第7話 揺るぎない正義

高原の風が体中にできた傷口に染みる。でもそれ以上に何もできなかった自分に胸が痛む。そうしているうちに僕はアスタ町の門に着いていた。


門の兵士たちは何とも言えない悲しい顔で俯いている。

僕の後ろには誰もいない。鉱山で働く彼らの家族や友人は誰一人救えなかった。

もっと早く僕が鉱山に、この町に、この大陸にやってこれたら……悔しい。

彼らの気持ちを考えると言葉が詰まる。だけど何があったのかを言わなくてはならない。

それこそが僕の責任なのだから。

「鉱山にいた魔物は追い払いました。でもそこにいた人は――――」

「そうなのですか! 鉱山からはまた鉱石が採れるようになったのですか!」

目の前の兵士が活き活きとした声でそう言うと、兵士の一人が門を潜って町長の家へ慌ただしく走っていった。

「これで町は救われます! さぁ、このことを町長へ伝えてください」

僕に微笑んでいるその顔はやや強張っていた。僕のことを気遣っているのだろう。

一番辛いのは彼らなのに僕は何をやっているんだ。こういうときだからこそ僕は強くあらなければならない。



僕は胸を張り、町長の家まで進んでいった――――この戦いの勝利を知らしめるべく、町に希望を与えるために。



「ようやっと町が……」

窓の奥に映る巨大な山脈、プロトン大岩を眺めながら町長はしだいに感極まっていた。

でも僕はどうしても胸が締め付けられてしまう。

僕は奴に負け、見逃された。その結果、大岩は取り戻せた――――ただそれは全て奴の気分だ。奴の気分だけで町は救われただけ。

この事実がいや、その邪悪を倒せない自分の弱さが悔しくて悔しくて辛い。


「さすが勇者様。あの忌々しき魔物を倒してくださったのですね」

町長はすでに兵士から知らせを聞いていたようだ。僕に気づくと、にこやかにそのように仰った。

「いえ、追い払っただけです。もう鉱山に住み着くことはないと思いますが」

「どっちでも同じですよ。これでようやっと町に活気が戻ります。なんとお礼を申し上げていいのやら……そうだ、あれを持ってまいれ」

忙しない足音が部屋の外で響く。

すぐに一人の兵士が入ってきて、豪華な装飾のされた小箱を僕の前に置いた。

「お礼です。受け取ってください」

僕はお礼を貰うほどのことをしていない。だから受け取れないと口を開こうとしたが、町長は優しく首を振った。

だから僕はその誠意に甘えることにして、小箱を大事に開いた。

「これは……」

紅く輝く宝石が埋められた金の指輪。とても高そうだ。

こんな高価なもの僕にはもったいなさすぎる。

「おや、勘違いしておられるようだ。これはただの装飾品ではなく、魔法器の一つなのだ。一度だけではあるが、その指輪を犠牲にどんな傷も癒す効果があると聞いた」

「どんな傷も癒す……」

「ええ、これからの旅はさらに過酷になるかもしれませぬ。どうぞ、受け取ってくだされ」

魔法器は魔法の力を宿した道具で、作ることはできないという。

だからこの装飾以上にかなり高価なものだ。これ一つで城を建てられるくらい。

そのような大事な物を僕に――――。

「ありがたく頂きます」

きっとこの指輪があれば町に危機が訪れたとき、救ってくれるだろう。それなのに町長は僕に渡した。僕を信じてくれているからだ。

だからこそ僕はこの指輪を使わなくてもいいくらい強くなる。そして――――魔王を倒す。

その決意を込め、僕は紅い指輪を受け取った。



それからしばらくして僕は町を後にした。

敬礼する兵士たちの道を僕は一歩一歩踏みしめ町を出て行ったとき、たくさんの人が笑顔で見送ってくれたけど、一方でやはり亡くなった人を悲しむ涙はあった。

「この町が作る武器が魔物らを撃滅する」

町長が一連の出来事を人々へ話したとき、そのように仰って落ち込む人々を励まし、強く魔物に立ち向かう力を示した。

それでもすぐに受け入れられるものではないだろう。


ただ僕は悲しんではいられない。

ここで戦う人々のためにも、どこかで救いを待つ人々のためにも立ち止まるわけにはいかない。

魔王を倒すその日まで――――――――僕は戦う。


ここで助けられなかった人々、奴を倒せなかったこと、その邪悪。

ここでできなかったことをもう繰り返さない。僕はもっと強くなる。


揺るぎない正義を掲げ、僕は町を出ていった――――。

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