だと初めて知った。



「う~ん、…わかったのじゃ。さすがに子の前で親を殺すのは忍びないからの。今回は矛を収めてやるのじゃ」



その言葉を聞いて、アベルの表情が一気に明るくなった。



「よかったね」



その表情を上からのぞいて、流理は言った。



「はい!」



ふたりは見つめ合い、喜び合った。



「まてぇい!いい加減離れるのじゃ!もうくっついてる理由はないじゃろがっ!」



竜の王アカーシャはさっきラオウを千里眼で見た時に、二人がくっついているのはシールドを張って兵士達を守るためだとついでにわかった。



「離れないと、やっぱり攻撃しちゃうぞっ!」



大人げなくそう脅されては、ふたりは離れるしかなかった。



「よしよし、それでいいのじゃ。さて…」



竜の王アカーシャはこの場を離れようと背を向けたが、思い出したように振り返った。



「おぬしの名を聞いてなかったの、転生者よ」


「赤坂流理。よろしくね、アカーシャちゃん」


「ふむ…ルリ、か。なかなか良き名じゃな」



竜の王アカーシャは高貴な笑みを高みから残して、去って行った。


やがて、戦場からは一斉にドラゴン族が引いていったのだった。


残された兵士たちは助かったことに歓声をあげて喜び、むせび泣くものもいた。



「よかった…。本当によかった…」



アベルも涙ぐみながら喜んでいた。


流理はその姿を見て微笑んだ。


そして戦場とは遠く離れた方向を見てつぶやいた。



「後始末をしないとね…」

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