第2話 闇目の魔物

三種の神器、すべて集めることでどんな魔物でも封印できるとされる神の残した器具。

このプロトン大陸を支配しようとしている悪しき王を撃破するのに必要な武器だ。

実際に古の勇者はそれらを用いて、魔王を封印したという。

「ここか」

ビギン村の東、平原を歩いていくと小さな穴、洞窟の入り口があった。

ゴブリンたちから村を救ってくれたことで、僕を勇者だと見抜き、村長がこの場所を教えてくれた。ここに古の勇者が残した神器があるらしい。

風が吹き込んで、洞窟は静かに鳴いた。結構深いかもしれない。

魔物の気配もいくつかする。

「だが、恐れることはない」

これは試練だ。僕の信念を試している。

今更魔物や暗闇などに怖気づくわけにはいかない。

松明に火をつけ、僕は洞窟の中へ入っていった。


――「キィィィィィイイイイイイイイ……」


魔物の鳴き声が辺りから響き渡ってくる。

暗闇で近くしか見えず、肌寒く体力も奪われやすく、狭く入り組んだ洞窟の中だからこそ、慎重に進まなければならない。

気を抜けば魔物どもの餌食だ。

「コト……コト…コト……」

前方からなにかが近づいてくる。とてもゆっくりだ。

僕は剣を握り、松明を消し、物陰に隠れ、目を凝らした。

暗闇でも光の術で松明の出していた光を留めることができる。わずかな時間だが。

「ゴトォ……ゴト…ゴト……」

なんだあの魔物は。見たことがない。

全身真っ黒、身長は1.75mくらいか。卵型の頭と太い両腕、手がかなり大きく、だが足はない。伸びた下半身が地面について、地面から生えているようにも見えるが、ヌルヌルと少しずつ移動している。

