第26話 我儘

 運ばれた病院の救急外来で、腕に包帯を巻かれながら

「一緒に運ばれた人の容態はどうなんですか」

 私はそればかり看護師さんやお医者さんに言い続けた。

 ミユちゃんを抱えていたせいで腕を擦りむいたが、私は全然何ともなかった。あちこち打ち身が出来ているらしく、身体を動かすと少し痛んだが大した事はない。

 それよりも桜木武士が気になって叫び出しそうだった。何故誰も教えてくれない どうしよう 桜木武士は大丈夫だろうか……


 あの時車と私達の間に割って入った桜木武士は、車にぶつかった後も私とミユちゃんを守って、私の頭の下に腕を入れて抱える様に倒れたのだと思う。

 私が感じた衝撃は車に轢かれた桜木武士の身体がぶつかった衝撃だった。


「もう大丈夫です」

 包帯を巻き終わるか巻き終わらないかのうちに私は立ち上がり診察室を飛び出した。看護師さんの声が聞こえたが無視して走った。

 救急外来の入り口で停まっている車椅子が見えた。

 桜木武士のお母さんだ。

 お母さんに近づいていくと、そのまま車椅子の前にへたり込んでしまった。


 お母さんは自分の足元に膝を付いて座り込む私を見て、ゆっくり私の頭を自分の膝の上に乗せた。頭を優しく撫でてくれる。

 私は大声で泣いてお母さんの膝に縋りついた。子どもの様にわんわん泣いた。


 どうしよう どうしよう どうしよう

 その言葉がずっと頭の中で響く。

 桜木武士に何かあったらどうしよう。

 このまま会えなくなったらどうしよう。

 死んでしまったら……

 どうしようどうしよう。


 私の家族がこの光景を見て驚いたと後で話していた。

「桃やってわからんぐらいやったわ」

 姉の桜はそう言った。

「あんなに人目も気にせず泣いてんの初めて見たで」

 二番目の姉の梅も呆れてそう言った。

「誰かのためにあんなに泣けるヤツやったんやな」

 弟の信がそう言った時は憎たらしいので頬っぺたをつねってやった。


 散々泣いて涙が少し収まってくると、お母さんは私の肩に手を添えて立つ様に促した。

「まだ検査が終わってないけど、頭のMRIでは特に出血したり強打した様子は無いって先生が言ってたから」

 お母さんはそう言ってにっこり笑った。

「大丈夫 この日のためにあんな大きな身体になったのかも知れないわ」


 その後検査が終了して病室に移された桜木武士にやっと面会出来ると言うので、教えてもらった病室に向かった。

 ミユちゃんは無傷だった。そのことを桜木武士にも早く教えてあげたかった。


 病室は緊急の一時措置用の個室だった。明日整形外科の病棟に移るらしい。

「あちこち骨折してるみたいやけど、内臓の損傷は無かったみたいでそんなに長い入院にはならないみたいよ。今は痛み止めでちょっと朦朧としてるだけやから、心配ないからね」

 お母さんはそう言うと私の背中を押して、自分はナースステーションの方に車椅子を動かして行ってしまった。


 ベッドに近づくと桜木武士が目を閉じて横たわっていた。ベッドの柵に両手を置いて覗き込む。側頭部に大きな絆創膏が貼られていた。足もギブスをつけた状態で釣られている。

 寝息も立てずに目を閉じている桜木武士を見ると、ちゃんと生きているのか不安になってミユちゃんの様に頬に手を触れてみた。


 桜木武士の目がゆっくり開いた。

 包帯だらけの右手を伸ばして私の頭にそっと置くと、

「泣ぐな 泣ぐな おらが遊んでやるがらな」

 掠れた低い声。

 それを聞くとますます涙が溢れた。

 さっきあんなに泣いたのにまだ水分が残っていたのかと自分でも驚いた。

「わかったあ おらが なしていままで おっきくおっきくなりたかったか」

 桜木武士はまた八郎の台詞を言う。


「八郎になったらアカン!みんなのためになんかならんでも良い。ならんとって!」

 涙がとまらない。

「そうじゃないと泣き止まへん。死ぬまで泣いてこの辺水浸しにする。村人もわらしこも皆殺しや」

「それは大きいがらがらどん並みに怖い」

 そう言って桜木武士は微かに笑った。

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