第21話 体験

 白い天井。ふかふかのベット。

前田は自分の部屋のベットの上にいた。

時間が気になり少し起き上がり時計を見るとまだ学校まで余裕があったのでまた寝転んだ。

なんだか今日は清々しい気持ちだった。

少し口に残るフルーツポンチの味。


「あぁ。美味しかったなぁフルーツポンチ」


と口に出した途端、記憶が早送りのように脳内再生された。

魔王の身体で魔王の洞窟からこちらのセカイへ来て給食の時間にフルーツポンチを食べて

「おい。美味しいのか?どうなんだ」と自分の姿をした何かに手を掴まれたのだった。

あれは誰だ。僕の中に入っていたのは誰なんだ。

勢いよく起き上がり部屋の鏡で自分を見る。


元に戻っている。


自分の身体を触る。いつも通りになっていた。

下に降りるとお母さんがご飯を作ってくれていた。


「あら、早いわね。これ食べて学校行くのよ」

とお母さんが準備した食事を指をさして言う。


「昨日僕は何してた?」

とお母さんに聞くと

「昨日はすぐに寝てたわよ」

とお母さんが返す。

昨日?昨日はすぐには寝ていないはず。あれは本当に昨日の出来事だったのか?ふと、疑問に思い聞いてみた。


「今日は何日?」


するとお母さんが答えた日付は入れ替わっていた日付だった。あの時の日付は覚えている。魔王の身体で献立を見た時に日付が書いてあった。

僕はそれを鮮明に覚えていた。


「じゃあ私は行ってくるからね」

とお母さんは仕事に行った。


その後、目の前の朝ご飯を何も食べずにただ時計が動く音だけが響いた。何もしない時間が続いたが思い立ったようにサッとご飯を食べて家を出た。

早足で学校へ向かい昨日魔王が現れた教室へ向かった。


教室に着くと給食の献立を確認した。

昨日見たものと同じ献立表だった。そこへこの教室の担任がやってきた。


「おはよう。どうしたんだ。朝早いな」


「あの、先生。僕は魔王の手を掴みましたか?」

と僕がそう言うと担任は困惑していた。


「いつ手を掴んだんだ?」


「昨日です」


「昨日魔王は来てはないぞ」


そうなんだよ。分かっているよ。今日という日は僕にとっては昨日だから。昨日の出来事がなしになっているのなら僕は何を体感した事になるのだろう。じゃああの体験は何だったのか。


「先生、魔王は供物が欲しいんですか?」

とふと思い出したかのように聞いてみた。


「そうだな。供物を捧げよと言うからな」


「供物は何か分かりましたか?」


「いや、今だに分からん。どうしたらいいものか」


「そうですか。頑張ってください」

と言って前田は教室を離れた。


“供物”


それを皆が探している。


(きっと給食の献立が関係している)

と前田は考えていた。

あの時魔王が見ていたのは献立。それでここへ来た。何か魔王が欲している物があるはず。

「おい。美味しいのか?どうなんだ」

と腕を掴まれて自分の身体に言われた言葉を思い出した。口の中にうっすら残る。食材の味。


前田は僕の身体の中に入っていたのは魔王なんじゃないだろうかという考えに至った。

そしてそうなるとあの言葉から魔王が欲しているのは


“フルーツポンチ”だということになる。


と証拠はないが前田は確信に至った。

でも何故魔王はフルーツポンチを欲する?何がしたいのだろう。

その理由付けだけは全く出来なかった。

魔王とフルーツポンチの関係性がどれだけ考えても結びつかないのだった。



 勇者の部屋。

勇者がゲームをして休日を過ごしていると大きな物音と共に誰かがやってきた。


「誰だ」

と咄嗟に剣を抜き、構えた。

構えた先にいたのは大きな身体。頭に角があり物凄い威圧感を放つ化け物がいた。


「ここはどこだ?フルーツポンチは?」

と化け物が言う。


「フルーツポンチはない。何だお前は」


「我は魔王だ」


その言葉を聞いてピリッとした。

“魔王”それは勇者が倒そうとしていた者。ついに出会うとは。ここで今まで培った力を披露する時。剣を握っている手にも力が入る。


この一撃。この一撃にかける。


勇者は気合いを入れた。攻撃しようと重心を前に移した。斬りかかろうとしたがダメだった。


「やっぱ違うなぁ」

と勇者は一気に力を抜き肩を落とした。


「何が違う」

と魔王が聞く。


「ここじゃないわ。会いたかったけどここじゃない。ここ俺んちだし。ここを破壊されたくないし。だから違うわ。気が抜けるし。もっとあったよね。絶対にあった。もっとこう、盛り上がれるようなシチュエーション絶対あったよね。なんでうちかなぁ」

と勇者はぶつぶつ言っている。


「何を言っているのかよく分からん」

と魔王は言い、リビングにある1番座り心地の良さそうな椅子に腰掛けて

「我に供物を捧げよ」と言った。


「なんだ供物って。それで何でうちに来たんだよ」


「知らん。我も突然ここに来た。さっきまではフルーツポンチを食べた手を握って・・」

と“フルーツポンチ”という言葉に出した

瞬間。脳内映像で前田の身体に入っていた時の

ことが早送りでコラージュのように再生された。


「あいつはどこだ」と勇者の手を掴む。


「誰のことだ」


「あいつだよ。我のフルーツポンチを食べたやつだ」


「フルーツポンチ?なんだそれ」

と勇者に言われ、ハッと魔王は我に返った。勇者から手を離す。


「痛いよ。なんだよ。早く帰れよ。自分の家とかあるだろ」

と勇者が言う。


「今日は気持ちの整理がつかないから泊めてくれ」


「嫌だよ。何でだよ」


「頼む。今日は帰る気分ではない」


「何だよ。彼女かよ」


「魔王だよ」


「知ってるよ」


という会話をしていると玄関でチャイムが鳴る。

とりあえず勇者の家に魔王がいるのは色々とまずいので魔王をベランダに行かせた。


「はーい」と大きな声を出して玄関へ向かう。

玄関を開けると魔法使いがいた。


「暇してたか?勇者」


「なんだよこんな時間に」


「差し入れだよ」

と食べ物とお酒を持ってきた。


「いらないよ」

と勇者が言っているとふらふらと魔法使いは部屋の中に入っていった。


「1人で何してたんだよ。つまんない部屋だな」

と魔法使いが色々と物色する。


「あんまり見るなよ」


「まぁいいじゃないの。あんまり来ないんだから」

と魔法使いは窓を開けてベランダに出た。外を見た。すぐ横を向くと魔王がいるので


「ありがとう。とりあえず一杯飲もう」

と勇者が声をかけると魔法使いがさっと部屋に戻った。


中ではしゃぎながら飲んでいる声が聞こえる。

よくは知らないがきっと浮気していたらパートナーが帰って来たからとりあえずベランダに隠れるシーンはドラマで見たことあるがきっとこんな感じなんだなと魔王はこのシチュエーションを噛み締めた。


「遅くにごめんねー。ありがとー」

と結局何杯か飲んで魔法使いは帰っていった。

魔法使いがいなくなるのを確認すると魔王は部屋に入る。


「悪かったね。ベランダにいさせて」

と勇者が言う。


「いや、いい経験をさせてもらいましたよ」


「え、経験値?レベルが上がる?それ以上上がったら困るんだけど」


「その経験ではない」


とか適当な会話をしながら勇者は酒が入っているのもあり、魔王がいても気にせず眠った。


魔王はリビングで天井を眺めながらあの入れ替わり体験を思い出して眠りについた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る