決意 (2)


 二月中旬。


 久我山は何時ものように高校に通い続ける日々を送っていた……という訳ではなかった。


 普通の高校生であれば次に訪れる長期休暇を楽しみにしながら、教室の中で退屈な時間を過ごしているのだろう。早く連休が訪れて欲しい、と焦がれているかも知れない。だが久我山は今、そのような状況に置かれてはいない。


 そのような、ある種の縛りからは解放されていた。




 一面に広がるのは、白い世界。


 空気が研ぎ澄まされた世界が広がっている。


 そしてその中で、ざく、ざく、と。雪の上を歩く音が響いている。久我山がそんな歩行音を聞くのも久々だった。雪道を歩く事はそこまで多くはなく、何処となく耳障りな音だった。


 久我山と喜多見は、一列になって雪が積もった道を歩いていた。


 周りには雑木林が生い茂り気温はとても低い。マイナスは確実に達している。厚めの防寒着を着ていなければとても耐えられない寒さ。時刻は午後五時を回り、辺りはかなり暗くなり始めていた。  


 この寒さは経験した事がなかった。


 肺が凍りそう、なんて表現ではこの寒さを表現し足りない。外気に触れている肌が痛い。寒いでも冷たいでもなく、ただただ痛かった。鋭い痛みを絶え間なく与えられていた。


「大丈夫ですか? 久我山さん」


 先に歩いていた喜多見が振り返りつつ訊く。


 淡いピンク色の防寒着を着ており、頬を少し赤くさせていた。


「……まぁ、平気ですよ。でも少し疲れましたね……」


 久我山は息を切らしながら言う。


 少し、とは言ったが実際のところ、かなり体力を使っていた。


 このような雪道を長時間歩くのは体力が要るのは知っていたが、想像していたよりも遥かに大変だった。平坦な地面を歩く事がいかに楽なのか、身を以て実感していた。


「もう少しですから頑張って下さい。そろそろ見えて来るはずですから」


「え、ええ。分かってますよ」


 返事をして、また足を動かし始めた。


 はあはあ、と久我山は荒い呼吸を行い白い湯気を吐き、ひたすらに行軍をする事を数十分。ようやく目的の建物が見えて来た。


 幅数十メートル、高さ十数メートルにも及ぶ茶色の木材で組まれた建物。その建物の周りには久我山達と同じように防寒着を着た無数の人達の姿があった。


 目的地が見えて安堵し、やる気も生まれていた。久我山は最後の力を振り絞り、ヘロヘロになりながらもなんとか、その建物の前に辿り着く事が出来た。


「はぁ……」


 深く息を吐いて地面に座り込んでいると、喜多見がそっと寄り添って来る。


 久我山とは正反対に喜多見は息一つ切れていない。外気温に関しては人間のように感じられるが、疲労は感じない仕組みである。それは彼としては正直、羨ましかった。


「ようやく到着しましたねぇ」


 喜多見はその建物に視線を向ける。何処か満足そうだった。


「それにしても……中々、結構凄いところにありますねぇ、ここ。なんて言うか、この現代に置いて存在しているのが不思議な場所にあるって言うか……。もう少し交通の便を考えても良いような気がする、と言うか」


 ああ全くだね、と久我山は言い、近くにある看板を見る。


 薄茶色の木材に黒色の文字が彫り込まれている、縦横数メートルにも及ぶその巨大な看板には、


『水澤旅館』


 と、大きく記されていた。


 文字通りそこは旅館であり、久我山と喜多見はここに泊まる為に訪れていた。


 二人だけで。


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