第19話 魔王という身体
ベットでいつものように寝ていたはずだった。
宿題もして明日の準備もばっちりだった。
ベットに寝転がって天井を眺めていた。
朝が来たら着替えてご飯を食べて学校に行く。
そんないつもの1日が始まるはずだった。
なのに何だこの固い椅子は。どこだ。この洞窟みたいなところは。
「魔王様」
と大きな大きな化け物がこっちに歩いてきた。
たぶん巨人だ。
「ひゃー食べないでぇー」
と恐怖のあまり椅子から降りて手足をバタバタとしながら椅子の陰に隠れた。
「どうされたんですか?魔王様」
と巨人が近づいてくる。
この巨人。見た目はすごく大きくて怖いが僕に
危害は加えるつもりないようで僕を心配しているように見えた。
「何でもないよ。ごめんね」
とそれっぽく返しながら椅子の陰から出た。
辺りを見回して座りやすそうなところな地べたに座った。
少し沈黙が流れた。
この巨人と特に話すことはないし、この状況への理解に時間がかかっていた。
「魔王様」
と巨人が僕に声をかけてくる。さっきから魔王と呼んでくるから僕は魔王なのか?よく分からないがとりあえず返事をする。
「はい」
「座らないんですか?」
「え、座っているけど」
「いや、こちらに」
と巨人が手で促した先にはあの固い禍々しい椅子があった。
「え、これ座りにくいもん。いいよ地べたで。こっちの方が座りやすい」
と僕が言うと巨人は物凄い顔をしていた。
驚き過ぎて衝撃をうけ鼻水を垂らしていた。
「で、でも魔王様。これは玉座みたいなもので座っていただいた方がしっくりきます」
と巨人は座って欲しそうだった。
「分かった」
と座りにくい椅子に座る。やはり固くてお尻が痛い。
「魔王様、今日のご予定は?」
と巨人が聞く。
「特には決まってないよ。学校にも行けないだろうし」
「学校?ですか」
「あーこっちの話」
とポロっと口に出してしまったことをうやむやにする。
今はどういう状況なのだろう。僕は魔王になって何故ここにいるのだろう。この状況は夢なのだろうか。夢だとしたら確認しておきたくなった。
「あのさ」
「はい」
「頬っぺたをつねってくれない」
と巨人に頼むとまた驚き過ぎて衝撃をうけた顔をしている。
「ま、魔王様の頬っぺたをですか?」
「そうだね。お願い」
と頼むと巨人はすごく慎重に僕の頬っぺたに触れて徐々に強くつねり始めた。
「このくらいで大丈夫ですか?」
「あーもう少し強く」
「このくらいですか?」
「あーあと少し」
「このくらいですか?」
「痛っ!」
と思わず声を出してしまった。
巨人は取り返しのつかないことをしたという絶望を絵を描いたような顔をしている。顔色も一瞬で白くなった。
「あ、ありがとうね」
と言うと巨人はものすごく形容し難い感情が渦巻いていて処理できませんというような顔をしていた。顔は白い。
とにかく夢ではなかった。今この状況は現実で僕はこの洞窟みたいなところにいる。
ふと、手元に手鏡があるのに気づいた。それを手に取ってみる。
魔法の鏡っぽい見た目をしている。その鏡を眺めている時に一瞬、鏡の中に何かの姿が映ったので覗くと物凄い強そうな魔人の姿が映っていた。
驚いて鏡を落としそうになったがその驚いた表情を魔人がしていた。
もう一度鏡を覗き、試しに僕が右目を閉じてみた。すると鏡の魔人も閉じる。右手で右の頬っぺたを触ると魔人も触る。
「これが僕か」と理解した。この魔人みたいな姿が魔王でどうやら僕は魔王になってしまったらしい。
「頬っぺたが何かなってしまいましたか?だ、大丈夫ですか?」
と顔が白くなってしまっている巨人が心配そうに声をかけてきた。
「あ、大丈夫だよ。ありがとうね」
「いえ。魔王様が大丈夫であれば私は大丈夫です。今日はこのあとまたどこかへ行かれるのですか?」
