第10話 プロトン山の戦、2

雄叫び、金属音、赤い砂煙に混ざる唸り声。王国騎士団と魔物の群れは激しく交戦していた。


その数は魔物が圧倒的であり、次々と奥から湧いて出ているようであるが、戦況は互角。

奮い立った騎士団はその前線の兵が果敢に目の前の魔物へ飛び掛かり、隣で仲間が無残に殺されようとも気負わず、魔物を食い止めていた。


「臆するな! 我々は誇り高き人間だ! 魔物などに恐怖することはない!」

「うおおおおおおお!」


騎士団長は鼓舞し、兵らは叫び、そして魔物へ襲い掛かる。唸り声、魔物の奇声、それらを掻き消し、迷いなき道を切り開く一筋の鼓舞はその叫びによって道となることだろう。


それほどの勢い、魔物共も次第に怖気つき始めている。これほどの数、比べようもない数を前にして構わず、諦めず斬りかかる人間の気高さに。


「イギギギギギギ……」

「!――――奴らビビってやがる! 今だ!!」

「ああ、ここがチャンスだ!!」


兵士らは魔物の引き足に気づくとさらに奮起し、その高鳴りのままに一斉に魔物へ向かっていった。


「ああああああああああああああああああああ!」


魔物らはいよいよ、恐怖に耐え切れず人間に小さい背中を見せ、なりふり構わず逃げ出した。

兵士らは逃がす気もなく、必死にそれに掴みかかると止めを刺していく。


「いける! 奴らを一匹も逃がすなぁああああああ!」


まさしく戦場は一変、圧倒的な数の魔物は豆粒ほどの人間の軍勢に負けを認めた。

この結果を兵士らは予想もつかなかっただろう、しかし今は確信をもって、魔物を仕留めにかかっている。


王国騎士団の勝利――――その戦場にいる全ての兵士、魔物もそう理解していた。


ただ皮肉にも、高まりすぎた戦意と勝利を目の前にした兵士は、最も見失ってはいけない一筋を忘れ去ってしまった。


「戻れ! 引け! 魔物の後を追うな!!」


騎士団長は青ざめて必死に叫んでいた。ただその声は彼の数列前にしか聞こえていない。


騎士団の配列は崩れていた。前線および中部分も魔物を追ってしまった。騎士団長、彼のいる後列から見えていた景色は、そのような乱れ混沌とした人間と魔物の群れ、そして――――その混ざった塊の上に漂い狙い澄まされた巨大な水の球。


「いけいけ! 魔物を逃が――――っぐあああああ!?」

「イギギャアアアアアアアアアア!!」


心無き水球は兵と魔物を目掛けて降下するとその二つを沈め、溶かし、その体をバラバラに散らし流した。

その一帯は血みどろとバラバラになった人間らと魔物どもが転がった。


「団長!」

「……っ!」


先程まであった人間の勇ましき叫びは消え失せ、それどころか沈黙だった。元あった兵のほとんどが一瞬で屍になった様を目の当たりにし、未だそのことを信じられず混乱していたからだ。


ましてやこのまま戦うとしてもあの水球に勝てる気もせず、自分たちもあのような悲惨すぎる死に方をするのか、そのような未来を受け入れられない――――ただ魔物はそうではないようだ。


立ち尽くす騎士団の前に広がる光景は、勢いづいて向かってくる山より大きく映るの魔物の群れ、そして自らと同じ魔物がたった今生贄にされて、自分らもそのような結末を迎えるかもしれないのに恐れることなく、むしろ気迫に満ちて襲い掛かろうとする未知の存在だった。


「……逃げるしかないだろ、逃げるしかないだろ!」

「うわぁあああああああああああああ!」

「待て!」

「あんなのに勝てるわけねえよぉおお!」


残りの兵は騎士団長に構わず、自らの生存のために目の前にいる人間を押し倒し、転んだ頭を踏み、我先と逃げていく。


「逃げたところで船などない! この大陸からは出られないのだ! 我々は戦うしかない! 待つんだ!」


もはや真実など関係ない。自分が生き残るためには幻想に縋ってでも、今すぐの死から逃れるためにはそうするしかない。


しかしそれでも団長は叫び、迫りくる魔物に逃げることなく叫ぶ。そこには間違いなく騎士としての誇りと国を守る責任があった。


「――――! ここまでか」


残った彼一人の影を浮かぶ水球が覆っていた。

すぐそこまで来ている魔物の群れ、頭上に漂う水球、彼は自身の運命と王国の終焉を受け入れ、剣の刃を自分の首へあてた。


「無様に魔物に喰われるのなら、自らこの命を絶つ。そうすることでしか、我々は魔物に、精神的になら勝る……」


その手に一切の震え無く、心は静寂だった。辺りの煩わしいものが聞こえることなく、透き通った無音に心を置いていた――――彼は微かにあった。勇敢なる声を逃さなかった。


遠くにあるその声に気づくと、頭上にあった水球は掠れ消え、魔物の群れの注意もその後方へ向き、進み始めていた。


「遅い、遅すぎだ、勇者……ん?」

「団長、勇者様からの伝言を。魔物の群れはその長によって強化をかけられているようで、前線ほど強化の強度が大きいと」

「そうだったのか。それはいい情報だ。これなら――――」

「はい、ところで兵は?」

「今から呼び集めるところだ、お前も手伝え」

「は、はい」


騎士団長と伝令は再び兵を集めようと走り出した。


一方で勇者は――――敵の長、魔術を扱う、長身のスライムと対峙していた。


「不意打ちで仕留めるつもりが、水球を止めるので精一杯だった……それにしても大きい、だいたい僕が10人分くらい、まるで塔だ」

「ヌルヌルヌル……」

「勇者様、こちらは任してください!」


勇者と9人の騎士。その周りを取り囲もうとしている魔物の群れ。

長身のスライムは割れた頭を繋ぎながら勇者を見下ろしていた。

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