第2話 供物

暗い洞窟の奥のほんのり明かりが付いている場所で鏡の前で何かを練習している。


「フ、フル、フルーツ。フルーツポンチ。フルーツポンチ」

と言いながら口の形を鏡を見て確認している。

「すいません。魔王様」と巨人の怪物が声をかける。

魔王はその声に体をビクッとさせ、大きな禍々しい椅子に座り直した。


「なんだ?」

「そろそろ時間かと」

「そうか。ありがとう。いつもすまんな」

「いえいえ」


魔王は指で宙に何か図形を描いた。

するとたちまち次元が歪み黒い渦のような穴が目の前に現れた。

「いってくる」と魔王が言い、その渦の中へ椅子ごと消えた。


渦が消えたあと大きなコウモリが飛んできた。

「いつも何をしに行ってるんだ?」とコウモリが巨人に問いかける。

「フルーツポンチとやらを奪いに行っている」

「魔王様が直々に?」

「そうみたいだ」

「でもいまだにそのフルーツポンチとやらは手に入らないのか?」

「そうみたいだ」

「よほどの強者がいるんだな」

「そうだな」






また給食の時間に魔王が現れた。

「我に供物を捧げよ」と言うと今日も禍々しい椅子に座り込んでいる。

毎回何が目的なのか本当に分からないし、どうしていいのかも分からないが今回は準備していた。

いつ来るかは分からないが必ず来ることは分かっていたので、担任と校長も巻き込んでクラス会議を開いた。

前回の生贄作戦は失敗したため生き物を差し出せばそれが供物になるのかもしれないという解答になり、クラスで豚を飼うことにした。

そして豚さんには可哀想だが差し出してみることにしたのだ。


魔王の前に豚を差し出してみた。


「供物です。どうぞお納めください」とクラス全員でタイミングを合わせ、ひざまづいて声を合わせ言った。これもかなりの練習をした。毎日毎日魔王が来るまで練習した。幸い今回の魔王が来るまでの期間が2週間空いたためピッタリと合わせることができた。

この言葉を合わせられるかという不安と魔王への恐怖がこの練習期間中ずっとあったが今、この瞬間は「うまく言えた」「揃った」という興奮が頭の中を巡った。


魔王は大きな声で言葉を飛ばされたことに少し体をビクッとさせたが、そのあとはずっと真剣に豚を睨みつけていた。


教室には沈黙が流れていたが魔王の中は色々な考えが巡った。

「これは、豚だよな。豚?何故豚なんだ。我が豚を所望したか?豚が欲しいそぶりは出したか?え、なんか豚の匂いとかするかな。あれ?豚だよな。これ豚だよな。つぶらな瞳が可愛いなぁ。持って帰って飼おうかなぁーってなるかぁー!!豚はいらん!なんだよ豚って。え、え、えぇーー!!わからーん!」などと考えを巡らせて冷や汗をかいていた。


教室に音楽が流れた。給食の時間終了である。魔王も豚を睨みつけながら帰っていった。豚は教室に残っている。供物ではなかったようだ。



その日の夕方クラス会が開かれた。

担任が口を開く。

「供物というのは生き物ではないのかもしれない」

と誰もが思っていたことを口にした。

「では供物とは何か。これは先生にも分からないが、これは続くと思う。だからみんなには供物とは何か真剣に考えて欲しい。たぶん魔王は欲しいものを手にしたら帰るとは思う」


「でもそれって憶測ですよね」と委員長が言う。

「もし、手に入れても帰らなかったらどうするんですか?」と委員長は続けた。

「それは・・」と担任は困っている。

「危害を加えてこないとは限らないですよね。警察とかには連絡しないのですか?」と魔王が現れてからずっとみんなが疑問に思っていたことを委員長は代わりに言ってくれた。やっぱり委員長は彼女で良かったと思う。

「その件はな・・」と校長が前に出る。

「実は初めて魔王が現れた日に私はすぐに警察に報告をしている。でも警察は取り合ってくれなかったんだ。そりゃあそうだよな。魔王らしき人物が次元を超えてやってきましたという内容なんだから取り合ってくれるわけがない。この学校の中でも一度もこの状況を見に来ない職員もいて、この出来事を嘘だと思い込んでいる人もいるくらいだ」と校長は自分に落胆しているように下を向いた。

委員長はその話を聞いてどうしようもないことだと悟ったように下を向いて黙った。

“供物”この言葉に我々は悩まされていた。








魔王の洞窟では魔王は禍々しい椅子に座りぶつぶつと何か言っていた。

「魔王様。今日はどうでしたか?」と巨人の怪物が聞く。魔王はその言葉に体をビクッと揺らす。

「何もなかった。だが、今回は豚がいた」

「豚ですか?」

「豚だ。あれは間違いなく豚だ」

「何故、豚なんです?」

「そして、全員に声を揃えてどうぞお納めくださいと言われた」

「豚を?」

「豚をだ。豚はいらんよ。我の欲しいものはフルーツポンチなのに」

と魔王は言い、肩を落とした。

「トントン拍子にはいかないですね」と巨人がニヤニヤしながら言った。


沈黙が来た。魔王の目が怖かった。冗談言うんじゃなかったというくらい目が怖かった。やはり魔王。調子に乗りすぎたなと思った。もうダメだもう自分は終わりだ。そう思った。


「豚だけにトンか?そういうことか」

と魔王が言い。小さく息をハッと吐いた。たぶん笑ったのだろう。巨人は全身から一気に脱力した。魔王は顔が無表情なのでどう考えているのかまったく伝わらないのだ。魔王が沈黙しているだけで威圧感で死ぬことを連想してしまうのだ。

気づいたら目から涙が一粒流れていた。


「どうした?」と魔王が聞く。

巨人は何も言わずに首を振り笑った。

とりあえず生きていて良かったと巨人は心から思った。

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