第24話 映画
「ここでお前を討ち取る」
と勇者は剣を構えていた。
砂塵の舞う荒野で勇者は魔王に戦いを挑んでいた。
「お前に我は倒せない」
「それは分からないだろう」
とボロボロになっている勇者は必死に剣を握って魔王に闘志を向けているが誰が見ても限界だった。
「何故お前に我が倒せないか教えてやろうか」
「何故だ」
「我は形態が変わる」
「携帯が?機種が変わるってことか?乗り換えみたいなこと?ショップも行かずに?」
「姿かたちが変わるってことだ。その携帯ではない」
「そうか。姿が変わるとどうなるのだ」
「能力が上昇する」
という魔王の言葉を聞いて勇者は絶望した。
今ですらこのレベル差なのにもうこの差は埋めることができないと勇者は悟った。
「と、まぁ本当に戦うとこんな感じになると思うぞ。」
と魔王が明るく言う。雰囲気が急に明るくなった。砂塵も止んだ。
「でも形態が変わるのは本当ですか?」
と勇者が訊く。
「形態は変わらぬ。これで終わりだ」
「それは良かった。これ以上強くなったら絶望しかないです」
と勇者は笑った。
何故、魔王とこんな風に打ち解けているのかというとテレビを壊されたあと勇者は魔王と電化製品のお店でテレビを買いに行った。
この世界にはレベルというものが存在している。そのレベルは強さでもあり経験だ。買い物の時に魔王に何気なく今のレベルを聞いたら自分の倍の倍ぐらいあり自分はかなり鍛えてきたつもりだったが全く歯が立たないことを何気ない会話の中で勇者は知った。同時に魔王討伐の夢も何気ない会話の中で途絶えた。
それで本当はやりたかった勇者っぽいことを“ごっこ遊び”という形で付き合ってもらっていた。
「巨人や半魚人とかとよく遊びに行くのだろう?」
と魔王が問う。
「たまに遊ぶ感じです。連絡はとっていますよ」
「アイツらはいい奴だから良くしてやってくれ」
「はい!」
「とりあえず我は帰る」
「色々とありがとうございました」
「もう魔王討伐の練習はいいか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
と言いながら勇者は精神的に立っているのが必死だった。
魔王本人に「討伐の練習はいいのか?」と聞かれることの屈辱の威力は計り知れなかった。
「じゃあ我は帰る。ありがとう」
と魔王は勇者の家から離れていった。
ある程度見送ると勇者は家に帰り、剣をそっとクローゼットの奥の方に梱包して置いた。
それからポップコーンとコーラを準備して魔王に買ってもらった新しい大きなテレビで子供の頃のお気に入りの映画【魔王vs勇者】を見始めた。
「まぁそういう日もあるわな」
と鎧が喋りかけてくる。
「あー。お前を脱ぐの忘れてたわ」
「励ましてやるって」
「いいよ。今日は1人になりたいんだ」
と勇者は映画を停めて鎧を脱ぐ。
「また1から鍛えればいいだろ」
「もういいんだ。俺は勇者を辞めるよ」
「そこまでしなくてもいいだろ」
「俺じゃ魔王には勝てない。勝てなきゃ勇者でもなんでもないだろ」
「そんなことはない」
「そんなことあるだろ」
「じゃあお前はゲーセンで景品がとれないからもうゲーセンに行ってはダメだと思うか?」
と鎧は言った。
この論点のズレている返しに猫騙しをくらったようになった。
すぐに返答しなかった時間でわかった。これは鎧の中では真剣に考えた真面目な解答だと。
「それとは関係ないだろ」
「景品が取れないからゲーセンをやってはダメなのか?」
とまた鎧が言う。
ゲーセンのターンが長い。ゲーセンはもういい。話が入ってこなくなる。
「ダメなことはない」
「だろ。それと一緒だ」
「一緒じゃない。あれは運だろう」
「運もそうだが経験と技術も必要だ。勇者も魔王が倒せないから勇者をやってはいけないということにはならないだろ」
「理屈的に分からないこともないが例えで出してくるのがゲーセンというのがピンとこない」
