出逢 (2)


「ね、ねえ、ちょっと良いかしら……」


 と、オドオドとした声色で言ったのは母であり、それを聞いていたのは久我山だった。


 朝食を食べ終わった後、歯磨き等をして自室の中で椅子に座り、ただ陰鬱に、何もせずに、いや何も出来ずにぼんやりとしていた久我山に対して、突然部屋の扉を開けた母がそう切り出して来ていた。


 この行動には驚いていた。


 暫くの間、まともに自分からは話し掛けようとしなかった母が、何の兆候もなく突然話し掛けて来る事は全く予想していなかった。


「な、何? いきなりどうしたの」


 ビクビクしながら久我山は訊き返す。


「ちょっとね、手伝って欲しい事があるの。お母さんはあんまり最近の機械に付いて詳しくないから、出来れば手伝って欲しいと思って。……その、新品のロボットが家に届いたから、それの調整を頼もうと思って」


「ロボット……って」


 久我山は数秒考えて、


「もしかして<Cellセル>の事?」


 そうそう、と母は頷いていた。


「それを買ってね、ついさっき家に届いたの。だけどそれを使用する為には結構面倒な調整が要るらしいのよ。だから手伝って欲しい、と思ってね」


「まあ、それは別に良いけど……」


 そう言いながら、久我山は考え込んでいた。


 <Cell>――それは人々の生活を支援する人型ロボットの総称になる。その見た目は人間と何ら変わりなく、またその能力に関しても人に勝る事はあれど劣る事はない性能を備えている存在。人間の生活に関わり、支えとなる為に産み出されている機械であり、大規模災害時には人々の支援を行う役目が与えられている。


 彼ら彼女らの中で一際目立つ能力。それはコミュニケーション能力の高さになる。人と会話を行っても不自然さは皆無。大規模言語モデルLarge Language Modelsによって産み出されるのは表面的な会話能力だけではなく、人の心を正確に理解し、

<Cell>自身も心を伴っているように交流を行う事が可能となっている。


 カタコトの機械音声を放ち感情の欠片も見せないロボット――そのような存在は最早完全に過去の物。大昔の創作の物語でしか見付けられない物になっていた。


 久我山は<Cell>に付いてある程度理解しているので、母がそれを買った、と聞いた時に純粋な疑問が一つ湧いていた。


「あのさ……どうして<Cell>なんか買ったの? 結構な値段したんじゃないの?」


 高性能が故に<Cell>は安価ではない。発売年月や機種にもよるが、市場に流通している物はおおよそ数十万円以上の物ばかりになる。久我山は自分の家はそこまで金銭面での余裕があるとは考えていなかったので、何故そんな大金を費やしてまで購入したのか、それが分からなかった。


「それは……」


 母は少しの間、久我山から目線を外して、


「えっとね、最近家でやる事が増えたから、家政婦みたいな事が出来ないかなー、って思ったのよ。このロボットは力とかも結構強いらしいし、それなら色々と手伝って貰えたら楽になるじゃない。だから、ね」


「……ふうん、分かったよ」


 嘘である事は直ぐに分かった。雰囲気や仕草から分かる。


 明らかに本当の事は言っていない。しかし分かるのはその点だけだ。本当は何の目的で高価な機械である<Cell>を買ったのか。それに関しては全く分からない。


 訊き返そうかと一瞬思ったが――止めていた。本当の事は言わない雰囲気が感じられるし、それにその理由などよく考えてみれば、どうでも良い。


 自分に関係があるとも思えない。

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