第25話 前田は
前田は魔王が来るのを待っていた。
教室の中がよく見える位置の廊下の隅で屈んで様子を伺っていた。
今日の給食は『フルーツポンチ』が出る。魔王がフルーツポンチ目当てならば必ず来るはず。それを確かめるために前田は魔王を待っていた。
「何してんの?」
と急に話しかけられビクッとした。
声のする方を見るとそこには花見ちゃんが立っていた。
「花見ちゃんこそ何してるの?」
「前田がいないから探しに来たの」
「そ、そうか」
花見ちゃんが僕を呼び捨てにしているのに驚いたし、探しに来てくれたのにも驚いた。そんな花見ちゃんは今日も可愛い。
「何してんの?」
「あ、このクラス魔王来るでしょ。見てみたくてさ」
「前田って魔王に興味あったっけ?」
「いや、最近ね」
と言いつつも特に興味はない。
魔王が出現してから皆、魔王の話題ばかりしていてそれが嫌だった。
なのでその話題が聞こえると他の国の言語でも聞こえているかのようにまったく耳に音を入れていなかった。
今も魔王には興味がないが、何故あの魔王がフルーツポンチを求めるのかに関しては疑問があった。それを魔王に直接問いただすために今は魔王に接触する必要があった。
「なんで魔王に興味でたの?あれだけ嫌がっていたのに」
確かに、もはやその話題が騒音くらいの感覚で対応していたのでそんな僕が魔王に興味を持つなんておかしな話だろう。
「ゲ、ゲームでさ。魔王が出てきて。なんか魔王がすごいなって」
「えっ!前田ってゲームやるっけ?」
やらない。
僕はゲームというものもやらない。
『娯楽』というものを遠い距離から眺めてきた人間である。
遠くから見て「あれが娯楽かぁ。見たからいいや」とかそんなノリで距離をおいてきた。理由は将来のため。将来のために勉強しているし、それ以外のものは自分の視界から除外してきた。もちろん魔王という存在も。
「うん。最近ゲーム始めたんだよね」
「え!じゃあ一緒にやろうよ!」
満面の笑顔の花見ちゃん可愛い。
普通にしてても可愛いけど。何してても可愛いけどとにかく可愛い。
分かってはいるだろうが僕は花見ちゃんが好きだ。幼馴染でずっと近くにはいるけどこの気持ちを伝えたことはない。これから先も伝えるつもりはないし、伝える予定もないし、予定を作るつもりもない。
頑なにこの気持ちを伝えないのはこの気持ちを伝えた時に「えっ。」みたいなマイナスの反応をされたら今のこの距離感ではなくなってしまうからである。
離れられるだけならまだしも剣道のように敵意を刀にして向けられたらもう終わりである。『メーン』ではなく『キモメーン』とかそんなゆるい技名でも僕にとっては一撃必殺なのである。
「一緒にはやらないかな」
「え!なんで?」
「1人用だからさ」
「じゃあうちの持っているゲームにしよ!一緒にできるし」
「まぁ今度ね」
と気持ちとは真逆の態度を取ってしまう僕を何とかして欲しいものだ。
本当にやりたいことをやらないといい、やりたくないことはやりたくないと言える。マイナスな考えには賛同するがプラスの気持ちには意を反する。何のレジスタンスだよ。生きづらいレジスタンスだな。
せっかく花見ちゃんが誘ってくれたのに僕はそれを断ってしまった。
「いいよ!やろうよ!」と人前で言えるようになるだけのレッスンが駅前にあればぜひ習いにいきたいものだ。
「魔王ってなかなか来ないのね」
と花見ちゃんが言う。
花見ちゃんが言うとまるで空き地で猫を待っているような気持ちになる。
この例えが合っているのかは分からないが正解はないからそれで良しとさせてもらおう。
「もうすぐ来るはずだよ」
「でも給食の時間終わるよ」
「えっ」
という僕の声と同時に終了の音楽が流れた。
僕は言葉にできない感情を胸に走り出した。魔王が来るはずの教室に向かい、担任の先生の服を掴んだ。
「魔王は?魔王は来なかったですか?」
と服を掴まれた先生はびっくりしていた。
「こ、来なかったよ」
「なんで来なかったんですか?」
「分からないよ。前田、なんかお前魔王に固執してないか?」
「してないですよ」
「この間もなんかそんな話してこなかったか?手を掴んだとか。もし、魔王が来ても触るのはダメだからな。頼むぞ」
とポンと肩を叩かれた。
教室を出ると廊下に花見ちゃんがいた。
「前田に置いていかれた」
と花見ちゃんはふてくされて言った。
「置いていってないよ」
「じゃあ勝手に待ってた」
と言って花見ちゃんは笑った。
ズキューンという音が頭の中で響いた。その言葉とその笑顔は罪です。本当に。
脳内ではハードボイルドな見た目のサングラスの男性に「あの子はハードだ」と意味のわからない言葉とタバコをを投げられていた。
「あと前田さ、なんか隠しているよね。なんでそんなに魔王に会いたいの?」
と花見ちゃんから直球の質問が続けて飛んできた。
「魔王と入れ替わったから」なんて言えない。信じてもらえないし、それでおかしなやつに見られるのも嫌だ。
返答を考えている間にも花見ちゃん顔がどんどん暗くなっていた。
授業のチャイムが鳴った。
「戻らないとね」
と花見ちゃんは教室へ戻った。
同じ教室なので僕もそれに続いて教室に戻る。同じ教室に2人で戻ったがどこかお互い別々の教室に戻ったような空気感があった。
我に供物を捧げよ OnnanokO @OnnanokO
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