「第一お前から勇者をとったら何が残るんだ」
「励まし方下手かよ。余計凹むわ」
「勇者じゃなければ鎧を着て、剣を振るヤバい奴だ」
「励ましになってない」
「まぁ今日は落ち込んでいい。明日からまた頑張ろう」
と鎧が言う。
余計に抉られた傷は今日1日で癒される気がしない。
「まぁありがとな。やっぱり一緒に映画見よう」
「鎧だから見るという概念はないがいいか?」
「お前、めんどくさいな」
勇者と鎧は部屋を暗くして停めてあった途中から映画を見始めた。
映画の中で勇者がピンチになった。
「もう終わりだ」
と魔王が言う。
「俺は諦めない」
「もう諦めろ」
「俺は決して諦めない。ゲーセンで景品がとれなくても俺は決して諦めない」
と映画の勇者が言った。
そんなセリフあったかは記憶にはないがまさかの先ほどのゲーセン例えがここにもあるとは思わなかった。
魔王は洞窟に向かって歩いていた。
少し歩いただけで息が上がった。体力の衰えを感じた。
ふと、思い返すと魔王は椅子に座ることしかしていないことに気がついたと同時に瞬間移動的な魔法が使えるのも思い出した。
魔法が使えるし、我は魔王だからしょうがないよねというかつてないほど自己肯定で魔王は瞬間的に洞窟に移動した。
戻ると魔王の禍々しい椅子の近くに巨人が待機していた。
「魔王様、おかえりなさい。身体は大丈夫ですか?どこにいたんですか?」
「あぁ。勇者の家にいた」
「勇者の?何故そんなところに。終電でもなくなったんですか?」
「終電?たまたまそこに飛ばされただけだ。何故かは分からぬが」
「お酒飲まされてよく分からず連れ込まれたとかですか?何もされていませんか?」
「テレビ買わされたぐらいだ」
「貢がされたんですか!?あの野郎」
「お前何か勘違いしてないか?」
「えっ?」
「テレビは我が壊してしまったし、部屋にいたのもたまたまそこに瞬間的に飛ばされていたんだ。お前は何を心配している」
「魔王様が帰って来なかった日はなかったので色々と心配しておりました」
「たまにはここから出るのも良かったぞ」
「魔王様が満足しているのならいいのです。魔王様よろしければ今日は映画を一緒に観ませんか?」
「映画か珍しいな。何を観るんだ」
「【勇者vs魔王】です」
「傑作映画だな。よいぞ。観るか」
と洞窟にプロジェクターで映画を映し出す。
始まる前に勇者に「魔王様がお世話になりました」とメールを入れておいたがその返事が来ていた「またよろしくお伝えしておいて」とのことだった。
勇者はいいやつなのでこのまま仲良くなってくれるのを巨人は望むのであった。
映画を観ながら勇者と魔王は別の場所だが同時に声を揃えて
「このゲーセンで例えるシーンが好きなんだ」と魔王は言い
「このゲーセンで例えるシーンは嫌だ」
と勇者は言った。
この映画は監督は同じだがストーリーが少し違う。物語の戦いの勝者が勇者か魔王かの違いである。
この映画を観て、子供の頃の2人はこの道を志すことになったのだがこの映画の評価はこちらのセカイではかなり低くこの映画を好きなのはこの2人くらいしかいないのではないかというくらいの映画であった。
それでもこの映画を観ている勇者と魔王を観て子供の頃の熱気が蘇っているようだった。
映画を観終わって鎧は勇者に巨人は魔王に感想を聞いた。
「どうでした?」
その質問を受けて勇者と魔王は答える。
「面白くなかった」と2人は答えた。
「久々に観ると単調でつまらないな」
と魔王。
「アクションもあまり燃えなかったし。あの時は子供だったから良かったのかなぁ」
と勇者。
「あ、そうですか」
と鎧と巨人は同じ言葉を吐いた。
楽しませようとした気持ちは大いに肩透かしをくらい精神的に脱臼しそうになっていた。
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