夢の記録
夢の記録 (中)
夢の中に居る。
そうだ。僕は今、夢の中に居るのだ。
この夢の始まり――いや、続きは玄関から始まる。ボクが住んでいる家。家の中に入ったボクと僕。この夢は玄関の時点からだ。酷い頭痛も強烈な嫌な予感もせずに、物語は進んで行くのだろう。
何時もこんな感じだ。この夢は途中で中断されると――起床すると何時も、次に見る時は必ず続きから始まるのだ。
望んでもいないのに。
まるで夢その物が意思を持ち、僕に見せ付けて来るようだ。
玄関で靴を脱ぎ終わったボクは、ゆっくりと居間の方に向かい扉を開けて入る。
後ろから見ている僕もその居間の中に入る。明るく照らされた居間の中は見覚えがある。何時ものテーブルとか椅子とかテレビとか、そう言う物がある空間の中に、母が居る。母はテレビから視線を外して、居間に入って来たボクを見た。
後ろに居る僕の姿は見えていないようだった。母の視線はボクだけに向けられており、その後ろには一切向いていない。
「あら、結構遅かったのね。何処に行って来たの?」
親し気に話す様子。その口調は何でもない物ではあるが、今のこの僕にはとても懐かしく感じられていた。
……でも一体、何でだろう?
どうしてそう感じるのだろう?
夢の中に居る僕は、何かを忘れているような気がする。いや、思い出せないと言った方が良いのかも知れない。
何かこう――過程、が。あったような。
「……ちょっと、百円ショップに行って来ただけだよ。文房具とかが必要になったからさ、近場のところで買って来ただけ」
ボクはとても静かな声で言う。
何だろう。具体的に何処がとは言えないけど、様子がおかしいような気がする。
「ふうん、そうなの。もうご飯出来ているからその荷物を置いて手を洗ったら、食べなさいよ。冷めちゃうからね」
「うん、分かったよ」
ボクは何でもなさそうに言うが、後ろに居る僕の方はやはり、何とも言えないおかしさを感じていた。同一人物だから分かると言えば良いだろうか。
どうも……ボクは、口調と言うかイントネーションと言うか、その辺りの起伏がなさ過ぎるように思える。平坦で、感情が全く読み取れない声。僕はこんな声じゃなかった、と思う。
居間に居たボクは部屋から出て階段を登り、恐らく自分の部屋へと向かおうとしている。遅れずに僕も付いて行こうと思ったのだが、ボクが階段の一段目に足を掛けた時、
ごめん、と。
ボクが小さく言葉を発していた。
ボクの部屋は、僕の部屋と似ていた。
本棚に並べられた小説や漫画。壁に貼り付けられたポスター。パソコン周りの環境。どれもこれも見覚えがある。同じ僕自身だから当たり前かも知れないけど……しかし、似ている部屋、で留まっている。僕が使っている同じ部屋とは思えなかった。
何か違うような気がしたからだ。
空気が違う、だろうか。明らかに僕が知っている物とここでは空気が違う。
淀んでいるのだ。目には見えない〝何か〟が確実に存在している。意識を鈍重にさせ、精神を摩耗させるような何かが確かに存在している。僕が知っている自室は、こんな重苦しい物で満ちてはいなかったはず。
ボクは椅子の上に持って来た袋を投げると、部屋から出て行ってしまった。
恐らく手を洗って食事を取るのだろうけど……その間僕は、この部屋の中にある物を適当に確認する事にした。
まずは――とりあえず、ボクが百円ショップで何を買ったのか、それを確かめる事にする。袋の中身は今に至るまで一度も見えていない。文房具とボクは言っていたけど、多分違うような気がする。もっと別の何かではないか。
椅子の前に行き、置かれたレジ袋の中を観察する。
物に触る事は出来ないのは分かっているので、ぐるりと全体を見渡して、入っている物が何なのかを確かめようとした。
そうして僕は、中身を確認する事が出来た。
半透明のビニール袋の中に入っていたのは、幅が二センチほどある白いロープ。
……ああ、そうだ。思い出した。やっと思い出した。
僕は何を忘れていたのか、を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます