第5話 プロトン大岩

町長はソファへ腰を掛け、杖を置くと、深刻な顔をした。

やはりこの町で起こっている事件の被害は甚大なようだ。

「あ、どうぞ、座ってください。勇者様」

「失礼します」

広い部屋の中にいた兵士たちが外へ出ていった。

個々の兵士もそうだが、顔色が少し悪かったな。

このままでは兵は持たない、町が魔物たちから被害を受けかねない。すぐに事件を解決しなければ危ない。

「――町長、町では今、何が起きているのですか?」

「……あれを見てください」

町長は窓の向こうに見える、聳え立つ砂色の岩肌の山を指さした。

「あれは山のようですが、プロトン大岩という巨大な岩なのです。うちの町は、すでにわかっているかもしれませんが、金属の加工で成り立っていまして、その材料である鉱石は、あの岩の中にある採掘場から集めているのです。しかしここ最近、鉱石が採れていないんですよ……」

町の若者が言っていた通り、プロトン大岩から鉱石が入手できなくなっている。ただそれだけでなく、採掘場に入っていった住人が戻ってこないとも言っていた。

「町長、採掘場に何かあるということですか?」

「…………わかりません。兵士を採掘場へ派遣したくても、人数が足りないもので、最近は魔物が多くなってきましたから」

「――わかりました。僕が採掘場へ行ってきましょう」

「ほ、ほんとですか勇者様!」

「ええ、困っている人々を無視はできません」

魔物が絡んでいる可能性がある。兵士にも余裕がない。

ここは僕が行くしかない。

「お願いします、勇者様! 再びこの町を救ってください。お願いします!」

町長は手を合わせながら僕へ願った。

艶のある木の机の上に置かれた金色に輝くティーセットは僕を映していた。


――僕はプロトン大岩を目指し、アスタの町から高原を北へ進んだ。


「これが採掘場の入り口だろうか?」

高い壁のように見える岩の麓に着き、開かれたままの扉が一つだけ岩肌にあった。

扉の足元には数本のつるはしが散らばっており、前には墨色の石が積まれた荷台がある。

だが人は一人もいない。それに静かだ。

嫌な予感がする。

鉱石が採れていないわけではなく、鉱石を運ぶ人が、採掘師がいなくなっている。それが事件の原因だった。

そして行方不明になった採掘師はどこにいるのか。その答えがこの先にあると、僕の直感がそう言っている。

「……行こう」


剣を抜き、僕は採掘場へ入った。


中はこの前の洞窟とは違い、壁に松明が付けられているため明るい。

温かみを感じるような木の色の地面と壁だが、少し肌寒い。音もよく響く。

黒、赤、緑色の岩肌がいくらかあったが、魔物はいても、人の姿はなかった。

「ツルハシはよく落ちているみたいだ」

異様だ。

これではまるで、ここにいた人だけが消えたみたいだ。

ここにいる魔物も、そのあとに住み着いたという感じに思える。

「……奥まで行くしかないか」


坑道を進んでいく。


階段もいくつ降りただろう。かなり深いところまで来た。

辺りの松明の数も少なくなっている。ここら辺が最近まで掘り進めていたところだろう。

つまり最下層も近い。

枝分かれする道も多く、足元もでこぼこしているけど、魔物はほとんどいない。

やっぱり魔物は地上から入り込んでいたということだ。

「いない」

注意するべきなのが道だけなのは少し楽になっている。

ただまだ一人も見かけていない。ここまでいないとなると、坑道にはいないとしか思えない。

でもツルハシはここら辺のほうがよく落ちている。

一体何があったのだろうか。

「……また分かれ道――――――――!!」

足が止まった。いや、止められた。

右の道から凄まじい気配がする。体中を刺す何かが纏わりついているみたいだ。

道の先は明らかに暗い。真っ暗だ。

「っく!」

動け、震えるな。

この先にいる。絶対にいる。

恐れることはない。ここで逃げるわけにはいかない。

「……よし」

深呼吸を一つ。落ち着け、恐れるな。

剣と盾を強く握りしめ、僕は音を立てないように進んでいく。

「なんだ?」

硬いものを叩く、高い音が奥から響いてくる。まるでピッケルが鉱石にぶつかって鳴る音のような――!?


僕はすぐに走り出した。

急いで走った。

ここに人がいるのかもしれない。

その希望の光が暗闇の中にあると信じて走った。

「ん?」

何かが足を触った。その感覚とともに粘つく何かに足を引っ張った。

「……?」

暗い自分の足元に灯した松明を近づける。

何だろう?


―――――それは黒く粘つく液体と切断された人の胴体だった。


人の死体。それもすでに形がない。

なんなんだこれは。

信じられない。こんなことがあるのか。そんな――――なんだこの音は?

さっきまでの尖った音以外に、何かの気持ちの悪い音が混ざっている。

「……」

息を呑み、揺らぐ灯をその音の方向へそっと投げた。

「鉱石?」

青色。岩みたいだ。それに大きい。

でもなんか動いている。上のほうが上下に。


――――違う、これは鉱石なんかじゃない! 魔物だ!


「ハァ……?」

その顔が振り向いて僕を睨んだ。

牛とは比べ物にならない大きさの角と巨大な一つ目。青く岩のような肌。

鋭利な歯と牙には赤い液体、血が付いている。

「ダレダァ……?」

魔物が腰を上げた。人の形で、身長は2.3mくらいだ。

その右手は血塗れの大きな刃が付いている。刃そのものが右手になっている。

もう片方の手には――――嚙み千切られた人間の腕があった。

「アア……この辺にしておくか」

刃の魔物は手に持ったその腕を放り投げた。

転がった腕の周りには、無残な姿になった死体があった。

「喰った……のか?」

刃の魔物の背後に死体の山が見える。

どれももはや人の形をしていない。

「ああ、腹の足しにはなった。だが少し硬い。今度は柔らかい肉が食えそうだ――!」

「!?」

刃の魔物はその巨大な刃を僕に目掛けて振り下ろしてきた。

まずい、避けられない――盾で防御するしかない!

「うっ!」

重い一撃。

僕は大きく吹き飛ばされ、体中血まみれになった。

「刃こぼれしたか」

刃の魔物はその刀身をまじまじと見ている。

今の攻撃、かなり速い。しかも予備動作が無かった。

死体に気を取られていたとはいえ、ありえない挙動だった。

「まぁいいか。研ぐ必要は無さそうだ」

ギラリとした一つ目が僕を睨んでいる。

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