第一回ミーティング
「なんか進展あった?」
佐奈からのLINEの返信に迷った。「今日玲唯と会う予定」、とそこまで打って、消す。「詳しくは話せないけど、進展はなかった」まあ、このくらいが良いかもしれない。自殺なんて重い言葉を佐奈が受け止めきれるかどうかわからなかったし、玲唯に断りなしに話すこともはばかられた。
玲唯の家には佐奈と行ったことがあるが、自転車で俺の家から20分くらい。蝉のせわしなく鳴く中、暑さに溶けてしまいそうになりながら自転車をこいだ。上り坂がきつい。ときどき止まって、自販機で買ったスポ-ツ飲料を飲む。
汗をかいたときにスポ-ツ飲料を飲むと、体がよろこぶけど、喉の奥はちょっと酸っぱい感じになって好きじゃない。
たぶん20分以上かけて、玲唯の家へたどり着いた。車通りの少ない静かなところ。道幅が狭く、両側に住宅があるので日陰が多くて助かる。白塗りの壁と青い軽自動車の家の前に自転車をとめる。
チャイムを鳴らす。
「はい。……敦也?」
昨日の通話のときと同じ、疲れた声が返ってきた。
「うん。敦也だよ」
「ちょっと待って、鍵開ける」
鍵の開く音がして、中から出てきたのは黒いズボンに白いパーカーを羽織った玲唯だった。この暑いのに、首元まであるパーカーのチャックをしめている。目の感じや姿勢から、やはり不健康な様子が伝わった。
「ひさしぶり」
玲唯は笑う。だけど、笑えてない。目が暗いままだ。
「久しぶり。中、入っていい?」
玲唯は無言でうなずいて、家の二階へ案内する。俺も玄関で靴を脱いで続く。エアコンが効いて寒いくらいだった。廊下も階段も薄暗い。鍵のあるドアを開けると、そこが玲唯の部屋。
入って左手に勉強机。プリント類が重なってほこりをかぶり、机上のスペースをすべて埋めている。右手にはベッドがあって、夏には暑すぎる毛布がぐちゃぐちゃになって隅へ追いやられている。正面のカーテンは閉め切って、でもさえぎり切れなかった光が優しく漏れている。エアコンの風が定期的に肌に吹き付ける。寒い。
あまりにも予想どおりの状況だ。
「そこ、座っていいよ」
勉強机にしまわれていた椅子を指される。玲唯はベッドに腰掛けたので、俺は彼と向き合うように椅子を反転させた。
「ちょっと、寒いんだけど」
わかった、と言って、玲唯がぐちゃぐちゃになっていた毛布を寄こす。それをきれいに広げて、羽織るようにした。あまり飾り気のない玲唯の匂いと、汗の匂いが入り混じっていた。
「昨日の話、覚えてる?」
うつむいたままの玲唯は、さらりと流した前髪をいじる。
「うん。自殺の方法を調べる、だっけ」
「そう。あ、それ、佐奈には言わないで。心配すると思うから」
佐奈のLINEに詳しいことを書かなくて正解だった。どことなく安心しながら「わかった」と返す。
「それと、調べてもらうのに、条件があるんだ」
そういってから玲唯は、周囲をきょろきょろして、立ち上がった。
「なんか、メモ用紙ないかな」
机の上をあさりながら言う。
「スマホでいいんじゃないか」
「あんま残したくなくて。調べられるかもしれないし。死んだあととか」
急に現実的なことを言いだしたのではっとする。
玲唯が自殺したあと、その動機が調べられるだろう。いじめがあったのかとか、どのくらい前から自殺を考えていたのかとか、そんなことを死んだ後に詮索されたくない、ということだろう。
「あった。ここに書くね」
彼は青の正方形のふせんを見つけた。ボールペンをとりだして、机のはじっこでなにやら書き始める。気になってのぞきこむと、条件がシンプルに三つだけ、書かれていた。
①人に迷惑をかけない死に方であること。
②痛みの少ない死に方であること。
③美しい死に方であること。
不器用だけど、丁寧な文字だった。
書き終わって、玲唯が顔をあげる。
「これ、渡しとくから。僕が死んだら、焼き捨てて」
焼き捨てる、という躊躇ない表現に気おされて、うなずいた。
「この三つの条件に合う死に方を、一緒に考えてほしい」
「この三つだけ、でいいのか」
簡単に見つかりそうな気がした。「美しい死に方」のところだけはよくわからなかったが。
「結構大変だよ?あと、実現可能じゃないといけないし」
ベッドに戻った玲唯は、そのまま壁にもたれてリラックスしている。静かに心地よい時間が流れる。毛布の感触が肌に柔らかい。
「自分がどうやって死のうか、とか」
玲唯が、宙に向かってつぶやく。俺はだまって、彼の言葉の吐きかけられたあたりを見つめる。
「一人だと、あんまり考えられなかった。冷静になれなくて」
「うん」
「だから誰か一緒に考えてほしいと思った。ごめん。こんな事つき合わせて」
玲唯の姿が、薄暗い部屋の空気に灰色になって消えてしまいそうな気がした。
「そんなことより自分の心配しろって」
笑って、なるべく明るく返す。
今の会話で少しだけ、玲唯の心の中が見えた気がした。感情が暴走して、理性と乖離する感覚。暗いところまで落ちて、こんなところにいるべきじゃないのにと焦る。
玲唯がこちらを向いた。
「ありがとう、そうする」
熱が出て看病してもらうときのような弱々しい、安心しきったような顔。ぼんやりとしたそんな表情ですら、きれいだった。
彼は、なにかあると毎回ありがとうを言う。とても丁寧に。出会った頃はそうでなかったのに、親友になってからはずっとだった。彼なりの痛いくらいの感謝が毎回伝わってくる。それが少し、嬉しくもあり、重いとも感じる。
各自でスマホ片手に調べることにした。
30分かけて、思いつく限りの自殺方法を書き出した物騒なメモが出来上がった。ネットで調べたものも含め、十数個。この段階では玲唯の提示した三つの条件は考えなかった。
首吊り、飛び降り、列車への飛び込み、薬物、ガス、自傷、入水など。薬物は、市販薬では死ぬのは難しいらしく、あきらめた。ガスは車を持っていないので手軽にはできない。自傷や入水も未遂で終わることが大半らしく、削除した。他にも、実現が難しいものは削除。
「あんま残らないね」
玲唯はまだ他に方法はないかと検索をかけているが、「焼身自殺」みたいな奇抜なものしか出てこない。
「ちゃんと本とか買って調べた方がいい気がする」
こういうのは、ネットの不確かな情報に頼らない方がいい。
「自殺の本なんて出版されるわけないだろ」
玲唯にすかさず言われてしまうが、「自殺 方法 本」と検索すると、ちゃんとヒットした。玲唯に見せる。
「あったよ、これ」
「ええ?嘘でしょ」
「でもいろいろ問題になったらしいな。18歳以下が書店で買えるのかは微妙だ」
本の内容は、自殺の方法。いくつかの観点項目でどの方法がいいのか比較したり、選んだ方法でより楽に死ねるやり方を科学的に説明したりしている本、らしい。
「そんな本書く人、いるんだ」
玲唯は感心したような、考え込むような表情をした。
「結局『死なないでください』みたいなメッセージで終わったりしないかな」
「自殺」と検索したら、お悩み相談ダイヤルが真っ先に表示される時代だから、そういうことも疑ってしまう。自殺をしたい心情に寄り添ってくれるように見せかけて、最終的に「生きろ」なんていうコンテンツはたくさんある。玲唯の心配の意味は、自殺を考えたこともない俺でもわかった。
本への反響を調べてみる。
「レビュー見てたら、それはなさそう。自殺を否定してる感じはなかった」
「へえ」
玲唯は、少し興味を持ったみたいだった。
また、それぞれが黙々とスマホをいじる。俺はYoutubeで検索をかけた。その辺のまとめサイトより、動画の方に有用な情報があるかもしれない。
「首吊りは痛みがないらしいよ。すぐに気絶するからって」
玲唯はどこか人ごとのように言った。
「あとは、飛び降りと列車への飛び込みも楽に死ねるらしい」
玲唯が続ける。俺も「楽に死ねる方法」というタイトルの動画があったので、タップしてみた。音声は全くなく、暗い画面に文字が表示されるだけの無味乾燥な動画。1.5倍速で見た。どうやら自殺未遂をした人が自分の体験を語っているようだ。
この動画のタイトルは「楽に死ねる方法」なんですけど、結論から言うとそんなものないです。
もちろん例外はあります。線路への飛び込みとか、死亡率が高くて未遂者、生還者がいないものは、死ぬ前の苦しさなんてわかるわけがないですから。
でも自殺未遂をした僕から言わせてもらうと、首吊りはめちゃくちゃ苦しいです。
よく科学的に首吊りは苦しくない、とか言いますけど、嘘です。より正確に言うと、「楽に死ねる可能性がある」ぐらいに考えといたほうがいいです。その人の体重とか首の太さによっても、苦しさって変わってきますから。
そのあとも動画投稿者の自分語りや近況報告みたいなものが続く。そこで動画を止めた。
玲唯に声をかけて、今の動画の概要を説明した。「楽な死に方なんてない」、そんな事実を受け止めるのはつらいだろうけど、彼は淡々とした表情で聞いていた。
「わかった。でも電車に飛び込むのは、楽に死ねるんでしょ?」
「いや、どうなんだろ。やって失敗した人がいないからデータがないらしい」
玲唯はしばらく考え込む。エアコンの冷気が部屋の底に溜まって、足首を冷やす。
「でも、確実に死ねるならそれもいいかな」
その後も話し合い、とりあえず電車への飛び込みが第一候補となった。
玲唯の母親が仕事でいない日で、俺の部活がない日ということで、今度は来週の水曜日に集まることにした。
俺と玲唯の最寄りであるT駅に集合。電車を乗り継いで、玲唯が自殺する駅を、決める。
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