一体だけのようだが、得体の知らない魔物と戦うのは危険だ。

ここは過ぎ去るのを待とう。

「ゴトォ……ゴト…ゴト……ゴトォ……ゴト…ゴト……」

遠ざかった黒い背中が見える。

よし。もう大丈夫だろう。

僕は物陰から出て、ゆっくりと歩き出した。

「ゴトォ……ゴ――ゴト!」

何だこの音は。僕は後ろを振り向いた。

「……」

虚ろな目が、闇の底が知れない目が、静かに僕を覗いていた――気付かれた。

僕はすぐに剣を構えようとしたが――体がなぜか震えて動かない。

「ゴトォ……ゴト…ゴト……」

こうしている間にもあの、闇目の魔物はこちらへ忍び寄ってきている。

なぜ体が動かない。術の一種なのか。

「ゴトォ……ゴト…ゴト……」

喰われる。飲み込まれる。

闇目の魔物はもうかなり近い――もうここまでか。

死を覚悟して、僕は目を閉じた。

「ゴトォ……ゴト…ゴト…………」

音が通り過ぎ、遠ざかっていく。

僕が目を開くと、闇目の魔物は道の先へゆっくりと進んでいっていた。

一体何が起こっているんだ。

困惑しつつも、僕は息をひそめ、道の先へ慎重に歩きだした。


洞窟の構造は深いが、それほど複雑ではなさそうだ。分かれ道が少ない。


ただその分、魔物をよく見かける。

小さい鳥型の魔物、腐った皮膚を持つ人型の魔物、曲がった剣を持った曲がった骨の魔物。

だいたいはこの三つだった。

闇目の魔物は希少種だろうか。

「ゴトォ……ゴト…ゴト……」

またあの足音だ。近づいてきている。

どこか隠れる場所は――ない。引き返すしかないか。

いや、何かおかしい。

「ゴトゴト…ゴトゴト…ゴトゴト…」

速い、音が早くなっている――引き返しても追いつかれる。

逃げ場がない。どうする。

「ゴトゴト…ゴトゴト…ゴトゴト…」

「迷っている暇はない。もう方法は一つ」

闇目の魔物と真っ向勝負するしかない。松明を投げ捨て、僕は剣と盾を構えた。

幸いにも周りは広く、十分に戦える場所だ。

「――!」

あの目が僕を覗いている。完全に僕を認識している。

変わらず底の見えない闇の目であるが、もう怖くはない。僕はもう迷っていない。

あの魔物を倒す。そう決めた。

「ゴトゴトゴトゴト!!!」

なんて速さだ。急速に真っすぐこちらへ向かってくる。さっき見た動きが嘘みたいだ。

迫りくる底なしに僕はすぐにその軌道を避けた。

そうして一安心した途端だった――闇目の魔物は急激な方向転換をし、こちらへ突進してきた。上半身はその反動でグラグラと揺れているが、足元は地面に吸着したままで、ブレずにこちらへ向かってきた。

「逃げても無駄という事か。こうなれば一騎打ちしかない。」

剣を両手に持ち、構えた。

向かい来る闇目の魔物、上半身を整え、腕を大きく振り上げた。

「――!!」

腕が伸びた。闇目の魔物の腕が伸びて、僕の間合いの少し外から振り落とされた。

しかも手のひらが広がっている。迫りくる手が僕を覆っている。

たがその分、薄くなっているはず。斬りやすいはずだ。

僕は剣を合わせて振った――が、硬い。重い。振り切れない。

「っ――!」

踏みつぶそうとする巨大な手に僕は剣で堪えるしかない。

紙切れのように薄くなっていて、この硬さ。予想外だった。

「ゴト――!」

魔物の鳴き声とともに横から風切り音が――もう片方の巨大な手が横から迫ってきている。まずい、避けられない。

「ぐっは!」

大きく飛ばされ、壁に激突した。痛い。かなりのダメージだ。

魔物はなぜか虚ろだ。その隙に僕は光術を読んだ。

黄金色の光の粒粒が傷を癒していった。

「ゴトゴト!」

一体何なんだ。闇目の魔物は松明のほうへ、素早く移動し始めた。僕を見失っているのか。

松明の近くまで行くとその手で明かりを粉砕した。

ゆえに辺りは真っ暗になった。何も見えない。

「ゴトゴト……」

ゆっくりとした音が辺りに鳴り響いている。まばらで乱雑だ。こちらへ来たり遠ざかったり、あっちへ行ったり、こっちへ戻って来たり。やはり僕を見失っているのか。

だがこれでは僕も魔物の姿がわからない。

僕は木の棒と取り出し、火の術で燃やした。周囲が明かりで照らされる。

「ゴト……ゴト――!」

「!?」

足音が止んだ。魔物に気づかれたのか。

僕は松明を投げ捨て、剣と盾を構えた。

「コロンコロン……」

「ゴトゴト!!」

魔物は僕の前を通り過ぎ、松明のほうへ直進した。

そして僕が見たのは、また松明を粉砕する魔物の後ろ姿だった、その頭部は骨が透けていた。腕を伸ばす分、頭部の皮膚が薄くなっているのか。

「ゴトゴト……ゴトゴト……」

再び暗闇となり、魔物は同じくして徘徊する。

今の行動、まったく僕に興味を示すことはなかった。それどころか、認識されていたのかもわからない。

ただそれこそがあの魔物、闇目の魔物の特性だろう。明かりを見つければ真っ先に見つけようとする習性だ。脳無しだ。

だったらもう僕のすることは決まっている。僕は松明に火をつけ、遠くへ投げ捨てた。

「ゴトゴトゴト!」

闇目の魔物はすぐに突進、その手を大きく伸ばした――その瞬間、僕は剣を構えてその後頭部へ飛び掛かり、大きく剣を振り落とした。

「ゴッゴゴ……」

魔物の頭は真っ二つに割れていき、上半身が裂け、体液一つ流さずに魔物は地面へ倒れて微動だにしなくなった。倒したみたいだ。

「……」

改めて見ると、まったく知らない魔物だ。

骨の形状も伸び縮みする皮膚も目を疑う。

この、プロトン大陸にはこのような魔物がまだいるかもしれない。

「気を付けなければ」

続けて僕は洞窟を進んでいく。



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