第11話 プロトン山の戦い、3

――――慌て逃げゆく兵士たちを魔物は追って笑い、平原は砂埃と血みどろに色を変え、隣りの川は人と魔物の死体に生臭く濁っていた。

 そのように惨状へ変わりゆく戦の中、僕は魔物の長を討つため、その背後を狙って川辺を進んでいた。作戦のためとはいえ、兵士たちが殺されていくのに何もできないのが悔しい。


 空を漂う水球は小さな雨粒から次第に膨張していく。あれが太陽よりも大きくなったとき、水球は兵士たちへ目掛けて落下、波となって襲い掛かり、瞬く間に命を奪っていく。

 すでに一発、兵士たちへ命中し、ほとんどは戦意喪失して逃げ出している。このままでは僕らは負けてしまう。そうなれば魔物の支配が大陸の半分を超え、人間はさらに――――、


 「なんだ、あれ?」

 「嘘だろ?」


 一人の騎士が空へ指差した。あるのはさっきから目標にしていた膨張していく水球だけ――――じゃない、水色の塔? 水球の下にはうねうねする水色の塔があった。明らかに人の建造物でもないし、自然の産物でもない。なんだあれは。


 「勇者様、急ぎましょう」

 「あ、そうだ、あれがなんであっても僕らは戦うしかないんだ」

 「そ、そうだよな……」

 「大丈夫、僕がいますから」

 「勇者様……」


 とは言ったものの、あの魔塔の上まで行かないと水球を止めれないなんてだったら、余裕はまったくない。そもそも僕は勇者としての力が――――いや、弱気になるな。僕がやらなければ誰がやるんだ。


 そのまま僕は魔塔へ接近していく。だんだんと魔物の軍勢が増えてきたが、見つからないように慎重に進んでいった。あくまで今の作戦は水球の主、魔物の長を仕留めること、暗殺といえば聞きが悪いが、もはやこだわってはいられない状況だ。

 一度横の向こうに見えた水球を通り過ぎ、川辺から平に上がって追って行く。プロトン山――魔物がこちら側へ出入りする山の入り口――のほうからは少なからず今も魔物を見かける。あの程度なら山を通って川の向こうへ渡れるかもしれない。けれどそうやって悪の王を倒したとして、もうここには僕以外の人間はいなくなっている。それじゃ意味がない。

 僕はその反対の魔塔を見上げ、改めて決意を固めた――――そこに苦しむ人々が居るのに放っておくのなんて正義じゃない。

 僕は騎士たちと共に魔塔へ走っていった。



 魔塔の周りを囲っていた大量の魔物、そのほとんどはゴブリンなどの近接タイプだったのか――――僕達はその後方のだいぶ近いところまで来た。

 一刻も早く水球を止めなければならない。だからこのまま攻めてかかるしかないけど――――どうやって倒せばいいのだろうか。

 そもそも魔塔をのぼる方法、入り口や梯子があるのか。無かったらのぼれないから、遠距離攻撃、でも僕の火の玉ではとても届かない。どうやって僕はあの水球を、あの凶悪な魔術を――――、


 「ゆ、勇者様、目が! 眼球が!!」

 「魔物にやられたんですか!?」

 「違います! ま、まものです!!」

 「魔物??」


 突然動揺して、しかも彼が指差しているのは魔塔。何か妖術にかけられたのか。ならその魔物はどこに――――と見回すが、辺りには魔物はいない。それにまだ彼は魔塔のほうを――――眼球!? 


 「あれは塔じゃない!?」

 「信じられないですが、あれは――――魔物のようです……」


 近づいてきたけどまだわずかに遠い、なのにあまりにも高い。さっきは塔だと思った。だから塔の高さだ、けれどあれには眼球がある。水色のうねる塔の上方には巨大な眼球が泳いでいる。しかもそれだけじゃなく、側面からは同じくらい長い手をぶら下げている。

 水色、うねり、眼球、ぶら下がった手。特徴からしてあれは――――スライムだ、とてつもなく長身のスライムだ。

 

 「あんな大きさの魔物、嘘だろ……」

 「勝てるのか、俺たちは?」


 騎士たちも動揺している。僕も同じだ。色々な魔物を見てきたが、あんな化け物は初めてだ。信じられない。あんなスライムは、下にいるゴブリンよりも大きいくらいだ、あの眼球だけで。今も泳いでいるあれだけで。

 だけど恐れていてはそれこそ負けてしまう。僕は巨大な眼球を睨みつけ、覚悟を――――――――ギョロリ。眼球と目が合った――――離せない、目を逸らしたらそれこそ、認識される、襲い掛かってくる――――でも怖くない。怖くない。僕は勇者だ。そうだ。


