第21話 半生 その1

 桜木武士のお母さんの講演会が始まる時間が迫って来た。

 一緒に行こうと桜木武士を誘うと、

「俺はいい」

と桜木武士は講演の間子どもたちと一緒に遊んでいると言う。

 確かに身内の講演会なんて、聴いているとこっちまで緊張してしまうし、お母さんの話は桜木武士の過去の話でもあるわけで……

「私 聴いて来ても良いんかな…」

 もし桜木武士が私に知られたくないのなら聴きに行くのは辞めておこうと思った。

「聴いたって」

 桜木武士はそう言って子どもたちのプレイルームへ一人で行ってしまった。


 お母さんの講演は椅子を並べた小さな部屋で行われた。お母さんは車椅子で部屋に入ってくるとまず頭を下げてから、

「話は上手くないので退屈になったら途中で出て行って大丈夫ですよー」

とみんなを笑わせた。


「私の両親は私が小学6年生の時に交通事故で亡くなりました。私はそれから児童福祉施設に入所して18歳で高校を卒業するまでそこで暮らしました」

 お母さんは淡々と生い立ちを話し始めた。


 お母さんは18で施設を出て働くことになった時、3歳年上の同じ施設にいた男の子と一緒に暮らすことにした。

 先に施設を出て働いていたその男の子は、すでに一人で部屋を借り自立していたので、桜木武士のお母さんはそこに住まわせてもらう形での同棲だった。

 共に家族がいない事もあり二人は支え合って暮らして行こうと必死で働いた。

 1年ほど経ってお母さんが妊娠した。まだ籍を入れていなかったし歳も若い二人だったが、自分達の家族が増える事が何よりも嬉しかったそうだ。

 妊娠8ヶ月を迎えた頃、男性の働いていた工場が潰れてしまう。お母さんも出産準備のため仕事を辞めたばかりだったため二人の生活は困窮した。

 ある日男性が酔っ払って帰って来て、二人は口論になった。


「まだ若かったせいもありますし、先行きが不安で。当たるところがお互いしかなかったんですね。

私があまりにも捲し立てるので、とうとう彼が私を叩きました。出会ってから初めてです。

身体の大きい人だったので私は吹っ飛びました。妊娠していたので咄嗟にお腹を庇って、彼から逃げようと床を這いずって……

叩いた彼の方のがショックを受けていたと思います。呆然として立ち尽くしてそんな私を見ていました。 

そのまま彼は出て行ったきり何日経っても、家には帰って来ませんでした。

ある日郵便受けに女性生活支援施設のパンフレットと「そこへ行け」と言う彼のメモが入っていました。

後でわかったんですが、私たちが暮らしていた児童福祉施設の先生に相談していたようです。

シングルマザーとしてそこで子どもを産むほうが今の状態より良いと思ったんでしょうね」

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