第8話 レッスン

 「我に供物を捧げよ」


と魔王が言う。久々に聞いたかもしれない。

禍々しい大きな椅子と共に魔王はやってきた。


 前回人間ピラミッドをやってから何日か日が空いており、私たちは油断していた。

毎日人間ピラミッドの後の出し物を考えて練習もしてスタンバイもしていた。だが、それも日を追うごとに気持ちが薄れていき私たちは普通に給食の時間に給食を食べるようになっていた。だから今も魔王が来ているのに特に何事もなく給食を食べている。


「我に供物を捧げよ」

と魔王が珍しく2回も同じことを言った。

魔王よ。私たちは無視をしているわけではなく、私たちは魔王への反応の仕方を忘れてしまったのだ。


 魔王は魔王でこの何日かは特訓をしていた。

魔王は最近自信をなくしていた。

魔王は魔界の住人となら会話ができるがそれ以外だと威圧的な態度をとったり言葉が詰まってしまうのだ。だから毎回あの学校に行っても同じセリフしか言えず毎回失敗に終わっている。魔王は前進したかった。そんなある日たまたまインターネット広告で見つけた「自信をつけたいあなたへ」という文言に引っ掛かり行ってみることにした。

一階が塾になっている小さなアパートの2階の部屋がその場所だった。インターホンを押すと小柄だが元気なおばさんが出てきた。


「どうもー。電話もらった方かな?」


「あ、そ、そうです」


「そうよね。上がって上がって」

と言い、魔王を中に通した。

いかにも一人暮らしという小さめのリビングにテーブルと座布団が置いてある。


「そこ、座って」

とテーブルの近くの座布団へ促される。魔王が座ったのを横目で見ながら台所へ行きお茶を汲んでいる。


「意外とイカつい見た目なのね。なんかやってるの?」


「魔王を少し」


「え、何?なんて言った?」


「え、あ、うん」


「そういうとこよね。どうぞ飲んでね」

とおばさんはお茶をテーブルに置き魔王の向かい側に座わった。


「で、どうしたいの?」

とおばさんが言う。


「自信をつけたいんです」

と魔王は小声答えた。


「自信ね。でもそんな声量じゃダメだよ。まずは声を大きくしないとね。どうする?レッスンしてく?」

とおばさんに言われ、魔王はうなづいた。


「そこは はい! でしょ」

とおばさんに言われた。


「はい」

と魔王は小声で答える。


「声が小さい。今の自分の精一杯で返事をして」


「・・はいっ。」


「まぁさっきよりはいいかな」


 その日からおばさんは魔王の先生になった。魔王は毎日通った。自分に自信を持ってもっとちゃんと発言できるようになりたいと思ったのだ。


「欲しいものがあるからそれを素直に伝えれるようになりたいだって?」


「そ、そうなんです」


「そんなこともちゃんと言えないのは重症だね。でも、前よりは声が出てきてると思うからいいと思うよ」


「ほ、本当ですか?よかったです」


「で、明日は来るの?」


「明日はお休みをいただいております」


「どこか行くの?」


「気持ちをちゃんと伝えにいきます」

と魔王が言うと先生はニコッと笑って。


「そうか。あんたなら大丈夫。がんばれ」

と先生は魔王の背中を叩いた。魔王は気合いが入った。


 そして、今である。

最初に登場した時の「我に供物を捧げよ」は今までより一番声が出ていたと自分でも思う。自分でも素晴らしいと思った。だが、いつもと違って周りが何も反応しない。だから2回も言ってみた。でも反応はなかった。魔王はこの場から逃げたかった。きっと何か言い方を間違えたに違いない。そうでないとこの無視されている状況は理解ができない。あれだけ感動する凄い人間ピラミッドを見せてくれた彼らが何故今日は無反応なのか。魔王は理解ができなかった。


 同じくしてクラスのみんなもこの場から離れたかった。一度無視して給食を食べ続けてしまった手前今更何か出し物もしにくい。

魔王からはかなりの威圧感を感じる。怒っているのだろうか。魔王が毎回来ることに慣れすぎて

魔王だということを忘れかけてはいた。

もし、この魔王が本気を出せばこの学校もしくはこの世界が破壊されるかもしれない。そんなことを今まで考えたことはなかったがその可能性がみんなの頭に浮かんだ。最近は【供物を用意する】から【出し物をする】に代わりその出し物メインで物事を進めていた。

いつしか考え方が魔王に見せるものではなくみんなでやりたいものに代わっていたのかもしれない。だが、もう後戻りはできない。皆、息を呑んで給食を食べ続ける。本当に味がしない。こういう時の時の流れというものは遅いものでハエが飛んでいる姿も羽が一枚一枚ゆっくり動いているように見える。



給食の終了の音楽が流れた。



魔王が帰っていく。魔王の姿が完全に消えるまでみんなで無視を続けた。魔王の姿が消えた。


「ぱぁーーーー」


と全員が息を吐いた。


「助かったか?」

と担任が言う。


「分かりません。でも気を引き締めないといけません。最近は怠惰になっていました。魔王の供物のことをもっと考えて魔王に満足してもらわないと本当に世界がなくなるかもしれませんのでみなさん頑張りましょう」

と委員長が言った。




 魔王は洞窟に帰ってきて早々に先生のところへ向かった。インターホンを鳴らす。


「はーい。あら、どうしたの?」

と先生が出てきた。


「夜分遅くにすいません。あのいいですか?」


「いいわよ」

と部屋に上がる。

そのあと今日の出来事を少し聞いてもらった。


「それはあなたの声が聞こえなかったとかではなく、タイミングだと思う」


「タ、タイミングですか?」


「そう。物事には良い時と悪い時があるからそれはたぶん悪いタイミングだったってだけよ。あなたは悪くない。頑張ってるから」

と先生に言われ、魔王はやる気が出た。


「先生。我、もっと頑張ります」


「頑張ろう」


とその夜は先生の手料理をご馳走になった。とても美味しく明日からもまた頑張ろうと思えた。



 その頃魔王の洞窟では。


「魔王様、最近いないこと多いな」

とコウモリの怪物が巨人の怪物に言う。


「レッスンに行っているらしい」


「レッスン?何の?」


「そりゃあお前。世界征服のレッスンに決まっているだろ」


「そんなのあるのか」


「あるだろ。それ以外何があるんだよ」


「そうか。さすがは魔王様だな」

と2人は顔を見合わせて笑った。


今日も平和な魔王界隈であった。

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