第17話 とうもろこし

 勇者の家の玄関が開く。

【大丈夫でしょ。俺勇者だしTシャツ】を着た勇者の帰宅だった。

療養のために入院していて最初こそ病院に慣れなかったが後半は自分の家のように心地が良かった。

そんな心持ちだったのに家に入った途端、肩の力が抜けた。勇者はやっぱり我が家が1番落ち着くんだなと実感した。

長い入院だったが帰ってきた勇者の心は満たされていた。

“自分が幸せ者だと気づいた”そんな心持ちだった。


 入院していた時の衣類などは後回しにしてとりあえずリビングのソファーに倒れ込んだ。


「あーただいま」


と誰もいないリビングで声を出した。


「ただいまじゃないよまったく。早く着ろよ」


とどこからか声がした。

勇者はパッと起き上がり剣を持ち声が聞こえてきた2階へ上がる。


「早く来いよ。ここ、ここだよ」


と声のする方へ向かうと鎧が入っているクローゼットだった。

開けると中には鎧が入っている。それ以外何も変わりはない。


「だから早く着ろって」


と鎧から声がする。


「え、もしかして鎧が喋ってる?」


「そうだ」

と言う鎧の声を聞き鎧が喋っていると確信した勇者は飛び上がった。そのあと何やらぶつぶつと言い出した。


「うわ。これまだ治ってないな。疲れてる。もう一度病院に行こ」

とぶつぶつ言いながら勇者は1階の電話機に向かおうとしていた。


「おいおいおい。待て待て。このセカイはファンタジーなんだぞ。鎧ぐらい喋るだろ」

と鎧の言う言葉で電話機に向かうのを止め戻ってきた。


「それもそうだ。でも何故今まで黙っていた」


「喋る必要がなかったからな」


「あるだろ。あの戦いとか、この戦いの時とか」


「まぁいいだろ。ちなみに私の声は勇者であるお前と読者にしか聞こえない」


「読者?なんだそれ」


「読者は読者。それ以上でも以下でもない。まぁいいだろ。とにかくお前は私を着ろ。なんだそのセンスのないTシャツは。早く鎧を着て隠せ」


「センスなくはない。第一、俺はもう鎧に頼らないって決めたんだ」


「なんだそれ。せっかく私みたいな強力な鎧がいるのに何故頼らない。じゃあお前は魔王とどう戦う?」


「今から鍛え直してどんな状態でも戦えるようにする」


「どんな状態ってなんだ」


「半袖半ズボンビーチサンダルだよ」


「海か」


「え?」


「海かよ。なんでその格好にこだわっているんだよ」


「今まで鎧で抑圧されていたものの解放みたいなもんかな」


「やかましいわ。せめて靴は履け」


「なんで?」


「転ぶぞ」


「転んだことないから大丈夫です」


「子供か。とにかく私を着ろ」


「何回?」


「回数ではない。着ろ」

とうるさい鎧を黙らせるために勇者はしぶしぶ

鎧を装着した。


「いいじゃないか。やはりしっくりくるな」


「まぁね」


「このままでいこう」


「いや、脱ぐよ」

と勇者が脱ごうとカチャカチャしたが取れなかった。


「脱げないようにした」

と鎧が言う。


「そんなことできるのかよ。やめてくれ。俺は半袖半ズボンビーチサンダルがいいんだ」

と力づくで鎧を脱ごうとする勇者。


「そんなことはさせない」

と鎧の声にも力が入る。

少しの時間の勇者はあの手この手で頑張ったが

鎧は脱げなかった。


「なんで脱いではダメなのだ」


「半袖半ズボンビーチサンダルはダメだからだ」


「なんで?」


「そんな勇者像に変えると読者が悲しむ。勇者はカッコよくあるべきなんだ」


「なんだよ読者って。そんなに偉いのかよ」


「偉いよ。何よりも偉いよ。書いてる作者よりも偉いよ」


「作者ってなんだよ」


「まぁお前にはどうでもいいことだ。とにかく今までどおり私を着て戦え」


「拒否権は?」


「ない」

それを聞いて勇者はがくっと肩を落とした。


「戦闘の時以外は脱いでいいし、これからは魔法の力で装着するから装着スピードがかなり上がるぞ」


「そんなことできるのか。ありがたい。でもじゃあ何故今まで自力で装着させていたんだ」


「私はカチャカチャしながら必死に私自信を装着しようとしている姿を見るのが好きなんだ」


「なんだその癖。これからは手伝えよ」


「分かった」


「ちなみに鎧の顔と呼ばれる部分はどこになるんだ?」


「私たちにそういう概念はないが強いて言うなら股間の部分が顔で、足の部分が手だ。そしてお尻の部分はお前の胸あたりになるな」


「え、四つん這いしてお尻をこちらに向けている状態みたいになっているということ?」


「そうなるな」


それを聞くとそういうにしか見えなくなるのが

心理というもので勇者は鎧が四つん這いしているようにしか見えなくなった。


「これからも共に頑張ろう」

と鎧が言う。勇者は小さな声で「おー」と言いながら頭の中でどこの武器屋ならこの四つん這いの鎧を買ってくれるか考えていた。



 魔王は教室にいた。

先日の変形のことはもう忘れて許していた。怒りの感情はなかったが登場と共に担任が「前回はすいませんでした」としっかり謝罪してくれた。

今日の供物はクラスで1番真面目な宮川さんが考えたものだった

宮川さんは震えながら膝をつき、魔王に差し出した。


「魔王様。とうもろこしです。お納めください」


と震える手でとうもろこしを差し出した。

クラスの皆も当日までどんな供物を用意するかは把握しておらず。真面目な宮川さんならもしかしたら魔王が欲している供物を渡すことができるではないかと考えてはいたが現実は魔王にとうもろこしを差し出している。

震える手がとうもろこしに伝わっている。魔王は少しの間正視して見ていたがゆっくりととうもろこしを受け取った。

すごく長い時間に感じたが給食の終わりの音楽が流れ、魔王は手に持ったとうもろこし共に消えた。


 魔王は洞窟に戻った。手にはとうもろこしが握られている。


「供物じゃなくて、穀物だろ。これ」


とぼそっと魔王が言った。

声は出していないが魔王の肩が小刻みに揺れてくすくすと笑っていた。


「魔王様が揺れている。新しい振動の魔法か?」

と巨人は後ろから魔王を確認しながら尊敬の眼差しを向けていた。

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