第26話 魔王城その2
ミルルリカの魔力に応えて大地が隆起し、瓦礫が浮かび上がり、城の形がつくられていく。不思議な光景だった。建物が崩壊していくのとまるっきり逆の動きをして、城が出来上がっていく。ものすごい速さで。
そして――アルベルクの街の丘の上に、立派すぎる魔王城が誕生した。
「これは、王都のデュンケ城ですな」
そびえたつ城を見て、バルトロイ辺境伯が感心したように言う。
「はい。これしか知らないので」
他の城など知らないリディアーナは身近にあった城のイメージをミルルリカに渡し、ミルルリカはそれを見事再現した。大きさや細かい部分はやや違うが。
「防衛に向いていて大変良いと思いますよ」
「マスターのイメージおおざっぱだったから、細かいところや内装はあたしが補強したわよ。改造したいところがあったら言って。住みやすさも重要だもんね」
「それは致せり尽くせりですね」
バルトロイ辺境伯が鷹揚に言う。
「おおらかすぎるだろ爺様……」
カインは頭を抱えているが、ともあれこれで辺境伯のお墨付きだ。
――そして。
三日も経てば、ヴァルターはすっかり回復し、辺境伯の屋敷で働いていた人々も新しい城に慣れた。
ただ、結婚式は中止されたままになっていた。教会は無事だったが主役であるヴァルターが大怪我をしていたためだ。リディアーナの花嫁衣裳の損傷も激しかったため、改めて執り行われるまでにはかなりの日数が必要だった。
しかし三日のうちにはヴァルターとリディアーナはアンデッドドラゴンを倒した英雄ということと、壊された辺境伯邸もリディアーナとその従者の魔法で城に作り直されたということが辺境中に広まり、辺境でのリディアーナとヴァルターの評判は加速度的に高まっていっていた。
城からほとんど出ない――出ても魔界との境界に弱体化結晶結界を降らしに行くだけのリディアーナには知る由もなかったが。
昼下がり、リディアーナは魔王城のバラ園でバルトロイ辺境伯とささやかなお茶会をしていた。
見事なバラ園は無傷とは言えなかったが、ほとんど被害がなかった。初夏のバラの季節は終わったが、二番咲き、三番咲きのバラが鮮やかに咲いていた。
「ルギウス様、お聞きしたいのですが」
ティーカップを一旦おいて、リディアーナは前に座るバルトロイ辺境伯に声をかける。
結婚式こそまだだが、リディアーナももうすぐバルトロイ姓になる。そのため名前で呼ぶようになっていた。
「私の前世のことを覚えているというのは、本当ですか」
本当に覚えているのか。それとも魔が見える目で正体を見抜いたからあんなことを言ったのか――リディアーナは聞いてみたかった。
「……幼いころ、魔物に殺されそうになっていた私を、白いフェンリルと共にいた魔女が助けてくれました」
ルギウスは懐かしそうに語る。
「魔女は、フェンリルをヴァルターと呼んでいた。ヴァルター殿にお会いしたときにすぐにわかりましたよ」
もちろんリディアーナは覚えていない。ルギウスもそれを充分わかっているようだった。
「おそらく《氷の魔女》は私を助けたつもりはないでしょう。邪魔な魔物を退けただけで。ただ私の中ではその記憶は強烈に残り続けました」
その推測は正しい。《氷の魔女》は人間の敵でも味方でもなかった。無関心だった。
ルギウスはふっと息を吐く。
「三魔女が魔族を統治していた時代は、まがりなりにも秩序は保たれていました」
「……人間側でもそうだったんですね」
「魔王が不在になってからは、魔物が我が物顔で跋扈するようになってしまった。魔界を拡大し、辺境だけではなく王都にまで現れるようになってしまいました」
「…………」
リディアーナはティーカップを満たす茶に視線を落とす。
リディアーナの母親は王都で魔物に殺された。
いま思えばあれは、生まれ変わった自分を狙ったものではないか――……
いままでに自分の前に現れてきた魔物たちのことを思い描く。
(影の魔物たちとヴァルターはともかく……アンデッドビーストに、アンデッドドラゴン……どちらも私を狙っていた)
その奥に何者かの意志を感じるくらい、執念深く。
