第23話 自責

 8歳だった桜木武士は叫びすぎて喉が切れていた。

 お母さんは脊髄を損傷していてもう歩くことは難しいと言われた。火傷も酷くあちこち骨折して内臓も傷ついていた。

 入院が長引いたため桜木武士はまた独り施設に戻って暮らした。


 退院しても、お母さんは直ぐには働けずそのまま桜木武士と共にしばらく施設に住むことになった。

 前の会社の口利きで施設の近くにある別の会社で、また経理として働くことになったお母さんは、そのまま桜木武士が18歳になるまでこの施設でお世話になったそうだ。

 今はバリアフリーの住居を探して施設を出て暮らしている。


「幼い子どもを抱えた母親はフルタイムで働くのが厳しいご時世です。経済面では苦しいと思います。

また身体的な面でも母親が身体を壊すと子どもにも大変な負担と不安を与えます。働けなくなればより一層親子共々大変なことになってしまいますよね。

こういう施設があるということを知らないシングルマザーの方が多いのが現状です。

そのことを伝えるだけでも立派なボランティアになります。皆さん身近な方にどんどん宣伝したり話をして下さい。

独りで全部背負い込まなくても大丈夫なのだとシングルマザーの方たちに伝えて欲しいんです」


 その後お母さんは施設の事を詳しく説明してから、ご清聴ありがとうございましたと講演を終えた。


 喉が渇いただろうなとペットボトルのお茶を持ってお母さんの後を追った。

 控室代わりの部屋に入ろうとしたお母さんを捕まえてお茶を渡す。

「ありがとう 良かったらちょっと入りませんか?」

 お母さんに誘われて部屋に入った。


「武士がここに友達を連れてくるなんて思ってなかったから、ついつい施設とは関係のないところまで喋ってしまいました」

 お母さんはそう言って微笑んだ。

「桜木……武士君は蜂のおじさんのことは…」

「もう少し大きくなってから話しました。

ハチのおじさんはお父さんだったと」

 お母さんはペットボトルのフタを開けながら言った。

「武士があんなに無口になったのは、あの人が亡くなってからです 。

多分言うなと言われていたのに、自分があの人の事を私に喋ったこと、あの人に私を助けてくれと言ったこと、そのせいであの人が死んでしまったと思っているのかも知れませんね」


[余計なこと 言うかも知れんから]

 桜木武士の言葉を思い出した。


「父親似で武士も自然と身体がどんどん大きくなりました。中学生ぐらいからは自分でもかなり鍛えていたみたいで……

消防士になりたいと高校生の時に言われました。

でも私が反対したんです。

お前が仕事に行くたびにお母さんはあの日の事を思い出してしまう、不安で不安で耐えられないと……

わがままを言いました」

 お母さんは蓋の空いたペットボトルを口にはせずただ見つめた。

「そしたら今度はこういう施設の職員になるにはどうしたら良いのかと聞いて来ました。あんなに無口な子が、こういう仕事に向いているとは思えなかったんですけど、消防士さんより安心だと思ってしまって…」

 お母さんは悲しそうにペットボトルを見つめたままだ。

「あの子は今もずっと自分を責めながら生きてる様に見えるんです。私のせいなのにね。全部自分のせいにしてるんです。

でも今日あなたをここへ連れて来た。

自分では話せないからわざわざ私の講演がある日にあなたを呼んだんじゃないかと思うんです。自分の生い立ちのことを聞かせたくて桃さんを誘ったんじゃないかなって。

そう思える友達が出来てくれて本当にほっとしました」

 お母さんはそう言うと優しい微笑みを浮かべた。

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