我に供物を捧げよ
OnnanokO
第1話 登場
私の小学校では不思議なことが起こる。
稀に次元が歪んで暗黒の魔王とやらが出てくるのだ。
大きな禍々しい椅子にどっしりと座った禍々しいその姿は紛れもなく魔王だ。
最初は驚いた。皆、各々叫び声をあげて逃げ出した。
威圧感。それに見たことないものへの恐怖感。何もかも全てが怖かった。
その魔王とやらは登場してからずっと声のようなものを発していた。だが、低音すぎて何を言っているのか聞こえなかった。
「なんて言っているのですか?」
とそれだけの言葉でよかった。
それを聞けばよかったのにみんな恐怖に慄き言葉を失っていた。
「聞こえません。ちゃんと喋ってください」
とこんな状況で誰かが魔王に言った。
すごい。誰だ。あの黒髪のロングにメガネ。あれは、委員長だ。
さすがは委員長。
クラス選挙の時に彼女を選んで本当によかった。
正しいことは正しく間違っていることは間違っているという彼女の性格は本当に委員長に向いている。
魔王はさきほどの言葉を聞いて少し体がビクッとしたように見えた。
それから魔王は様々な声を出して声の音階を整え、声を発した。
「我に供物を捧げよ」
少し難しい言葉なのでこの言葉の意味の理解が遅れた。
「油断ってことかな?」
と隣の田中くんが言う。
「それは禁物かな」と私は訂正した。
「供物って?」と田中くんが聞いてきた。
「生贄とか、捧げ物とかそういうものだと思うよ」
「なんでそんなものがいるの?」
「魔王だからじゃないかなぁ。分からないよ私、魔王じゃないし」
「誰かを犠牲にして捧げないといけないってこと?それか、食べ物じゃダメかな?いっぱいあるし」と田中くんが言う。
たしかに食べ物はたくさんある。
だって、今は給食の時間だから。
今日は学校中のみんなが待ちに待ったフルーツポンチが出る日だったのにまさかこんなことになるなんて。
その日から魔王は時々給食の時間にやってくるようになった。
今日も次元が歪み大きな禍々しい椅子と共に魔王はやってきた。
毎回椅子と共にやってくることに関してはもう暗黙の了解のように触れていない。
「我に供物を捧げよ」と言っている。
この供物が何か分からないので皆いつもフリーズしてしまう。
よく分からない沈黙が流れる。魔王もこの沈黙の繋ぎで最近の話をしてくれる訳でもなく黙って椅子に偉そうに座っている。
少しして教室に音楽が流れた。この学校は給食終了の合図として音楽が流れるのだ。そして、魔王も何故か給食終了の音楽と共に帰って行く。
「今日も帰って行ったな」と田中くんが言う。
「そうだね。でもそろそろ来ないで欲しいよね。毎回あの大きな椅子も一緒に来るから教室のスペースがとられてすごく狭い思いして給食食べないといけないし、威圧感のせいで楽しく食べれないし。どうすれば
いいんだろう」
「供物を捧げればいいんじゃない?」
「だろうね。分かってるよ。供物を捧げよって言ってるんだもんね」
「次来た時さ、誰か生贄として差し出してみる?」
「え、嫌だよ」
「大丈夫でしょ」
「危害加えられたらどうするの?」
「そしたらそれはそれだよ」
「じゃあ田中くんやってよ。生贄」
「え、嫌だよ。お前の方が生贄顔だろ」
「生贄顔ってなんだよ。普通だよ。そんなこと言ったら田中くんは生贄っぽいフォルムしてるよ」
「そんなことないだろ」
「やめなよ」と喧嘩になりそうなところを生贄ヨシツグくんが止めてくれた。
何日か経って、魔王はまた現れた。
僕たちは紐で縛った生贄ヨシツグくんを差し出した。
「供物です。これでお帰りください」と言いヨシツグくんを差し出した。
魔王はヨシツグくんを見て、紐を解いた。
ヨシツグくんは凄いスピードでこちらに来た。
「なんてことをするんだ」とヨシツグくんは怒っていた。
「それどころじゃないから」と田中くんが言う。
「なんでだよ。俺危なかったんだぞ」
「それどころじゃないから」と僕もヨシツグくんに言う。
ヨシツグくんは小さな声でモウモウと言いながらぐるぐる回っている。感情の捌け口がないのだろう。ヨシツグくんには申し訳ないが紐を解いたあとの魔王の行動から目を離せなかった。
魔王はヨシツグくんの紐を解いたあと椅子に深く座り直しこちらを見ていた。
死を連想させる威圧感。これは本当に終わったと田中くんと2人で思っていた。だから余計に目が離せなかった。
音楽が鳴った。給食が終わった。そして魔王も帰って行った。
僕と田中は息をとめていたので止めていたとものを吐いた。
「やばかった」と田中くんが言う。
「たしかにやばかった」
「ヨシツグくんじゃなかった」
「ヨシツグくんではなかったね」
「苗字が生贄でもダメだね」
「これだ!と思ったんだけどね」
僕らがこの会話をしている時もヨシツグくんはモウモウいいながら歩き回っていた。
洞窟のような場所。岩だらけで溶岩が流れている。そこに禍々しい椅子と共に魔王が戻ってきた。
大きな巨人のような怪物が近寄る。
「おかえりなさいませ」と怪物が魔王に声をかける。
「素直にくださいって言えない」と魔王がポツリとため息をつきながら言う。
「フルーツポンチが食べたいのでくださいと素直に言えばいいのに。恥ずかしくて言えなくなる。こんな自分が辛い」と禍々しい見た目とは合わない足をバタバタした動きをしている。
「魔王様も言えないことがあるんですね」と先ほどの巨人が言う。
「来週かなぁ。どうかなぁ」と魔王はスマートフォンで何かを見ている。
「なんですか?」
「学校の献立だよ。WEBで見れるんだよ。あ、来週もあるな。来週がチャンスだな。フルーツポンチくださいって絶対に次は言うぞ」と言いながらスマートフォンを見ている。
「次は何を見ているのですか?」と巨人が言う。
「来週ちゃんと言えるか週間占いを見ている」
「言えそうでしたか?」
「うむ。後押しがあると書いてあるから大丈夫そうだ。よし、来週も頑張るぞ」と魔王はカレンダーに丸をつけた。
このお話はフルーツポンチが食べたい魔王がフルーツポンチをくださいと言えるようになるまでの物語だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます