チャレンジ

西順

チャレンジ

 どうしよう。


 リクくんは焦っていた。今週の日曜日に友だち三人で、自転車でちょっと遠くのショッピングモールにあるおもちゃ屋さんに行こうと言う話になったからだ。


 小学二年生にとってそれはかなりの大冒険だが、問題はそこではない。リクくんは自転車に乗れないのだ。


 二年生になって友だちになったショウトくんとカヲルくんは、当然乗れるそうだ。それはそうだろう。リクくんの記憶では、幼稚園に通っていた頃に、別の友だちが自転車に乗っていたのを覚えている。リクくんが自転車を買ったのもその頃だ。


 だけどリクくんは自転車に乗れずに今日まで来てしまった。何度か自転車に乗ろうと挑戦した事はある。ヘルメットとプロテクターを付けて、広い公園で練習したが、結局乗れるようにならなかった。すぐにバランスを崩して倒れてしまうのだ。


 それなのに、今度の日曜日にショッピングモールまで出掛ける事になったのは、リクくんがショウトくんとカヲルくんに、自分も自転車に乗れると嘘をついたからだ。


 新しく出来た友だちだったから、二人ともそれを信じて、「それなら今度ショッピングモールへ行こう」と言う話になってしまったのだ。


 リクくんはとぼとぼと家に帰り、駐車場でホコリをかぶっている自分の自転車を見て、これに乗れるのかな。また転んで痛い思いをするのは嫌だな。と想像するだけで辛い気持ちになるのだった。


「どうしたんだ?」


 駐車場で自転車をずっと見ていたら、いきなり声をかけられて、リクくんは驚きながら、声の方を向いた。するとそこには大学生のいとこのハルキお兄さんが立っていた。ハルキお兄さんのアパートはリクくんの家の近くだから、よくリクくんの家に遊びにくるのだ。


 リクくんはハルキお兄さんに、今日あった事を説明した。


「そっか。じゃあお兄さんと乗れるように特訓しよう」


 とこれを聞いたハルキお兄さんは言い出しました。


「ぼく、乗れるようになるかな?」


「カンタンカンタン。自転車って言うのはね、動いている方が自然で、止まっている方が不自然なんだよ」


 ハルキお兄さんはそう言います。ジャイロ効果がどうとか難しい話で、リクくんには分かりませんでしたが、日曜日までには乗れるようにしてみせる。とハルキお兄さんが力強く言うので、リクくんもやる気になりました。


 一旦家に戻って、ヘルメットとプロテクターを付けてリクくんが駐車場に戻ってくると、ハルキお兄さんがリクくんの自転車に何やら仕掛けをしています。なんだろう? と覗き込むと、なんとペダルを外しているではありませんか。


「どうしてそんな事をするの?」


 とリクくんが尋ねると、


「最初はこれで良いんだよ」


 とハルキお兄さんは答えました。


「それじゃあ、ちょっと先のなだらかな坂道に行こうか」


 ハルキお兄さんがそう言うので、リクくんは自転車を押すハルキお兄さんの後を付いて行きました。


「さあ、自転車でここを下るよ」


 着いた場所は確かに少しずつ下っている坂道です。


「自転車って、最初に勢いをつけないとバランスがとれなくてすぐに倒れてしまうんだ。でも坂道を下るなら、勢いもつけやすい」


 リクくんには良く分からない話でしたが、ハルキお兄さんに促されて、自転車に乗って歩いてみてその意味が分かりました。


 下り坂だから、ちょっと歩くだけでも自転車に勢いがついて、スーッと前に進んで行くのです。それにペダルを外しているので、歩くのに邪魔にならないのも、リクくんには嬉しい事でした。


 そうやってその日はひたすら、下り坂をペダルのない自転車で歩いて下る練習をしました。


 次の日の放課後もハルキお兄さんと練習です。


「今日は下りながら両足を地面から離してみよう」


 ハルキお兄さんの言葉に、リクくんは怖くて震えました。


「怖いかい? でもこれが出来るようにならないと、自転車には乗れるようにならないよ」


 ハルキお兄さんが言う通りで、自転車は地面に足を付けて乗る物ではありません。リクくんは覚悟を決めて挑戦する事にしました。


「あれ?」


 しかし意外とすんなり出来るようになって、リクくんは驚きました。最初こそ怖くて途中で足をついていましたが、そのうちに自転車の速さにも慣れてきて、足をつかなくても下り坂を最初から最後まで下りられるようになったからです。


「今日はここまでにして、明日はペダルを漕いでみよう。それが出来るようになれば、もう自転車でどこにだって行けるようになるさ」


 ハルキお兄さんの言葉に、リクくんは力強く頷きます。リクくんは今から明日が楽しみになっていました。


 次の日。ハルキお兄さんも自分の自転車を用意していました。そしてリクくんの自転車にはペダルが取り付けられていました。今日、これを漕いで自転車を動かす事を思って、リクくんの心臓はドキドキしていました。場所は昨日、一昨日と行った下り坂です。


「じゃあ、やってみよう」


 ハルキお兄さんの言葉に頷いて、リクくんは漕ぎだしました。最初はグラグラッと揺れてリクくんの心臓もドキドキしましたが、すぐに下り坂が自転車の速さを上げてくれて、自転車は安定して下り坂を下って行きます。リクくんがやる事と言ったら、これに合わせてペダルを漕ぐだけです。そうすればスイスイグングンと自転車が前に前に進んで行って、あっという間に下り坂を下りきってしまいました。


「どうだい、自転車を運転した気分は?」


 後から自転車で追いついてきたハルキお兄さんに言われても、リクくんにはまだよく分かりませんでした。下り坂だから乗れたのだと思ったからです。


「じゃあ、公園まで行ってみよう」


 そう言うと、ハルキお兄さんは自転車で先に行ってしまいます。リクくんが追いつくためには、自転車を運転しなければなりません。リクくんはペダルに足をかけて、漕ぎ出しました。


 グッと力を入れて漕ぎだせば、平らな道路でもリクくんの自転車はスイスイ進んでいきます。そうして先を進んでいたハルキお兄さんに追いついたリクくんは、一緒になって自転車で公園まで行ったのでした。


 そうして日曜日。リクくん、ショウトくん、カヲルくんは、ショッピングモールへと自転車で冒険に出掛けるのでした。でも、そこにはハルキお兄さんも一緒でした。


「子ども三人だけで遠出はさせられないからね」


 心配するハルキお兄さんに見守られながらの冒険でしたが、ショッピングモールでアイスを買ってもらったので、三人に文句はありません。

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チャレンジ 西順 @nisijun624

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