第3話 ハラハラ
本日も本日とて魔王がやってきた。
私のクラスには給食の時間になると魔王がやってくる。毎回ではないが毎回に近い頻度でやってくる。なので教室には魔王用のスペースが確保されるようになった。
魔王は魔王単体で来るわけではなく、魔王と魔王の禍々しい椅子が一緒にやってくるのだ。魔王はデカいが、椅子もかなりデカい。そのおかけで教室のスペースを圧迫する。最初の出現後、毎回登場のタイミングでバタバタとスペースを空けていたためそれが結構大変だったのでこうしてスペースを空けるようにした。
魔王が出現するスペースには赤いカラーコーンと白線で場所がとってある。
「花見?」
とよく知らない人達が私のクラスを見るたびに言ってたがたしかに場所取りにも見える。
今日も魔王がやってきた。魔王は毎回決まったように「我に供物を捧げよ」と言う。それ以外は喋らない。喋れないのか、喋らないのかそれは分からない。
「なんだこれは」と魔王は思った。
今日はある一定の数の男が腰蓑をつけて手には火がついている棒を持って軽快な太鼓のリズムで踊っている。いつもとはまるで違う。何の民族だ?私の勉強不足か?なんで踊っている。なんだこれは。
長い木の棒が出てきた。それを一人一人が体をそってくぐっていく。木の棒の位置は毎回低くなっていく。
「ハラハラする」
と魔王は思った。
こんなにハラハラするのは魔王がまだ小さい時、初めてグラスに飲み物を注いだ感覚に似ていた。
魔王の父は厳しかった。汚したりされるのを特に嫌っていて、一度床に調味料をこぼしてしまった時に父は大きなドラゴンになり火を吹いて全てを焼き払った。
そんな大袈裟な父だから父のいる前で飲み物を注ぐのはなによりもハラハラした。
その感覚をこの木の棒をくぐるのを見て思い出した。
木の棒の位置がかなり低くなる。木の棒に当たってしまうと失格なのでチャレンジできる人の人数は減っていて、残るはあと1人になってしまった。火のついた棒を持った周りのダンスと太鼓の音が一層盛り上がる。最後の1人が棒へ向かう。
魔王は無意識に手をグッと握りしめていた。
棒に近づいていく。くぐれるのか。どうなんだ。体が棒に触れそうになる。どうなんだ。これは。
給食終了の音楽が鳴った。
魔王は魔王の椅子ごと次元の歪みの中に消えていく。だが、棒くぐりは継続していた。くぐれるかくぐれなかったか分からないまま魔王は自分の世界へ帰っていく。
「あ、ちょっ・・」と言葉を残して魔王は消えた。
魔王が消えたので、木の棒くぐりをやめ。皆各々片付けを始める。
「これで良かったんでしょうか?」と私が担任に問いかける。
「分からん。でも何か儀式っぽかったから魔王も満足してるんじゃないかな」と担任が言う。
クラス会議で出た案。
「生贄がダメならとりあえず民族的なノリで儀式っぽい感じ出せば帰るんじゃないか説」
を実行したみた結果がこれだった。
まぁこれで満足して来なくなればいいのだけど。
「これどうだったんだろうな」と田中が言う。
「分からん。でも一つだけ分かることがある」
「何?」
「片付けがめんどい」
「たしかし」
と田中と喋りながら私は魔王が去り際に「ちょ」と何か名残惜しい声を出していたような気がしてならなかった。
魔王は洞窟へ戻っていた。
魔王は強大な魔力を秘めているが違う次元には長く留まることはできない。それは力が強いとか弱いとか関係なく、ある一定の時間のみ滞在できてその時間を越えると強制的に戻ってくるのだ。
「今日はどうでした?」と巨人の怪物が近寄ってきた。
「あと少しだった」
「今日はいいところまではいったんですね」
「あぁ。あと少しでくぐれそうだった」
「くぐれそう?」
「どうだったのだろう。これどこかで見逃し配信してないかな」
「見逃し配信?」
「あー。あれ。良かったなぁ」
と思い出して手を握るほど魔王はクラスのみんなが考えた木の棒をくぐる催し物を楽しんでいたようだった。
「え、魔王様?くぐるとは。くぐるとはなんですか?え、くぐる?」と巨人の怪物は普段使わない頭をフル回転して脳内でバタバタとしていた。
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