「この場所からどこかへ行けるのかな?」
「よく分かりませんが魔王様はいつも次元の渦みたいものでどこかへ行ってらっしゃいますので」
「次元の渦?」
「はい。いつも魔王様がやられているやつですが・・」
と巨人が戸惑っていたのでここは合わせておく必要があった。
「そうだな。今日もいつも行ってるところへ渦で行こうかな」
「分かりました。またご用があれば呼んでください」
と巨人は離れていった。顔色は戻っていた。
それっぽく応えてはみたがここがどこで渦というのは何かもわからなかった。
手に持っているこの魔法の鏡っぽいやつに問いかけてみる。
「鏡よ鏡。ここはどこなんだ」
「ここは魔王の洞窟です」
と返答がきた。本当に魔法の鏡だと思っていなかったので驚きはしたが色々聞いてみることにした。
「僕は誰だ?」
「魔王様です」
「ということはこの洞窟は僕のものってことか?」
「そうです」
「魔王はいつも何をしている」
「給食の献立を見ています」
「献立?給食?」
「こちらです」
と魔法の鏡は給食の献立を映し出した。
この献立表は間違いなく僕の通っている学校のものだった。
「これを見てどうしているのだ」
「この学校へ行っています」
「どうやって?」
「この渦でいきます」
と魔法の鏡は黒い渦を空中に出現させた。
「これは?」
「次元の渦です。これで学校へ行けますが魔法の効力があるので時間制限があり、ある一定の時間がくるとこちらへ強制的に戻ります」
「今から行ってもいいのか?」
「魔王様が望むのであれば」
怖い気持ちがある。
この渦は得体が知れないし、この鏡も信用していいものなのか分からなかった。
でも戻りたい気持ちがあった。この姿で戻ってもどうなるかは分からないし戻っていいものかどうかも分からないが戻りたかった。
「行くよ。お願いしていい?」
「分かりました」
鏡は黒い渦を出した。
その渦に歩いて近づいていく。
「魔王様、椅子はいいのですか?」
「椅子?」
「いつも椅子と一緒に行かれるので」
「いいよ。僕はこの椅子が嫌いだから」
「そうですか」
黒い渦は正面から見ると浴槽の水を流した時に水が排水されていく渦のような形をしていた。その流れの中に手をいれるような感じ。
冷たいのか暖かいのか。極寒か灼熱か。明るいか暗いか。固い柔らかい。痛い優しい。どれかは分からない。とにかく怖かった。でも行きたかった。
渦に触れてからは一瞬だった。気づいたら教室にいた。教室のみんながざわざわしている。このピリッとした空気が嫌なのでとりあえず何か言わないとまずいと思った。
「や、やぁ」
と言うと少し間があいて
「やぁ?」
とクラス全員から声を揃えて同じで聞き返された。
「げ、元気?」
と続けるとまた少し間があいて
「元気?」
とまたクラス全員から聞き返された。
「我に供物を捧げよ」と言う言葉しか言わなかった魔王から別の言葉が出るということがどれだけ特別なことだということはその時の前田は知る由もなかった。
魔王の洞窟にある巨人の部屋。
今日は巨人がすごく嬉しそうだ。
何故か自分の部屋のカレンダーに丸をつけている。
「魔王様からありがとうという言葉をいただいた。今日は記念日だな」
とカレンダーに丸を書いて“ありがとう記念日”と記入した。
「Tシャツでも作ろうかな」
という巨人。発想が勇者のTシャツと似ていた。
勇者が【俺勇者だしTシャツ】を着てだらだらとソファでテレビを見ていると突然くしゃみをした。そのあとパッと立ち上がり剣を構えて
「噂か!?」
と身構えた。何と戦っているんだ。勇者よ。
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