第5話 何のための

薄暗い洞窟の奥深く。魔王は洗面台にいた。

鏡の前で口を動かしている。何か言葉を発する練習しているようだ。何度も何度も同じ口の動きを繰り返す。


「魔王様」


と巨人の怪物が声をかけた。魔王はビクッとした。


「なんだ」


「いえ、あの私が言うことでもないのですが大丈夫ですか?」


「何がだ」


「いえ、あの先日涙を流しておられましたので」


その言葉に魔王は動揺した。たしかにあの日見た手品にハラハラしてホッとして涙していた。


「涙を流してはいない」


と魔王は強く言った。


「いや、流してましたよ」


「流してはない」


「じゃああれはなんだったのですか?」


という巨人の問いに頭をフル回転させる。


「返り血だ」


「透明な返り血ですか?」


「あ、あれは。フェアリーの血だ」


「フェアリーの血は透明なのですか?」


「そうだ」


「でもフェアリーは妖精。むやみやたらに攻撃するのはどうかと」


フェアリーは妖精で妖精はこの国を豊かにしてくれるという働きがあるので魔の者でも攻撃しないようにという暗黙のルールがある。


「鼻血だ」


「フェアリーのですか?」


「そうだ」


「フェアリーって鼻血出すんですね」


「ピーナッツを食べ過ぎたそうだ」


「フェアリーってピーナッツ食べるですね。知らなかった。さすが魔王様。ではあの日の目が濡れていたのはフェアリーの鼻血の返り血なんですね。それにしてもフェアリーの鼻血はよく飛ぶんですね」


「意外にな」


「毎回魔王様が何をしに行ってるか詳しくは知りませんがご無理をなさらないようにしてくださいね。私も何かあればお手伝いしますので」


という言葉で魔王は考えた。

巨人に手伝ってもらえば早くフルーツポンチが手に入るのではないか。

巨人に「フルーツポンチをよこせ」と言わせれば済むのではないか。

想像してみたがその言葉よりも体大きいので出現した途端に屋根を突き破り、その屋根の破片がフルーツポンチにボロボロと落ちる。そしてその後に「フルーツポンチをよこせ」と巨人が言う。恐々と渡されるフルーツポンチ。フルーツポンチの中には屋根の破片がたくさん入ってる。


「ダメだ」


「え、何がですか?」


「お前はダメだ」


「何がダメなんですか?」


「とにかくダメだ」


と言い、魔王は玉座へ戻った。

巨人は洗面台の鏡を覗き込み何がダメなのか自分を確認しながら首を傾げた。



小学校ではもはや給食の準備などせず。

机などをどかしてスペースを作り、皆が煌びやかな衣装に着替えていた。

担任が音楽を流す。“サンバ”という音楽に乗って煌びやかで激しいダンスが始まった。


担任も踊る。


校長も何故か踊る。


田中も踊る。


委員長も踊る。


委員長は踊りの才能があるのかもしれない。

委員長のキレがすごい。


「この委員長のダンス見たら魔王も満足するんじゃないかな」


と田中が言う。


「そうかもな」


と言いながら委員長を見る。

本当にキレキレだ。みんな給食の時間など忘れて踊りまくった。音楽に気を取られて給食終了の音楽にも気づかず踊った。

そして、今日はフルーツポンチがないため魔王は来なかったが魔王が来てないことにも誰も気づかずとにかく踊った。


一体何のダンスなのかは誰も分かっていないが、踊った。踊ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る