第15話 変形

 よく晴れた日。前日が大雨だったとは嘘のように晴れている。木々の葉に雨粒ついていてその

葉にカタツムリが乗っている。乾ききっていない地面には水溜りがあり子供はその水溜りを飛び越える遊びをする。雨が降った日は前日より気温は低いが湿度が高くじめじめとしている。


 魔王はじんわりと汗をかいていた。

いつものように教室に大きな禍々しい椅子と共に現れた魔王は今日も「我に供物を捧げよ」という言葉を発して黙っていた。

今日は机が用意されていた。給食用のトレイに

魔王のために給食の食事を準備しているのが見える。この流れでいくと給食の食事が食べられるようだ。そうなるともちろんフルーツポンチも付いてくる。


【今日でフルーツポンチが食べられるかもしれない】


そう思うと魔王はにやけそうになったが現実の表情は威圧感のある固い表情のままで保っていた。

しかしよく見るとほんの数ミリだけ口角が上がっていてこれは顕微鏡で研究しないと見えないレベルの口角の上がり方である。

「上がっています」

「これは口角が上がっていると言うんですか?私は認めません」

「上がっているだろ。よく見ろ」

「私は上がっていないと思います」

「なんて奴だ。お前の目は節穴か?」

「なんですと!?」

と謎の研究者の論争が今にも聞こえそうだ。

どうでもいいが。


 まず運ばれてきたのはメインの料理。コーンスープ、揚げパン、唐揚げなど。美味しそうだが頬杖をついてそれを正視する。

「どうぞ」と料理を運んできた生徒が言う。

魔王はゆっくりと動き、食事をする体制になっていく。コーンスープを一口すすり、揚げパンをひとかじりして唐揚げを1つ食した。

内心どれも美味しかったが、先ほどからこの物語の読者には伝えているが魔王には楽しみがある。

この流れでいくと今日は必ずフルーツポンチが食べれる日なのだ。

魔王はフルーツポンチを食せるというこの日をどれだけ待ったか。

フルーツポンチを食すというこの簡単なミッションにどれだけの時間を要したのか。

はじめは軽い気持ちだった。フルーツポンチって美味しそうだな食べてみよう。その程度の気持ちだった。人間のセカイに食べに行ってすぐ戻ってくる予定だった。何回も往復する予定などなかった。そして、今。ついに食すことができる。

フルーツポンチへの期待と興奮が顔に出てしまいそうなところを魔王はグッと抑えていた。


「魔王なんか怒ってないか?」

と田中が言う。たしかに顔が先ほどより少し歪んでいるように見える。

これはやはり“供物”ではなかったかもしれないという不安がよぎった。


そんな田中が勘違いしてしまうくらいに

魔王は感情を抑えていた。

そんな魔王の視界の中にトレイに載ったフルーツポンチが入った。

「いよいよだ」と魔王の興奮は最高潮に達していたが出来るだけ威厳を保ちたいので感情を外に出さないように抑えるためすごく強めに両手の握り拳を握った。

教室の皆がその魔王の心情の変化を異変と感じ取り教室の空気がピリピリしてきていた。

フルーツポンチを運んできている生徒の手も震える。それでもなんとか魔王のところまでフルーツポンチを運んで「どうぞ」と震えた声で言いすぐにその場を離れた。


魔王の目の前にフルーツポンチがある。

【我の目の前にフルーツポンチがある】

と魔王は内心爆発しそうな感情があるのを抑えながらゆっくりと食べる体制に入った。すると、目の前のフルーツポンチからウィーンという機械音がし出した。


ウィーン。ウィーン。ウィウィーン。


と目の前で小さなフルーツポンチはフルーツポンチの盛られている小さなお皿ごと変形してロボットに姿を変えた。


「トランスフォーム完了」とそのロボットは言った。


 突然、教室の中の重力が重くなった。心なしか空も真っ暗になっている気がする。先ほどまであれだけ晴れていたのに雷が鳴っている。学校全体が小刻み揺れ出した。


「これは怒っているよな?」

と田中が言った。私はうなづいた。これは絶対に怒っていた。魔王をこんなに怒らせたことはない。誰がこの供物の案を考えたのか私は思ったがその張本人は何を隠そう田中だった。



 先日のクラス会議で次の供物を考えている時。


「この間まったく予想してないものがロボットに変形するアニメを観て俺はすごく感動した。なのでその感動が供物にならないだろうか」

と田中は珍しく熱のこもった提案をした。

皆は供物を考えることが苦痛に感じ始めていたため田中がそんなに言うならとそのままその企画を通した。その結果が魔王の目の前でデザートをロボットに変形させるというものになった。

日常で生きていて死ぬということを連想させられることはほとんどないがこの場にいる全員が「今日死ぬんだ」と死を覚悟した瞬間給食終了の音楽が鳴った。その合図と共に魔王は吸い込まれていったが魔王がいなくなった数分間は誰も動けずそのあとは安堵で全員が泣き出した。そんな中、田中はずっと「ごめんなさい」とうわ言のように言っていた。



 魔王が洞窟に戻ってきたが巨人は近づけなかった。今日の魔王はダメだった。近づいたら消し飛ばされるのが想像できた。それだけ魔王は本気で魔力を練っていた。魔王が本気を出すことはないので久しぶりにこの状態を見たかもしれない。

魔王は気持ちを落ち着けようとしていた。

魔王は好戦的ではない。どちらかというと見た目の割に平和主義だった。そんな魔王も怒る時はある。魔王的にあの変形は本当に理解ができなかった。変形するくらいならフルーツポンチをひっくり返された方がマシだった。それくらい理解ができなかった。ゆっくり変形してロボットになっていく様が今でも脳内で連続再生される。その度にふつふつと怒りが湧いてくる。


そのためにはあれをするしかなかった。

そのためにはあれで落ち着くしかなかった。

意を決して魔王は魔法の鏡を握った。


「鏡よ。鏡。猫の動画を頼む」


猫がじゃれたり、子猫が飛んだり。そんな動画を観ながら魔王の気持ちはじわりとじわりと癒されていった。


「何故、変形したのだろう」


と落ち着いた頭で考えても理解できなかった。

やはりこういうことがあるから人間のセカイは面白い。魔王は次元を飛び越えて人間のセカイへやって来ているため少しの間しか滞在ができないのだがそれでもこの少しの時間でもたくさんの発見あるので本当に有意義な時間だと魔王は思っているがそれでも変形はずっと腑に落ちなかった。


そして、一応言っておくが今回猫の動画を再生していた魔法の鏡はタブレット的な端末ではない。

魔王の使い方があれなのでそう見えがちだがちゃんとした魔法道具である。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る