第17話 悋気
講義が全て終わると、桜木武士に声を掛けた。
「今日もピアノの練習する?」
「いや バザーの打ち合わせ」
バザー……やっぱり私も行こうかな。
喉元まで出ているのに声にならない。
桜木武士はカバンを肩に掛け、それではと言う様にこちらに頭を下げると教室を出て行った。
今まで、嫉妬深い=愛情深いと思ったことは一度もない。
彼女の動向を気にして電話をかけまくって来る男や、いちいち「どこ行くねん」と行き先を尋ね「男も一緒ちゃうやろな」と凄む男。他の男と喋っただけで不機嫌になり「どう言うつもりや」と文句を言ってくる男。
そんな男と付き合って「ウチの彼氏スゴい嫉妬深いねーん」とまるで自慢の様に言う女も理解出来ない。
ちょっと他の男と喋ったり会ったりしただけで、ホイホイとそちらへ靡く様な女と付き合っとんかお前は、とそう言う男に言ってやりたい。
そう言う男が信じていないのは自分自身だ。自分に自信がないから別の男に目移りしないかと戦々恐々とする。
付き合っている彼女があまりにも可愛いから心配で……と言うのも良く聞く話しだが同じことだと思う。
その可愛い彼女はお前を選んだんやろが、堂々とせえ。胸を張らんかいと思っていた。
そう思っていたのに……私は今何をしている?
こっそり桜木武士の後をつけ、学食の柱の影に隠れて様子を伺っていた。
ご丁寧に帽子を深く被り伊達眼鏡まで掛けて……
「お待たせ。こっちからお願いしたのに遅れてごめんなさい」
さっきの二人組の髪が短かった方の子が一人で桜木武士の元へ走って来た。
「いや」
桜木武士は相変わらずの節約会話だ。
「ありがとう。引き受けてくれて。来るはずやった男の子が急に来られへん様になってどうしようかと思っててん」
ショートボブの彼女は明るくて感じの良い女の子だった。ボーイッシュ過ぎないカジュアルな服装、話し方も馴れ馴れしくはないが堅苦しい訳でもない、要するに可愛くて素敵な女の子だった。
桜木武士はほとんど言葉を発していなかったが、彼女は気にする様子もなく明るく爽やかに桜木武士と話している。時々笑顔になり気まずい雰囲気にはなっていない。
桜木武士の顔は見えなかったが、気のせいか背中が楽しそうだ。
バザーの打ち合わせは30分程で終わった。
じゃあよろしくお願いします、と笑顔で手を振って彼女は学食を出て行った。
ふうっと息をついて天井を見上げる。
これは何だ。何でこんなみっともないマネをしている?
今まで散々馬鹿にして来たのに、私は今その馬鹿にして来た人達と同じことをしていた。
この胸の黒いモヤモヤは何だ。
今朝桜木武士が女の子二人と話していた時からずっと、胸の中にモヤモヤと漂い今やドロドロと形を持ち始めた黒いものの正体は?
目の前のジュースを飲んでも胸の支えが消えない。
「桜木武士にすり寄るんやめーや」
あの子にそう詰め寄る自分、あり得ないと言い切れるだろうか。
「すり寄ったことないけど」
あの子が言う姿を想像して頭に血が上る。
しらじらしー 言うかも知れない。
自分が吐いた言葉の一つ一つが突き刺さった。突き飛ばされても仕方がない。
あの子が桜木武士と仲良くしようがしまいが、桜木武士が私を好きになる訳ではない。関係ない。自分でそう言った。
わかってるのに……
人は頭でわかっているからと言って心がそう納得する訳ではないのだと知った。
帰ろ……何してんねやろ。
そっと出て行こうと後ろを向きに立ち上がる。前に進もうと踏み出して硬い壁にぶつかった。
へ?と見上げると桜木武士が立っていた。
「あ……」
言葉が出ない。どうしよう顔がどんどん熱くなる。
「ピアノ 教えて」
桜木武士が呟いた。
「え……?」
「やっぱりピアノ 教えて欲しい」
そう言って桜木武士は歩き出した。
立ちすくんでいると、振り返って、
「アカン?」
と聞いた。
黙ったまま首を振り急いで桜木武士の元に走った。
言葉数の少なさがいつもとは反対になっていた。
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