第4話 目覚めつつある力


 エリカとフィオが薬草をたくさん抱えながら森の方から戻ってくる。それを何往復化して、馬車の中を薬草でいっぱいにしてから出発した。


「さすが、高級馬車はすごいなぁ。まったく揺れないや」

「あの、エリカさん」

「んー?」

「冒険者ってどうすればなれるんですか?」


 馬車に揺られながら隣に座るエリカに聞く。フィオは御者台で手綱を捌いていた。


「冒険者に興味ある?」

「はい」


 リディアーナはこれから自分に何ができるかを考えていた。

 いまの全財産は、この馬車と、このドレスと、十五枚の銀貨、そして日傘のみである。帰る場所のないリディアーナは、これらを元手にして、いまから生活していくための基礎を整えなければならない。


 リディアーナの知っている仕事は、メイドなどの使用人ぐらいである。だがメイドとなるためには紹介状が必要だ。雇ってくれる貴族や商人が必要だ。そしてメイドとしての教養が必要だ。仕事内容は雇われてから教えてもらうとしても、そこにたどり着くまでに越えなければならないものが多すぎる。


 だから、冒険者について詳しく知りたかった。


「まあ普通に登録料支払えば、すぐになれるよ。初心者ランクの内は毎月の更新料もいらないし。でもリディアちゃん、魔物と戦ったりできるの?」

「……中級魔法なら少しだけ」


 リディアーナには神聖力はなかったが、魔法を使える魔力はあった。しかしその才能は、特段秀でたものではない。この先どれだけ訓練を積んでも中級魔法までしか使えないだろうと、魔法の家庭教師に言われている。


「充分すぎるよ! じゃあちょっと見せてみてよ。リディアが冒険者としてやっていけるかどうか、お姉さんたちが審査してあげるからさ! フィオ、ちょっと止めてー」

「仕方ないですね」


 御者台のフィオが手綱を操る前に馬が止まり、馬車が止まる。


「か、賢い……このヴァルターさん、賢すぎますよ」


 フィオが感心して呻っている。


「毛並みもきれいだし、頭がいいし、体力があって体格もすばらしい……これはまさに最高の馬です」

「そっちに興奮してないで、ほら降りるよ」


 エリカに促され、フィオも仕方なさそうに馬車から降りる。

 リディアーナも日傘を手にして外に出る。

 そこは街道沿いの平原だった。他に人の気配はなく、静かで広い草むらがずっと遠くまで続いている。


「緊張しなくていいよ。魔法を使えるだけですっごいんだから。きっとギルドでも引く手数多だから」

「――はい」


 平和な青い空の下、遠くの岩を敵に見立てて、日傘を杖代わりに握って立つ。


「ねーフィオ、傘って杖代わりになるの?」

「精神を集中させられるのならなんでもいいです。エリカだって剣でも鉄パイプでも木の棒でも相手を殴れるでしょう?」

「そりゃそうか」


 集中する。

 家庭教師以外に魔法を見せるのは初めてだ。そして自分はいまからこの魔法で身を立てようとしている。自分の力は果たして冒険者の世界で通じるのか――


 通じるも通じないもいまは関係ない。自分にできる最高の魔法を繰り出すだけ。

 リディアーナは心を決めた。


「炎よ!」


 赤い炎が傘の先から生まれ、激しい熱とともに軽やかに踊りながら岩を焼く。

 黒焦げになった岩に向かって、次は――


「風よ!」


 風の刃を繰り出す。黒く焦げていた岩に白い筋状の傷がいくつも刻まれた。


「大地よ!」


 地面が大きく隆起し、岩が持ち上がる。半分を地中に埋めていた卵型の岩が、全貌を日の光の下にさらす。


 最後に氷魔法で氷柱をつくり、岩を閉じ込めようとしたその時だった。


 近くの草むらから、一体の黒い影が飛び出してくる。黒い火のように揺らめく身体は、影の魔物の証だ。しかもただの影ではなく、獣のような姿を取っている。――魔獣化しかけている。


「魔物っ? リディアちゃん、下がって――」



女王の氷華オートデバフ



 魔物の動きが突然遅くなる。高熱を出したかのようにふらふらして、いまにも地面に倒れそうだった。

 ――好機。


「――氷よ!」


 周囲の温度が急激に下がり、冬の冷気が肌を刺す。雪花が舞いながら魔物に集結する。温度が下がる。下がる。下がる。この世のすべてを凍り付かせる冷たさまで。


 氷の柱が立つ。魔物を巻き込んで、大樹よりも太く、高く育つ。それは満開の花を咲かせ、澄んだ音を立てながら砕け散った。


 氷の破片がきらきらと光を反射しながら落ちていき、氷の砂となり、太陽の熱で溶けて水となり、霧となり。

 ――消える。魔物とともに。


「――すっごい!」


 穏やかな静寂の中にエリカの歓声が響く。


「すごいすごいすごーーい!! こんなの見たことない!」


 エリカは興奮して叫んでいる。フィオの頬も紅潮していた。


「どの魔法も水準以上ですが……氷魔法は……明らかに別格です。これだけ使える魔法使いがどれだけいるか……リディアさん、冒険者登録したらわたしたちのパーティに入りませんか?」

「えっと……その……」


 リディアーナは焦っていた。


(知らない)


 こんな氷魔法は知らない。


 リディアーナが氷魔法で出せていたのは、自分の身長程度の氷塊だ。なのに、いまの魔法は何十倍も威力が強くなっている。他の属性は普通だったのに。


(魔族のときの記憶が戻ったから……?)


 ――《氷の魔女》としての記憶が。あの頃は、氷魔法だけは魔王の呼び名に相応しい威力を有していた。すべてを凍らせて砕く力を。

 人間である現状では威力が強すぎるが。


(使えるものは使わないと!)


 ぐっと日傘を握りしめ、顔を上げてエリカとフィオを見る。


「――はい。ぜひ、よろしくお願いします」


 リディアーナはふたりに向かって深々と頭を下げた。

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