第1話 病を癒す力
僕は遠き大陸から、このプロトン大陸にいる悪しき王を倒すためにやってきた勇者だ。
今、平原の丘を歩いている。かなり勾配があるが、もう少しの辛抱だ。
ここはライト都の南側、ビギン平原だ。平野の丘の上には小さい町があるらしい。
ライト都の兵士によると、そこで古き勇者がよく訪れていたらしく、三種の神器の情報があるだろうとのことだ。
「見えてきた」
透き通る風に羽を回す風車、茅葺屋根、家畜の鳴き声。
丘を登りきると、細い木の柵で囲まれた村があった。
後ろを振り向けば、背中から転がそうとする風も涼しく、点々となった鹿など、山々の緑、遠くなったライト城、見晴らしがいい。
「あんた、誰だ、剣と盾とか持って?」
麦わら帽子を被った老爺。
鍬をこちらに向け、僕を警戒している。
「僕は怪しいものじゃありません。旅人です」
「旅人か、珍しい……」
老爺はジロジロと僕を見ると、畑へ戻っていった。
その奥にはもう一人老婆がおり、二人こそこそと話している。
「変な空気だ」
僕は村の門を潜り、道なりに歩いていく。
家々からの鋭い視線がある。
「兄ちゃん、何者?」
どこからか声が。見回してもいない。
あ、男の子。下のほうだった。少し怒らせてしまった。
「ごめんね、僕は旅人だよ」
「ふーん、旅人か。魔法使いとかじゃないの?」
「魔法使い? そうだね、魔法は専門じゃないね。でも簡単なものなら使えるよ」
「え!? 魔法使えるの? ちょっとこっち来てよ!」
男の子は道の横、家の隙間を走っていった。
その先には小さい家があるようだ。
「ほら、早くは早く!」
遊んでほしいわけではなさそうだ。
とりあえず村のことも聞きたいし、ついて行ってみるとしよう。
小さい家は村の端にあり、様相からできたのも新しいように見える。
中に入ると奥の方に激しく咳き込む音があった。
「母ちゃん、魔法使い連れてきたよ!」
「ごっほ、ごっほ、え、魔法使い?」
「ほら、兄ちゃん!」
目を輝かせる男の子、かなり期待しているようだけど、僕はそこまで魔法は得意ではない。
しかし、放ってはおけない。
「どうも」
「すいません、ごっほ、うちの子が」
ベッドの上に横たわる若い女性は、血相がかなり悪く、身体も痩せ細っている。
僕はとりあえずその手を触れ、状態を確認した。
「お、おお!」
黄金色に光り出す手。
初歩的であるが、脈から健康状態を知る光術。
男の子は興奮しているが、これは――――。
「妖術の類のようだ」
「ごっほ、ヨウジュツ?」
「はい、魔法の一種で弱体させる術です。とりあえず、抑えておきますね」
若い女性の体の周りに黄金色の光の粒粒が漂うと回り出した。
同時に血色がよくなり、咳も静まっていった。
「やった、治った!」
満面の笑顔で、母に抱き着く子供。
光の粒粒が消えても母の体の周りが輝いているようだった。
しかしこれは一時的な処置にしか過ぎない。妖術は卓越した術師の解毒、その術をかけた魔物を倒すかしかない。
悔しいことに僕の光の術では解毒できない、だから魔物を倒しに行くより他はない。
「よし、村の皆に伝えてくるよ!」
「ちょっと」
元気よく家の扉の音は鳴った。
誤解させたまま行ってしまった。だからこそ、魔物を倒さないと。
「あの、最近魔物に近づいたりしましたか?」
「え、は、はい。稲を刈っているときに現れて、村の南東のほうに逃げて行きました」
「そうですか、魔物の特徴は?」
「確か、角の生えた人型の」
「わかりました」
村の南東、窓から覗くとそこには小さい森があった。
あそこにいるかもしれない。
「では失礼します。治ったばかりなのであまり動かないでくださいね」
「え、待ってください」
「なんでしょうか?」
「まだお礼が……」
