第2話 追憶の歯車

 わたくしはお父様の執務室前まで来ると、一度深呼吸してからドアーをノックしようとした。

すると、クラウディオが口を開いた。

「ねぇ、コンスタンツェのお父上サマってどういう人?」

どういう人、と尋ねられても困る。

「どういう人、と言われても困るわ。人の性格なんてほんの一面にしか過ぎないもの。でも、私には甘かったわね。」

そう、人の性格なんてほんの一面にしか過ぎない。優しい人だと思うと実は腹黒かったり、逆に恐い人だと思えば案外優しかったりするのだ。

そう言えば、庶民暮らしの時、自分も飢えているのに食糧を分けてくれていた親友がいた。彼女が最初、歯に絹着せぬ物言いで私の傲慢な所を指摘してくれた時は、『平民風情が‼︎公爵令嬢に対して無礼よ‼︎‼︎』と思って苦手意識を持っていた。

でもそれは彼女の優しさなのだと、彼女を失ってから気づいた。

まもなく私も死に、次の生を受けた。

貧しい彼女は今も飢えているのだろう。

「ドロシア・・・」

私はふと彼女の名前を口にしていた。無意識のうちに。すると、彼がその名に反応した。「ドロシアって・・・あの、ハンデルブルーメにもドロシアって名前の友達居た。」

「え、は、ハンデルブルーメ・・・⁉︎」

私はもしかして、と思った。彼の言うドロシアと私の言うドロシアは同一人物かも知れない。

「ドロシアっ・・・良かった・・・ごめんなさい」私は彼女を思い出して苦しくなった。そして、もう自分の贅沢の為に有り金を使い切るのは絶対にしないと決めた。 

勿論、いきなり変わる事はできない。

それに、少々気持ち悪い。

だから私は子供のうちに少しずつ変わっていくことにした。

「あの・・・入らないんですか?」

私はクラウディオの言葉で我に帰った。

「ええ、入るわ。」

私は深呼吸してからドアをノックした。お父様には本当に申し訳なく思っている。 

当主はお父様だが、私が大人になってから実際に権力を持っていたのは私だ。

私が好き勝手に振る舞っていた所為で給料を不当に減らされた領民が反乱を起こし、お父様は責任を取って自害したのだ。

やがて、お父様から入室の許可が降りた。「コニィ、久しぶり‼︎待たせて悪かったよ。」「お、お父様。お久しぶりですわ。」

私はお父様の切り替えの早さに圧巻されつつ、そう答えた。

「お父様は最近コニィが冷たいからずっと悲しかったよ・・・」

「そ、そう・・・それは申し訳ないですわ」 

ああ、お父様って美形なのに性格が変人で親バカ・・・勿体無いわ。所謂残念美形だ。

「いいよ!コホン、所で・・・その隣にいる男は誰かな?分かった・・・最近コニィが冷たかったのはその男にコニィの愛を横取りされたのか!それはいけないね。」

「お父様、何を仰っているの?ほら、前にお父様が跡取りの為に養子を購入したって言ってたじゃない。彼はその養子ですわよ。」

私がそう答えると、お父様は彼を品定めする様にじっと見つめてから言った。

「ああ、そうか。私はアドリアーノ・ロヴィン・フォン=シュヴァルツベルクだ。君はクラウディオ君かな。私の事は——コニィ、なんて呼ばせたらいいと思う?」 

「お父様、が良いと思いますわ。」

お父様は少し考えると、

「いや、コニィと同じ呼び方をさせるのは美しくないね。他はある?」

正直私に聞かないで欲しい。 

「やはり・・・父上とか?ではありませんの?」「おお、良いね。」

「では私達はこれにて」

私はお父様に礼をするとクラウディオを連れて部屋を出た。

「なんていうか・・・ヘンな人ですね。」

私は苦笑しながら言った。

「そうよね・・・なんか、ごめんなさい。そうだ!その服だと少し、アレよね。こっそり屋敷を抜けて買い物行かない?」

「え⁉︎どうやって?」

彼は目を輝やかせて言った。

「ちょっと私の部屋に来て」

私は彼を自分の部屋に連れ出すと、前に抜け出した時に買った平民の服に着替えた。

「じゃあ、行きましょう」

私がバルコニーに出ると、彼はまさか、という様な顔で訊ねてきた。

「もしかして、バルコニーから飛び降りるの?」

「そうよ。それ以外方法は無いもの。」

彼は目を見開いて言った。

「あ、え・・・え!?じゃあ僕はやめる。」

「全く意気地なしね。仕方ないわ。特別に転移魔法で行きましょう?」

「え⁉︎転移魔法使えるの⁉︎」

彼は再び目を輝かせた。 

「私が転移魔法を使えるのは秘密ですのよ?二人だけの秘密。だから他の人に教えてはいけないわ。よろしくて?」

「二人だけの・・・」

彼は何故か俯いて呟いた。

「もしかして・・・嫌、だった?」

私は地味に傷ついた。

「嬉しい‼︎あ、いや・・・ちがっ・・・なんでも無いから!」

彼は慌てて前言を撤回した。

そして、相手側に否定する権利はある筈なのに、私は彼が肯定してくれると淡い期待抱いていた所為で酷く落胆した。

「そう・・・ああ、そうだったわ。準備は良い?行きましょう。」

私は無理矢理前向きになると、転移魔法で下町へ彼を連れて出掛けた。私が転移魔法を使える事を他人に隠しているのは、魔法使い自体が少ないこの世界で、転移魔法を使える者は殆ど居ない。よって悪人に利用される可能性があるのだ。

「着いたわ。」

「あのさ・・・お金って持って来てるの?」

「ええ、勿論よ。お父様からとんでもない額を頂いてしまったばかりなの。」

私はお父様からお金を頂いた時を思い出した。

そう、私の所持金は10歳の子供が持っていてはおかしい額なのだ。

下町で働いている大人の平均的な全財産より遥かに多い。私は下町の最高級の仕立て屋へ行き、クラウディオ用の服を数十着作ってもらう予約をし、普段来ない下町を彼と見て回っていた。 

すると、不意に彼が顔を赤らめながら古びた包みを取り出し、私に差し出して来た。

「あの・・・これ・・・前に靴を磨いてた時お金の代わりにこれを貰ったんだけど、その・・・服のお礼に・・・っ、そ、そうじゃなくて、僕が持ってても意味無いからゴミ処理的な意味だからっ!」

「そ、そう・・・有難う。あ⁉︎」

私は驚いて変な声を出してしまった。何故なら彼がくれたそれは、’’あの,,歯車のペンダントだった。

私はこのペンダントのお陰で色々な人生を体験出来ている。このペンダントによって己を恥じ、変わろうと思えているのだ。

間違いない。歯車の欠けた場所も、錆びた場所も、全て一致している。ふと、クラウディオを見ると彼は突然奇声を発した私を見て戸惑っている様だった。

「突然、変な声をあげてごめん。余りにも綺麗だったから、つい・・・本当に有難う。大切にするわね。」

私は無理矢理、理由にならない理由をつけて誤魔化した。

「そんなに喜んだんだったら良かったんじゃない」

彼は冷たくそう言い捨てた。私はやはり、彼に嫌われているのだろうか。最初の人生で勘違いをし過ぎた反動で、私はどうしても悲観的に考えてしまう。それは私の悪い癖だ。

気を取り直したいが、気を取り直せない。いっそ、彼と関わらない方がお互いにとって幸せなのでは、と思った時だった。私の小さな身体がいきなり宙に舞い、

「かなりのの美少女だ。こいつに匹敵する女子おなごは見つからないだろうよ。絶対高く売れるさ」

という何者かの会話が聞こえて来た。そこで私は気を失った。

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