第10話 新しい旅立ち
灰色のローブの男は神に仕える聖職者の身でありながら、魔の力である攻撃魔法を使い、最後に《魔女》を呼んだ。助けを求めるように。
さてこれは転生した《魔女》の新しい従魔か。あるいはヴァルターによる虐殺から逃れて生き残っていたかつての《魔女》の部下か。
それとも聖職者でありながら《魔女》を信望者か。
リディアーナは冷静に男のいた場所を見つめる。身にまとっていたローブさえ、氷で砕けて糸くずしか残っていない。
リディアーナがこうして転生しているのだから、他の魔女たちも新しい姿を手に入れていてもおかしくない。魔族の姿か、それとも人間の姿か。もしくは別の姿を。記憶封印の魔法も効いているかどうか定かではない。
「行きましょう、ヴァルター」
「どちらへ向かわれるのですか」
「そうね……」
王都か、辺境か、はたまたまったく別の土地か。リディアーナはすぐには決断できなかった。
そのとき、こちらに近づいてくる気配があった。
「――リディアちゃん!」
「エリカさん、フィオさん?」
森の中を懸命に走って、リディアーナの方へやってくる。
手紙を読んでリディアーナを探しに来たのだろうか。だとしたらいくらなんでも早すぎる。そして何故この場所がわかったのだろう。
驚くリディアーナの後ろで、ヴァルターがやや申し訳なさそうに言う。
「手紙を直接渡しました。申し訳ございません。すべてはリディの安全を優先してのこと」
それを言われると何も言えない。
「荷物はすぐにお持ちします」
「……いいわよ、あとで」
――きっとヴァルターが去った方向へ駆けてきたのだろう。
「ごめん!」
駆けつけたエリカはリディアーナに勢いよく頭を下げた。
「あたしたちの話、聞いていたんだよね」
「…………」
「ごめん。あのときはそれがリディアちゃんのためかと思っちゃったの。でも、思い出したんだ。あたしだってフィオだって訳アリで冒険者してるのに、おなじ訳アリの子を、突き放そうとしちゃうなんて……本当バカだ! ごめん!」
「エリカさん……」
「リディアちゃん、リディアちゃんさえよかったら、これからも一緒に冒険しようよ」
「…………」
それは何よりうれしい申し出だった。
リディアーナは深く頭を下げる。
「ごめんなさい」
頭を下げたまま、リディアーナは続けた。
「もう一緒には行けません。本当にごめんなさい。エリカさんとフィオさんには、本当に感謝しています。本当です。おふたりがいなければ、私はとっくに野垂れ死にしていました」
感謝している。できればこれからも冒険者として同じパーティで過ごしていきたい。
だがもう無理なのだ。これ以上一緒にいれば、さらなる厄介ごとに巻き込んでしまう。魔族同士のいざこざに。
大切な二人を危険に巻き込むわけにはいかない。
「――わかった。リディアちゃんの決めたことだもんね。応援する。でも、いつでもまた声をかけてくれていいからね」
「リディアさんならどんなパーティでもやっていけますよ。私が保証します。いつかまたご一緒させてください」
勝手なことを言うリディアーナにあたたかい言葉をかけてくれる。
そして二人の視線は、リディアーナの後ろに控えるヴァルターにも注がれていた。二人からすれば何者かわからない男がリディアーナの手紙を届け、我が物顔で後ろに立っているのだから気になるのも当然だ。
「あ、えっと、彼は――私が入った最初の依頼で、アンデッドビーストから助けてくれた方で――」
「もしかして、最速でSランクに昇格した閃光のヴァルターさんですか?」
フィオが言う。
「二つ名……?」
いつの間にそこまで有名人になっているのか。
フィオは納得したように頷く。
「なるほど。あのヴァルターさんの名前は、こちらのヴァルターさんから……」
「リディアちゃんの馬の名前と一緒だねーって思ってたら、やっぱり! その節はありがとうございました」
もう何も言わないことにする。下手な嘘や言い訳をしたら、あっという間に破綻しそうだ。
「当然のことです。俺のすべてはリディのためにあるのですから」
誇らしげに言うヴァルターに、エリカとフィオの方が赤面していた。
「わ、わぁ……おふたりはどういう関係?」
エリカが興奮して聞いてくる。
「ひ――秘密です!」
「――わかった、リディアちゃん。よくわかった。おめでとう!」
何がわかったのか。
「だいじょうぶ、ちゃんとわかってる……身分違いの恋人、親に決められた結婚、嫁ぎにいく道中で逃走して駆け落ちする計画――だけど途中ではぐれてしまって、そしてついに感動の再会――……」
どこまでストーリーができているのだろうか。
納得しているのならこのまま黙っておくほうがいいのだろうか。
「――ということよね。だいじょうぶ、ちゃんとわかってる。リディアちゃんがいなくなるのは寂しいし、厳しいけれど、また初心に戻ってやり直していくよ」
フィオもどこか安心したように微笑んでいた。
「リディアさん、ヴァルターさん、お幸せに」
「あ……ありがとうございます」
そうしてリディアーナはエリカとフィオと、円満に別れることとなった。
帰っていく二人の背中を眺め、寂しさを感じながら、リディアーナは後ろに立つヴァルターに言う。
「ありがとう。あなたが別れの機会を作ってくれたんでしょう」
リディアーナが後悔しないように。
「さて。なんのことでしょうか」
「ふふ……別れというのは寂しいものね」
「俺はあなたと共にいます。永遠に」
ヴァルターは当然のように言う。何の疑いも持っていないように。
リディアーナはその姿を少し哀れだと思った。
(でも私は、きっとまた、あなたを残して死んでしまうわ)
人間と魔族の寿命差を考えれば当然のことだ。
そうなったとき――リディアーナがヴァルターを遺して死んだとき、ヴァルターはどうするのだろう。また生まれ変わりを探してさまようのか。永遠に。
リディアーナにはわからなかった。
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