第16話 鎧
街のはずれで魔物の大群が出たという報告があった。
勇者はそれを聞いてすぐに布団から飛び起きた。まだ夜は明けてないが勇者という称号を持つ者の宿命のようなもので悪い魔物は倒しに行かなければならないのである。
勇者はすぐに鎧が入れてあるクローゼットを開けて鎧を取り出した。
この鎧はここからものすごく遠い天使の山というところで手に入れたこの世の物ではない物で作られたとんでもない強度を持つ鎧で天使の加護まで付与されている。勇者はそれを1人で着用した。鎧を着ることはかなり難しく、1人で着ることはまず不可能だと言われていた。
勇者も最初はこの鎧を着るのに3人がかりで半日かかった。
今では慣れもあるが1人で着用し始めて30分ほどで着用することができるようになっていた。
ガチャガチャと鎧の音が部屋に響く。
準備が整い、剣を持ち、家を出ると街に放送が流れた。
「魔物の群れは退治されました。繰り返します。魔物の群れは退治されました」
今日は早く着用出来た方なのに魔物の群れの出現から約20分ほどで解決となっていた。
「あ、勇者さんじゃないですか」
と街のはずれで魔物の群れを討伐したであろう
グループに声をかけられた。
昔、勇者とグループを組んでいて共に魔王討伐を誓った者たちである。
魔法使い、格闘家、ヒーラーという名の回復専門の魔法使いがいる。
「すいません。倒しちゃいました」
と少し嫌味も混ざったような言い方で格闘家が言ってきた。
「あぁいいよ。いつもありがとうね」
と返した。
そう。“いつも”なのだ。
ここ最近魔物の討伐に間に合っていない。この鎧のせいなのか着用している間に戦闘が終わってしまっていることが多い。
先ほどのグループが強いのはもちろんある。
勇者と共にレベルを上げていたグループなので相当な強さなのだがそれにしても早すぎる。手際がいいのか。
魔物の群れからの襲撃は何日か続いた。
その度に着替えるが間に合わなかった。
急いで着替えようとして靴を履いてなかったり前後ろ反対で着たり剣ではなく傘を持ったりと散々だったので勇者は色々考え決断した。
その日の明け方。魔物の群れが出たという報告があった。勇者は着ている服はそのままで剣をとって、スリッパを履いて走って向かった。
街のはずれで魔物の群れとあのメンバーが交戦中だった。剣を片手に勇者も飛び込んでいった。
「加勢する!」
と勇者が言う。
「え、誰?」
と魔法使いが言う。戦いは激しさを増す。
「え、勇者だけど」
と魔物の攻撃を剣でいやしながら攻撃する。
「嘘でしょ。どこの新人?」
と言いながら魔法使いは呪文を詠唱して大きな魔法の球を魔物の群れに放った。
「え、本当に勇者だけど」
「そんな顔だっけ?」
「こんな顔でしょ」
「鎧着てないじゃん」
という言葉を聞いて勇者は理解した。
勇者イコール鎧である。
鎧のない勇者は誰か分からないということ。顔出ししていない芸能人みたいなもので鎧を着ていなければ誰か分からないようだ。
戦闘の後、家に帰り一眠り。その後、街に出かけることにことにした。確かめたいのだ。
勇者は寝る時以外は鎧を着ていたが今日はラフな格好で出かけた。
いつも立ち寄る店、常連の店。色々店に寄ったが皆の反応は
「いらっしゃい。はじめてだよね?」
と言う反応だった。
やはり鎧イコールらしい。なんか寂しかった。
家に帰り。何の気なしにビデオ通話で半魚人に電話した。パッと画面に半魚人が映る。
「どうした?」
と言う半魚人。
「俺のこと分かるか?」
と言う勇者。半魚人達に会いに行っている時も鎧は着ていて、電話する時も鎧は着ていたので確認してみたくなった。
「分かるよ。勇者だろ」
という半魚人。
「あ、でも電話だから誰から表示されるから俺だって分かるよな」
「いや、見なくても顔で分かるよ」
「え、」
「勇者って目が印象的だもん。いい目をしてるよね」
と半魚人が顔のパーツの話をしてくれた。
勇者はなんか嬉しくて自然と顔は綻び微笑んだ。
「なぁ。またボーリング行こうぜ」
「おう。いいよ。勇者にまたこっち来てもらわないといけないけどな」
「全然行くよ」
とそれから少しの時間の電話をした。
あの電話以降鎧をあまり着なくなった。
自信をもらった気がする。今日も戦闘に鎧を着ずに参加していた。
「鎧を着なくなったのは分かるよ。でもその格好はどうなの?」
と魔法使いは言う。
「え、なんで。楽だよ」
と言う勇者は半袖、半ズボン、ビーチサンダルという装いで剣を振るっている。
「楽だろうけど。あの鎧って特別な鎧でしょ」
「そうだけど。大丈夫でしょ。俺、勇者だし」
と言う言葉を発したあと敵からの大きな攻撃を受けて戦闘に負けた。
今は病院に入院している。
ヒーラーは調子乗っていた俺は治療したくないというので魔法での治療は断念して入院した。たしかになんか吹っ切れて調子に乗っていたのだと思う。それと同時に今までかなり鎧に頼って戦闘していたということを痛感した。
お見舞いに魔法使い達がやってきた。
珍しく白いTシャツを着ている。Tシャツには“大丈夫でしょ。俺勇者だし”と書いてあった。
「これオリジナルTシャツ。本家のあんたのもあるから」
と魔法使いはTシャツをくれた。
こんな俺を茶化してくれる仲間がいて、メールで「大丈夫か?」と心配してくれる魔物達もいて本当に最高だと思った。
その頃。勇者の部屋のクローゼットの中で鎧は喋っていた。
「なんなんだよ。どんなテイストの話だよ。
これ。勇者の野郎、青春しすぎだろ。というか着ろよ。レアだぞ。私はレアだぞ。え、着ろよ。喋れることは知らないだろうけど私を意思を持った鎧だぞ。おいおい。なんで半袖、短パンなんだよ。鎧とビーチサンダルも合うから。鎧とビーサン。試してみてー。読者のみんなも試してみてー」
とガチャガチャとうるさい鎧だ。
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