「いえ、お礼などいりませんよ。僕は勇者ですから」
静かに扉を閉め、僕は走り出した。
村人の方々が話しかけてくる前に、走り抜けた。
村の南東の森は、丘を下って一直線。
穏やかだった平原の風も、騒々しい。やはり魔物がいるようだ。
「……」
森の木影に忍んで耳を澄まし、物音を確認する。
相手は魔法、術の類を得意とする魔物だろう。罠などもあるかもしれない。ここは慎重に。
音が多い、だいぶいるようだ。ここが周辺の魔物の巣に違いない。
「グルルル!!」
「見つかったか!」
ウルフ、体長1m、鋭い牙と素早さ、獰猛さを持つ魔物が飛び掛かってきた。
僕は盾を構え、ウルフの攻撃を受け流す。
「ウォオオオオオオオオオオン!」
響き渡る遠吠え。近くから数匹のウルフ。
遠くの林が騒めきだした。その音数からしてやはり魔物は多そうだ。
とにかく集まってくる前に、近くにいる魔物を倒すしかない。
「グルルルルア!!」
ウルフの飛び掛かり、その牙を躱し、背後を取って剣で切りつけていく。
何匹もいるが、死角を作る前に一匹ずつ倒していく。
数匹倒したところでウルフは力量を知って、散らばり出した。
追う必要はない。僕が倒すべき魔物はあれではない。
「……ハァ」
「来たか」
森の暗闇に光るいくつかの赤い目。
その眼光がその吐息とともに大きくなって近づいてくる。
現れたのは、頭に二つの角、二足歩行、身長約1.9メートル、両手には肉立ち包丁の赤き魔魔物。ゴブリン。その特性は乱暴で力任せな攻撃、底なしの体力。
「ホォア……」
煙立つ息が三つ、三匹か。大きさはどれも同じくらい。
見た目に反して音を立てないから、油断すれば裏を取られそうだ。
そこを狙って奴らはそれぞれに距離を取っている。三角形を作ろうとしている。
「虫唾が走る――!!」
すぐに一匹を攻撃する。
それぞれが距離を取ったという事は、同時に攻撃しにくいということだ。
つまり一対一を作りやすい。しかもまだ奴らは構えていない、無防備。
頭を使ったつもりだったろうが、脳無しは脳無しのままだ。
「グラララア……」
「まずは一匹」
「――ガアアア!!」
同時に斬りかかってきた。
赤き巨体二つ、唸りを上げながら凄まじい速度で迫ってくる。
ただ力任せすぎている。
二匹の間に僕は潜って避けていく。すると奴らは勢い余り、互いに頭をぶつけながら木へ激突した。
「もらった」
その背後に剣を突き刺し、致命の一撃。まずは一匹。
もう片方もすぐにトドメをさそうとしたが、起き上がっている。
「ガララララア……」
残るは一匹、正面からの一対一。
集中しろ。目を凝らせ。
「――ゴアアアア!」
奴の両手に持った肉立ち包丁。左側から一つ、僕を目掛けて振り下ろされた。
ゴブリンの攻撃は非常に力強い、盾など関係なしに骨を断ってくる。
ただその分、やはり隙は多い。
その一撃の間、奴の右わきの下に潜り込み、剣で弧を描き右腕を断つ。
「ッゴアアアアアァァーー!」
悶絶して間もなく、奴は左の包丁をこちらへ振り回した。
ただその動きはあまりにも乱暴で、勝手に残った腕も捻り千切れた。
その苦痛に叫びをあげながらも、我武者羅に暴れまわり、すでに武器が無くなっているというのに裂けた腕を回している。
そうなってしまっているので、僕の姿も知らずのまま、騒いでいる。
「終わりだ―!」
背後からその首を断ち斬り、トドメ。
武器を持っているだけで魔物は魔物、獰猛なだけだ。
「よし」
これでゴブリンは一掃しただろう。近くにそのような気配はない。
今頃、女性の妖術も解けているだろう。
村へ戻るとしよう。
勇者は剣をしまい、森を出て、村へ歩いて行った。
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