第14話 憧憬 (八郎)

「三匹のやぎのがらがらどん」は刺激が強過ぎた。やめよう、子どもたちのためにも……


「何か好きな絵本とかある?」

 桜木武士に聞いてみる。あるとは思っていなかったが桜木武士はカバンから絵本を取り出した。

「家にこれしかなかった…」

 差し出されたのは『八郎』という絵本。

 幼い頃にこの本を姉に読んでもらって大泣きした覚えがある。


 秋田にある「八郎潟」の由来となった物語を秋田弁と迫力のある版画で描いた作品だ。

「むかしな 秋田のくにに 八郎って山男が住んでいたっけもの」冒頭の台詞を覚えていた。教科書にも載っていたのではなかったか。

 保育園に通う年頃の子どもたちに読み聞かせるには少し早いかも知れない。

本の背表紙にも、【読んであげるなら5才から じぶんで読むなら小学校中級むき】と書かれていた。

 絵本を受け取り黙読で改めて読んでみる。


八郎は大男だった それでもまだまだ大きくなりたいと海に向かって毎日叫んでいた 

どんどん大きくなって しまいには家が一軒スポッと入るほどまで成長した 

それでもまだまだ大きくなりたい八郎は毎日海へ行ってうおーい うおーいと叫ぶ

大きくなりすぎた頭にはたくさんの小鳥たちが巣を作るほどだ


ある日いつもの様に浜へ来た八郎は一人の「めんけおとこわらし」つまり可愛い男の子に出会う

男の子は海が荒れてお父さんの田んぼが塩水で水浸しになってしまうと泣いていた

村のひとたちもちっぽけな土手を築いたりして大騒ぎしている

八郎は男の子があんまり泣くので悲しくなって自分も石臼みたいな涙をぽろーりとこぼした

そして大きな山を持ち上げて海を堰き止めようとする 

山はビクともしなかったが八郎は男の子の涙を考えると「なあ ん の こったら山あーっ!」と顔を真っ赤にして持ち上げると海へと放り投げた

一旦海は堰き止まったかに見えたが 更に大きな波が勢い良く襲いかかって来る

村人はおんおん騒ぎ 男の子は涙を振り飛ばして悲しがった 

八郎はそのまま海に入り波を抑えるため沈んでいった


「泣ぐなわらしこ おめえの泣ぐの見れば おらも泣ぎたぐなる しんぺえすんな 見てれ!」と八郎が泣いているわらしこの頭をひとなでして、後ろを向いてちらっと笑ってから「したらば まんつ」と海に入っていくシーン。

 私はここで大人になってもまた泣いた。

 子どもの頃は八郎が可哀想で泣いたのだと思っていた。死んで欲しくなかった。

 でもそれだけではなかったと今ならわかる。私は八郎にときめいていた。かっこ良くて堪らなくて泣いたのだ。


 ハッと我に帰ると桜木武士が泣いている私を黙って見守っていた。

「あー 八郎カッコいいよねー」

 赤い目のままテレ隠しに桜木武士に言った。

「桜木君って八郎みたいやなー」

 桜木武士は何故か少し哀しそうに首を振った

「八郎じゃない……わらしこや……」

 そう言うと桜木武士はそのまま黙って絵本に目を落とした。


あの男わらしこはよ おっきくなって おっきくなって ひとのためんなった八郎ばまねてよ どこかで おっきくなって おっきくなっているべもの

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