第10話 シェフ

 今日も供物を貰いにきた魔王。今日はクラスの様子が変だ。皆が立って壁に寄りかかり机や椅子をなくし真ん中にしっかりとしたキッチンが組み立てられていた。

そこに登場したのはどこかの一流シェフ。たぶん一流シェフ。佇まいが一流シェフ。シェフシェフ。そのシェフが料理を作っている。

それを魔王が禍々しい椅子から眺めている構図になっている。何故こうなったのか。


少し遡る。昨日の午後。クラス会議を開いていた。


「今回の議題は供物とは何かです」

と委員長が言う。


「最近は供物とは?というところをしっかり考えておらず。供物は出し物になっていました。そこで。しっかり供物というものに向き合ってちゃんと魔王に供物を捧げようではないということになりました」

と委員長は続けて言う。


「たしかにみんな最近は出し物になっていたな。

だからここは一度軌道修正だ。我々がやるべきことは出し物ではない。魔王が欲しているのは供物だ。だから我々がいくら凄いショーをやったとしても魔王は喜ばない。魔王は供物を欲しているからだ。一度出し物から離れて供物について考えよう」

と担任が言った。


「お前が言うな。お前が出し物の方に舵を切ったのだろう」という言葉はお茶と一緒に流し込んだ。


「供物ってやっぱり生贄とかなんですかね?」

と田中が言う。

その言葉で一度生贄にされたことがあるヨシツグくんがビクッと反応する。


「一度、ヨシツグくんを差し出しているだろ。でも違った。だから生贄とかではない」

と担任が答える。

ヨシツグくん粗品みたいに扱うんじゃない。


「じゃあ何なんですかね。供物って物っていう字が入るからやっぱり物なのか」

と考えている田中に声をかけた。


「食べ物なのかな。やっぱり」


「え、何でだよ」


「お供え物とかって食べ物だろ。だからやっぱり食べ物なのかな?って」


「あー。たしかに。そうかもしれないな。食べ物かもしれないな」

と担任が私たちの会話を盗み聞きしていて勝手に大きな声で会話に入ってきた。


「みんな、次はしっかりとした食べ物を魔王に渡してみよう」

と担任が全員に言った。

それに反応したクラスの他のメンバーが

「オー!!」と声をあげる。なんか反応が違う気がする。


「しっかりした食べ物と言いますと?」

と委員長が聞き返す。


「まぁ任しておけって」

と担任が言っていた結果がこれだった。


 クラスの真ん中にキッチンがあり、フランス料理会のたぶん凄いシェフが料理を作っている。


【これは出し物ではないのか!?】


という私の心のツッコミは閉じ込めておく。

でも今にもこのツッコミは飛び出して来そうなほど凶暴だ。気を抜いてはいらない。閉じ込めている私の心の檻にしがみついて

「おい、俺はいつでもツッコミを入れるぞ」

と涎を垂らしながらこちらにツッコミという牙を向けている。私は落ち着くために脳内で可愛い動物の動画を再生した。プレイリードックがプレイボーイだったらという動画にした。幾分か落ち着いたが面白くはなかった。


シェフが肉を焼いている。肉をフライパンに投入して焼いている。途中お酒のようなものをフライパンの中の肉にかけた。すると青白い炎が上がった。周りから拍手が出る。魔王は微動だにしない。


「出来ました。お肉の料理です」

とシェフが言い魔王の目の前にその食事を置いた。

私はシェフが魔王に食事を提供しているのを側から見ながら、作った料理に料理名とかはなくシンプルに食材の名前なんだと心の中で思った。


「どうぞ」

とシェフが言うと魔王はその肉を置いてあるフォークとナイフで上品に食べた。


食事をして魔王は思った。


【物凄く美味しかった】


満足してもう帰ろうかとも思ったが、魔王は気づいた。我の目的はフルーツポンチなのだと。


危なかった。危うく目標を達成してないのに帰ってしまうところだった。末恐ろしいシェフだ。


 次はオリジナルパフェを作り上げていく。

魔王の目の前でどんどんオリジナルパフェが仕上がっていく。パフェは何層になっていて、どういう食べ物が乗っているパフェになるのか見ているだけで魔王はワクワクしていた。


「お待たせしました」

とシェフがパフェを運んでくる。


「朝から昼にかけて意外と日差しが強くそよ風でもなびかないかなぁ。です」


【料理名あった。で、長い。どういう気持ちでつけたタイトル?何なの?もう何なのー】

と私は魔王とシェフを側から見て心の中でツッコミを入れた。



魔王は思った。見た目からしてもう美味い。

そしてよく見るとパフェの外観にチョコレートの文字で“美味い”と書いてある気がする。いや、

書いてあった。

魔王はパフェを一口、口に入れた。

小さい頃から仲が良くて男勝りだった女の子の友達となかなか会えなくなって久しぶりにお互いに

中学生になってから再会して。後ろから声をかけられて振り返ると可愛い女の子がいていつものあの姿を探していると

「おい何を探しているんだよ」

と言われてその可愛い女の子があの仲が良かった子だと気づく瞬間くらいの衝撃が口の中を駆け巡った。それくらい美味かった。魔王はもう帰りたかった。帰って魔法の鏡に

「もうフルーツポンチは食べなくていいかな。フルーツポンチより美味しいものに出会ってしまったかもしれないんだ」

って伝えたい。そのあとは鏡に収録されている昔のゲームを1人で夜になるまでだらだらとやっていたい気分だった。


 魔王は表情や言葉に感情をまったく出さないのでそんな気持ちになっているとは誰も気づかず

見た目的にまったくのノーリアクションの魔王を見てみんなはもうお手上げ状態であった。



 給食終了の音楽が流れた。魔王は帰り。

クラスのみんなは教室の片付けを始めた。


「え、どうする?」

と田中が言う。


「どうするって?」


「供物。あれじゃなかっただろ。でも今回のやつかなり経費かかっていると思うよ」


「まぁたしかにな」


「あれだけやってもノーリアクションだもんな。本当に何が欲しいんだろうな。あっ」


「どうした?」


「また給食食べ忘れたな」


「あーそうだったな」

と田中と顔を見合わせて笑った。

何なんだろう。この仕事が忙しくてなかなか休憩とれないな。まぁ忙しいから仕方ないな感は。





 魔王の洞窟。魔王は魔法の鏡に声をかけていた。


「魔法の鏡よ。我は今日フルーツポンチより美味いものを見つけてそれを食してしまった。だからもうフルーツポンチのことは諦めようと思う」

と半ばやり投げに魔王はベットに寝転がりながら魔法の鏡に伝えた。


「フルーツポンチの味も知らないのにそんなことを言うのをやめてください」

と魔法の鏡は強めの口調で言った。その言葉を聞いて魔王はハッとした。

我は欲している“フルーツポンチ”という食べ物の味を知らないのだ。だからこの“フルーツポンチ”より美味しいかどうかなど比較できるはずがない。魔王はなんだか目が覚めたようだった。


「魔法の鏡よ。感謝する。我はどうかしていた。我は絶対にフルーツポンチ食す。だからまた献立表を映し出してくれ」と魔王は言った。


それに返事をするように鏡はキラッと光ってみせた。

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