第20話 接触

 魔王がやってきたが今日は何かが変だ。

魔王はあの禍々しい椅子に座ってはいなかった。立っていた。そして少し辺りを見回すと


「や、やぁ」

と魔王の姿の前田は片手を上げて挨拶するように言った。【我に供物を捧げよ】という言葉しか発さなかった魔王が他の言葉を喋った。


「元気?」

と魔王の姿の前田は言葉を続けた。

クラスの全員は意味が分からず言葉をオウム返しするしかなかった。


「な、なんか。すいません」

と教室の空気を察して片手を頭に当てて申し訳なさそうに少し頭を下げる魔王。

魔王の今までとはまったく違う反応に皆が戸惑っていた。


「今日の供物はよろしいのですか?」

と委員長が聞く。委員長は本当に度胸があると思う。


「く、供物?」


「我に供物を捧げよといつもはおっしゃいます。今日はその言葉がないので供物の件ではなくて今日は来られたのかと」

としっかりと委員長は喋っているが緊張はしているようで手を強く握っている。委員長ありがとう。


(どうしよう。供物ってなんだ?やっぱりこの姿で戻るのは無理があったか)

と魔王の姿の前田は考えていた。


「く、供物ね。そうだったね。ごめんごめん。えー。“我に供物を捧げよ”って感じでいいのかな」

となんだかそわそわしている謙虚な魔王に皆が拍子抜けしていた。


「今日の供物はなしでいいのですか?」

と委員長がしっかり聞いていく。


(供物はなしでいいのかな?そもそも供物ってなんだろう。なしって言っていいのかな?ありだとどうなるんだろう。よく分からん。あーどうしよう)と前田魔王は考えていた。

「あー。なしでいいです。急に来たので。すいません」

と考えて魔王前田は言ったが目は泳いでいた。


「じゃあ今日はどうされますか?」

と委員長が聞く。皆の視線が魔王に集まる。


「あ、あ。じゃ、じゃあ今日は給食をみんなで食べようかな」

と前田魔王は言った。


「じゃあ席を用意しますね」

と担任が言った。

担任は何かに警戒しながら机と椅子を用意しに行った。魔王の様子がおかしい。同じ言葉しか発さず威圧感もとんでもなかったのに今の魔王は気遣いができ過ぎていて威圧感がない。そんなことを考えながら使っていない椅子と机を教室へ運んでいた。


 そんな担任と前田の姿をした魔王はすれ違った。


「魔王が出てきたんだよ」


と言うので魔王が魔王を見に行くことになったがまさか自分の姿を客観視する日が来るとは。

魔王がいるという教室に着いて廊下から教室内を覗くと魔王の姿をしている者がそこにいた。

教室の内で気を遣って立っている。何かを待っているようだ。そわそわしている。担任が椅子と机を持ってきた。担任に少し頭を下げると椅子と机に座った。教室のみんなが給食の準備を始める。各々の器に給食を入れていく。全部の給食が揃ったトレイを魔王の姿をしている者のところへ運ぶ。


「ありがとうございます」

と少し微笑んで魔王の姿をしている者が言った。


微笑んでいた魔王の姿をしている者を見て前田の姿をしている魔王は握り拳を強く握って奥歯を強く噛み締めた。

(魔王はそうではない。魔王には威厳がいる。

あれでは魔王ではない。魔王はあれではダメなのだ。誰だ。我の身体の中には誰が入っている)

と前田の姿のした魔王は考えていた。

前田の姿の魔王は教室内に入ろうと足を一歩踏み出していた。


「どこに行くんだよ」

と友達かよく分からんやつが言う。


「我は中に入る。あの偽物を捻り潰す」


「中には入れないよ。魔王が本当に安全ではないからこの教室のクラスの人たちしか入れないんだ。それは学校で禁止されている。生徒会ですら入れない」

と言われ騒ぎを起こすわけにはいかないと一旦足を止めた。


給食を味わいながら魔王の姿をした前田はこの時間を堪能していた。

身体が大きいので机と椅子が小さく感じ座り心地が良くないのを我慢すればあとは給食を食べているのと同じだった。


「美味しいです」

と給食を食べるごとに声を出す。

廊下にも人だかりができているのが見える。やはり魔王は珍しいのだろうか。人間の姿だった頃に自分も誘われたことがあるが興味がなく断っていた。

人だかりの中に自分の姿を見つけた。

あれは自分だ。自分がいるということは自分の中にも誰かがいるということだ。


(誰が入っているのだろう)

と考えていた。

そしてこの給食が終われば必ず接触しようと考えていた。



 魔王の姿をした者の前にフルーツポンチがある。前田の姿をした魔王はすぐに気づいた。

今のペースで給食を食べていくとあの我の身体をした魔王はフルーツポンチを食べてしまう。

前田の姿をした魔王の足が前に出ていた。


「だからダメだって」

と友達かどうかもわからないやつが止めてくる。


「もう、我は行く。これは止めねばならない」

と友達の制止を振り払って前田の姿の魔王は教室へ向かった。


魔王の姿をした前田はデザートのフルーツポンチを手に持ちながらこちらに来る前田の姿をした何者かに気づいた。


前田の姿をした魔王は魔王の姿をした何者かが手にフルーツポンチを持っているのが目に入り、より一層進む一歩が大きくなった。


前田の姿をした何者かが近づいてくるのが目に入り、無意識に手に持っていたフルーツポンチを味わず口に運び食べていた。


それを見た前田の姿をした魔王が魔王の姿をした前田の手を掴んだ。


「おい、美味しいのか。どうなんだ」

と魔王の姿をする前田に問いかけた。


「え、いや、あー」

と魔王の姿をする前田は曖昧な返答した。


魔王に触れた前田の姿を見て教室の中の生徒、担任が一斉に止めに来る。

魔王の姿をした前田からはその動きが見えていたが全員の動きがすごくスローに見えた。

ゆっくりと魔王の姿をしている前田に触れている前田の姿をした魔王を止めに来ている。


「我の中に入っているお前は誰だ」

と前田の姿をした魔王は問う。


「僕の中にいる君も誰なんだ」

と魔王の姿をした前田も言った。

その言葉はほぼ同時で、それと同時に2人は突然現れた黒い渦に吸い込まれていった。


 魔王に手を出していた前田を止めるために動いていた教室の中の全員が狐に摘まれたような感覚になった。先ほどまでここにいた2人が忽然と姿を消した。





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