 「勇者様! 魔物の軍勢が向かって来ます!!」

 「そうですね。魔物がこちらに気づいてる」

 「逃げましょう! 一旦逃げて――――」

 「僕がここにやってきたのは魔物からこの地を救うためだ。その使命を僕は持っている。ここで逃げるわけにはいかない!!」

 「勇者様!!?」


 剣を抜き、僕は駆け出した。荒々しく向かってくる何十匹のゴブリンを恐れず、合わせるだけで身も心も凍る眼球に睨まれながら。

 無謀かもしれない。勝てないかもしれない。ただそんな理由じゃ僕は逃げられない、魔物が目の前にいるのなら、僕はその光の力と勇気をもって、蹴散らさなければならない。


 「ウギャアアアアアアアアア!」

 「!!」

 

 激しく襲い掛かってくるゴブリン共を、真っ向から切り刻んでいく。固まった気持ちはその刃に眩き光を纏わせ、次々とゴブリンを真っ二つにしていった。


 僕の目の前は今、ゴブリンまみれでそれ以外見えない。どれほど剣を突き刺し、その首を払い殺しても、またゴブリンで見えなくなる。前の分からないこれは、永遠の暗闇かもしれない。ただ僕は前を向いているから暗闇の中にいる。ならきっとこれは正しい――――もしもその恐れが魔物ならば、同じくして僕は蹴散らしていくだけだ。


 「はぁ……はぁ……」


 ゴブリン共は怖がっているのか、ゆっくりと後ずさりしている。ただそんなことを今更しても僕はもう止まらない!!


 「勇者様! 加勢します!」


 逃げ往くゴブリン共をその背後を突き刺していく。そうしてあのスライムまで道を切り開いていく。邪魔ならば全て倒していく。

 騎士たちも後ろから手を貸してくれている。ゴブリン共は互いにぶつかりあって転げたり、逃げられなくなっている、そこを僕らは協力して倒していく。


 「大分開けてきた。やっと辿り着いた……はぁ――――このまま仕留める!!」

 「わかりました!!」


 ゴブリン共の死体の道、その奥に聳える長身のスライム。僕らは勢いそのままに飛び込んでいく。

 あの眼球が、先程よりも大きいあれが、強く威嚇してきているが関係ない――――今からその目玉を潰すだけだ――――目玉に何か青いのが纏って!?


 「ゴブリンが、なぜ?」

 「さっきまで逃げてたのに、また襲ってきます!」


 今まで恐れおののいていたゴブリン共が嘘みたいに興奮して、それどころか初めよりも狂暴になって飛び掛かってきた。

 余りの気迫に一瞬、驚いた――――けれど今の僕達はそれでも戦うのをやめることはない。来るのならば斬り倒していく!


 一匹、また一匹。懲りずにやってくるゴブリンを瞬きの隙間を斬るように、休みなく蹴散らしていく。腕が張り裂けそうでも僕は剣を振り続ける。


 「皆、勇者様を囲え、円形に陣を取れ!」

 「はぁ……はぁ……」

 「大丈夫ですか、勇者様」

 「だ、大丈夫です。僕は一人でも……」

 「いえ、この数では危険です。それにゴブリンは勢い増してます」


 ああ、ここぞのときに体力が足りない。確かにゴブリン共は全然違う、気迫だけじゃない、単純に皮膚が硬くなってるし、力も強くなっている。


 「妖術? 長身のスライムの妖術ですか?」

 「そうかもしれないです。勇者様、あの目を見てください」


 そうだ。色が変わっている。遠くにいたときは、恐らくゴブリンが逃げ出すまでは、普通の眼球だった。今は青い粒子を纏っている。それからゴブリンが狂暴になった気がする――――って、あれ、水球が消えている。どこにも放ってはいなかったはず。


 「もしかして術は同時には使えない?」

 「そのようですね。今も目が青くなったまま、水球が出てくる様子はないです」

 「そうか。わかりました、とりあえず――――」


 僕は息を整え、金色の粒々を両手に。回復の術を周りの騎士へ使った。僕を守ってくれた中で彼らはかなり傷を負っていた。それにここからが本番だからだ。



―――あとがき―――

えー前回の内容と矛盾しているところ多いかもしれないですが、久々に書きすぎて内容ぶっ飛んだので大目に見てくれると助かります。

伝令が騎士団長まで行くくだりは、描写されてないだけで実は伝令がいて、戦場の外から何らかの魔法で、、なんか無理あるな。ともかく伝令は激しい戦場から命からがら抜け出して、騎士団長まで行ったという事にするしかない。


結構、アドリブで文書くタイプなのでこういうところがあるんですが、なるべく気を付けていきたい。今回の場合は修復不可能に近かった。そもそも兵士散り散りになったら集めるの不可能だし、でも集めるしかないし、伝令が矛盾過ぎる。

あとは情報収集とか、魔物とはいえ、どんな敵がいるのか、騎士団は知っているべきなのに、なぜ知らないのかとか。


まぁそういうツッコミどころは在るのですが、優しくツッコんでくれれば有難いです。

後それ以外にも隠れた描写があるので、読解楽しんでいただけたら嬉しいです。またそこで矛盾してる可能性もありますが、たぶん大丈夫です。たぶん。

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