(……私を探していた変な男も、《魔女》という言葉を口にしていた……そういえば、死体を操るのが得意な魔女がいたわね)
――三魔女のひとり《静謐の魔女》――死体遣いの一族である彼女は、人間やモンスターの死体を操ったり加工したりするのを好んでいた。
恨まれるような覚えはないが、恨みを抱かれていてもおかしくはない。
まさかとは思うが。
――《静謐の魔女》が関わっているにしろ、いないにしろ、リディアーナが狙われているのなら――……
(何とかしないと、平穏な日々は遠いわね)
これからも魔族が押し寄せてくる日々なんて、冗談ではなかった。
「――ところで。私とリディアーナ様宛に、こんなものが届いているのですが、いかがなさいますか」
一枚の羊紙皮がテーブルの上に置かれる。
「王太子殿下と聖女様の結婚式の招待状です」
ティーカップを取り落としそうになる。
「……そうですか。こんなに早く、結婚されるのですね」
婚約者が交代になってからまだそんなに日が経っていないというのに。
かつての婚約者である王太子アレン・ウィスタリウスと、聖女であり侯爵令嬢のセレスティア・エシュトーの結婚式――国を挙げて、さぞかし盛大に行なわれるのだろう。
父であるフォーデルハイド伯爵から婚約の解消を告げられたのも、遠い昔の出来事のように感じた。
「いかがなさいますか」
「行きます」
リディアーナは即答した。
これは王都に行ける絶好の機会だ。
向こうから招待してくれているのだから、乗らないわけにはいかない。
リディアーナが王都に姿を見せれば、リディアーナを魔物に殺させようとした何者かは絶対に反応する。そして再びリディアーナを殺そうとしてくるかもしれない。
リディアーナは知りたい。
誰が、どうして、なんのために。自分を殺そうとしているのかを。その理由を。
この地を留守にするのは戸惑いがあったが、結晶結界は日々範囲を広げている。城は立派な防衛用のものだ。ヴァルターがこまめに掃除しているため魔族も減っている。
そして何よりルギウス・バルトロイ辺境伯がこの地にいる。
少しの間なら離れても大丈夫だろう。リディアーナは王都へ行くのを決意した。
「では護衛団の準備をしましょう」
「必要ありません。ヴァルターとふたりで行きますので」
「それは速そうですね。羨ましい」
ヴァルターはもうすっかり回復している。彼の背に乗って移動すれば馬車よりもずっと早く王都に辿り着く。
――とはいえ。
「……本当にいいのですか?」
「何か懸念でも?」
「いえ……もし何か騒ぎや面倒ごとを起こすと、ルギウス様にご迷惑がかかるのではないかと」
「ははは」
ルギウスは朗らかに笑う。
「何が起きても構いません。王家と事を起こしたとしても、この辺境は何の影響も受けませんよ。あなたの信念に従ってください」
「まあ。心強いです。王都滞在中は、バルトロイ家のお屋敷をお借りしてもいいですか?」
リディアーナの実家であるフォーデルハイド家に滞在するのは難しいかもしれないため、確認を取っておく。
「もちろん。あなたはバルトロイ家の女主人となる方。好きなようにお使いください」
「ありがとうございます」
お茶会の後、リディアーナは新しい自分の部屋に戻ると早速ヴァルターを呼び出す。
「そういうわけで、王都に行くことになったから」
ヴァルターはあからさまに嫌そうな顔をした。あまり見ない表情だ。
「どうかしたの?」
「……あの場所は、嫌な臭いがするのです」
王都には魔物除けが多く施されているからだろうか。
効果が出ていることは望ましいことだが――……
「困ったわね」
ヴァルターが行きたくないと言うのなら仕方ない。大怪我をしたばかりでもあったこともあり、無理はさせたくなかった。
「じゃあヴァルターには近くまで送ってもらうことにするわ。王都にはカイン様と入るわね」
「それはいけません。俺がお供します」
「そう?」
確認すると、力強く頷く。
「わかったわ。頼りにしているわよ、ヴァルター」
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