第27話 克己

 それからしばらくの間桜木武士は入院した。

 仕事で毎日病院に通えないお母さんの代わりに、必要なものはないかと毎日病院へ顔を出した。講義のノートも持っていった。

 そして色んな話をした。


 ハチのおじさんの話、おじさんが死んで身体を鍛えた話、お母さんの足の話、ばあちゃんとの思い出、桜木武士はたくさん話した。

 流暢にとまではいかなかったが、それでも今まで一緒にいた時の何十倍もの言葉数だった。


「もっと強かったらお母さんもハチのおじさんも助けられたのにって思った。もっと力があったらなって」

桜木武士はそう言って自分の身体を撫ぜた。

「でもアカンかった。身体だけ強くても心が強くないと……他人と話すのが怖かった。誰かと関わってまた自分のせいで何かあったらどうしようってそればっかり考えて」

「身体が強かったから私もミユちゃんも守ってもらえたのに?」

 私がそう言うと微かに笑って、

「それはホンマに良かった。鍛えた甲斐があった」

と呟いた。


 桜木武士も武装していたんだと思う。

 身体を鍛えて強く大きくなって、今度は誰かを守ろうとしていた。

 でも自分の心は後回しだった。


「結局人の為ってそんなに力発揮出来ひんと思う」

 私が言うと桜木武士は不思議そうにこちらを見た。

「だって人の為って書いて偽って読むやん。

ハチのおじさんも桜木君のお母さんも、桜木君のためじゃなくて自分のためやと思えたから強かったんやと思う。桜木君を独りにするのは絶対耐えられへんかったから二人とも必死になったんやろ」

 桜木武士はまだ腑に落ちない様子で首を傾げる。

「八郎もそう。みんなのためにって言うてたけど、ホンマはわらしこが泣くの見て自分が辛くて悲しくなったから波を止めに行ったんやもん。

だからハチのおじさんは、お母さんと桜木君が無事でホンマにうれしかったと思う。きっと笑ってたと思う。八郎がそうやったみたいに」

「…そうやと良いな 笑ってくれてたんやったら…良いな…」

 桜木武士はそう言って下を向いた。

 私は飲み物買ってくると言って桜木武士の涙を見ない様に席を立った。


 人の為に出来ることはたかが知れている。

 自分が心から望まなければ本気の力は出ない。

 桜木武士のお母さんが足が不自由になっても、蜂のおじさんをあんな形で亡くしても、独りでがんばって桜木武士をこんなに大きく育て上げられたのは、桜木武士の為でも蜂のおじさんの為でもなく、自分の心に従って生きているからだ。

 それは側から見れば誰かの為に見えることでも、自分自身の喜び 希望 楽しみ 夢でなければ、そんなに強くなれない。

 蜂のおじさんもそうだ。お母さんの為、桜木武士の為ではなく、自分の心が求める事に真っ直ぐ従って行動したからあんな力が発揮出来たんだと思う。


 みんな強い。男も女も関係なかった。自分の心に正直に生きている人は強い。

 どんな武装で虚勢を張っても、そんな物は心のままに生きている人の前ではただのハリボテだ。かないっこない。

 ましてや私なんか…

 いや、卑屈になるな。まだまだ先はある。これから本当の強さを手に入れれば良い。裸のままで闘える強さを。

 

 桜木武士と一緒に……

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